種の起源:

On The Origin of Species

By Means of Natural Selection

or The Preservation of Favoured Races in The Struggle for Life

  

Reversion と revert

復帰と復帰する

彼の進化理論が盤石であるのはともかくとして

ダーウィンはいかなる理論に基づいて遺伝と自然現象を理解したなりや?

 

 さて、このおまけコンテンツで述べるのは第1章:飼育栽培のもとでの変異 で述べた内容の追記です。リンク先のコンテンツでは

ーようするに彼のいっていることを要約すると飼育栽培品種が原種に戻るというのを証明する実験は自然淘汰とか栽培条件の変化による表現型の変化の可能性を除外する/区別できるようにしなければいけない。しかしながらそういう実験で証明されたことはない、ということのようです。

 それにしてもメンデル遺伝のなかった時代、先祖返りって今とまるで意味が違っていたのではないでしょうか?。今の私達は変異した遺伝子が他の遺伝子に隠されたり、あるいは失われたり、発現をやめたり、あるいは淘汰されたりって考えることができますけど、当時の人たちにとって先祖返りとはいかなるものだったのか?ー

ー少なくともこういう考え方に対抗するダーウィンは遺伝、変異、その集積による飼育栽培品種の確立ってことを考えているわけですよね。ようするにダーウィンの考えは粒子的というか原子論的な考えにかなり近いように思えます。いくら彼が遺伝を融合遺伝で考えていたとしても、そうではあるまいか?。そしてそのダーウィンが説得しなければならない”先祖返り”っていうのは何だったのか?。その先祖返りとは今の言葉とは、あるいはダーウィンがいう”祖先的な状態に戻るときがある”、という意味での先祖返りとはまるで異質なように思えます。ー

というようなことを書いたのですが、原文をちゃんと読んだらもう少し突っ込んだ感想を書けることがわかってきました。というか以上の文章はたぶんあまり適切ではありません。ともあれ、前よりも分かった(気になりました)といってもそれはあくまで北村による理解の範疇でのことなんですが、いずれにせよ、それをおよそ箇条書きにすると、

1:ダーウィンは生殖器官が環境に撹乱されることで変異が生じると考えていた(正確ではないがあながち間違いとは言えない)

2:変異の供給源は主に1の原因によるが、環境や経験による肉体の変化、例えば使用(Use)や不使用(disuse)による変化も幾分かは変異の供給源になるとダーウィンは考えていた(これは現在の知識からすると完全な間違い)

3:ダーウィンは融合遺伝とか混合遺伝とよばれる理論で生物の遺伝を理解していた

4:混合遺伝に基づいて遺伝現象を見ていたので、たとえば生物の形質がしばしば祖父や祖母が持っていたものへ復帰(reversion)することが理解できなかった。あるいは理解したのだが、それは現在の我々が理解するようなメンデル遺伝と違っていた

5:ゆえにダーウィンの復帰に関する理解や説明は現在の私たちのものとまるで異なるものになっていた

というような状況であったようです。

 ダーウィンの進化理論自体が非常に手堅いものである一方、当時の遺伝理論がメンデル遺伝ではなかったためにダーウィンが生涯悩まされたのはしばしば指摘されることなのですが、例えば、種の起原、第1章の reversion(岩波文庫では28〜9ページ:この単語は先祖返りと訳されている)を論じた文章で彼は以下のように述べています。

If it could be shown that our domestic varieties manifested a strong tendency to reversion - that is, to lose their acquierd characters, whilst kept under unchanged conditions, and whilst kept in a considerable body, so that free intercrossing might check, by blending together, any slight deviations of structure, i n such case, I grant that we could deduce nothing from domestic varieties in regard to species.

 これ、最初は意味が良く分からなかったのですが、おそらく、意訳も含めて読むとおよそ次のような意味ではないかと・・・

もし、飼育栽培品種が祖先的な状態へ復帰(reversion)する傾向が強力であるとすれば、獲得した形質は変化しない環境下で飼育栽培しているうちに消えてしまう。そして大きな群れで飼育栽培していると平均からはずれたいかなる変異(deviation of structure)でさえも自由な交配によって混合し一緒になり(blending together)、抑制されてしまうだろう。このような場合、私は飼育栽培品種から自然界の種に関して演繹できることなど何もないと認めよう。

チャールズ・ダーウィン 1859年 種の起原 第1章

まあ、北村の英語力たるやもう語るのも嫌になるくらいー以下省略ーなのですが、ともあれ、ここから類推するに、彼は以下のような前提を踏まえてこれらの言葉を語っているらしい。

1:変化しない環境では変異が生じない(ようするに環境が変異を引き起こすと考えている)

2:reversion で形質は原始的な/祖先的な状態に戻る

 *なお、この少し前の文章で彼は the child often reverts in certain characters to its grandfather or grandmother ....と述べている。このことからすると、ダーウィンはメンデル遺伝を(当然ながら)知らないので、劣性ホモ接合で現れた表現型を理解できなかったか、むしろ現代とはまるで違う理解をしていたことがほのみえます。例えば劣性ホモ接合をreversion と理解する。

