画家への道1
Vol.001
「画家への道」チョットたいそうなタイトルのお部屋へようこそ。
そんな夢の楽園がこの世の中にある訳がありません。でも、青春・・って奴は
「楽園があって欲しい。そして一途に信じて進む」そんな青春が私にはありました。
若者でにぎわう海水浴