3:生物の遺伝は混合遺伝である

4:以上の条件1.2.3 がそろった場合、理論上、飼育栽培品種は群れで血統を維持することなどできないだろう(ようするに派生的な形質が原始状態へ復帰したり混合して薄まることで品種の特質である変異がすべて消えてしまう)。

 さて、ダーウィンは飼育栽培品種から自然界の種について語ることなどできないのではないか? という懐疑に対して以上の文章を述べました。この後、実際にそういう事例はない、ということを彼は述べるのですが、ようするに彼はこういっているらしい。

 復帰が強力だというあなた方の懐疑が正しいのなら理論上、品種は消滅してしまう、しかし実際にはそうではない(つまり復帰が強力だというあなたがたの懐疑は間違っている)。

 これは面白い、以上の解釈の通りなら(ついでにいうと以上の訳の通りならー以下省略ー)、彼は品種が自動的に原種に戻るという可能性を否定するさい、当時の混合遺伝理論と、当時の解釈としての reversion (おそらくは形質が祖先的な状態に戻るという意味)に基づいてやってみせたことになる。ダーウィンや当時の研究者たちが採用していた遺伝理論は結局正しくはなかったのですが、正しいとはいえない理論であったとはいえ、それなりに役立っていたことがうかがえます。まあ、考えてみればそれは当たり前ですね。科学理論ってやつはとりあえず説明に役立てばいいんですから。ニュートンだって光を伝播させるエーテルがあると思っていたし、光は波であるという考えもこういう基礎に基づいて支えられたわけですし、極論すれば天動説でさえ将来における天体の位置を知ることには使えたわけです。

 そしてよりよい仮説や理論が現れればそれに乗り換えればよい。ダーウィンの進化理論は当時の遺伝理論におおいに苦しめられました(以上のような説明が可能であったとしてもトータルとしては悪い効果をもたらしたってことですね)。しかしメンデル遺伝が現れたことでこうした問題はクリアされ、より発展を遂げることになります。

 ともあれ、このような事実は21世紀の読み手としてはいささか困難を突きつけられてしまったことは否めません。つまり当時の遺伝理論や科学理論を理解しないと彼の文章どころか論法や正当化の試み、それ自体までも理解不可能になってしまうらしい。もちろん、それは情報としては知ってはいたけども、改めて訳してみると、当然ながら自分もまるで理解していなかったことがなんとなく分かってきた感じ。

 種の起原を理解するには北村はあまりにも物を知らなすぎたようなので、そこは早急に是正する予定。

 *そういえばダーウィンが変異の供給として使用/不使用を認めていたことを知ると、なんと!! かのダーウィンも獲得形質を認めていたのだ!! 彼はラマルク進化論も念頭に置いていて、当時の進化理論をかたっぱしからごちゃまぜにしたのだ!! と言う人もいるようなのですが、これもたぶん、こういうのと同じ問題につまずいて転んじゃった事例なんでしょうねえ。

 でもですよ、考えてみればそんなの当然じゃあないでしょうか? ダーウィンは動物においては体細胞と生殖細胞が分離してしまうとか、植物と動物ではそういうところの性質や機構が違うとか(彼は植物に関する知見に基づくことがどうも多かったらしい)、かつまた遺伝子の情報がどのようにタンパク質にまでいきつくのか、逆にいうとその逆の経路はありえないとか、そういうことをダーウィンはまるで知らなかった。

 むしろダーウィンが、変異の主な供給源は環境による撹乱であり、使用や不使用に由来する変異は少数と考えたことの方がむしろ奇妙・・・・・・・、だったのだけども、読んでいてなんとなく分かってきました。彼は使用や不使用に由来する変異が多数であるとすると説明のつかなくなる現象があることに気づいていたからなんですね。

 なお、ダーウィンが”環境に撹乱されることで変異が産まれる”と言ったことも、正確とはいえないけどもあながち間違いであるとは言えないようです。植物では現在でいうところのトランスポゾンが引き起こす変異とかエピジェネティックな遺伝がありうるし、ダーウィン自身の報告にも興味深いものがあるらしい(「植物の受精」チャールズ・ダーウィン 訳 矢原徹一 2000 「解説 「植物の受精ー五つの研究分野を育んだ著作の先見性と限界」 矢原徹一 を参考のこと)。

 そういう点でもどうもあまりにも北村は理解が少なすぎたなあ、と実感。

 ついでに:蛇足だけども、現在の世界で獲得形質を平気でいう人は例え分子遺伝学を知っているとしても、全然理解していないんじゃなかろうか? 逆転写酵素がうんぬんいう人がいるけども、それでどうこうなるとは思えないんですけどねえ。

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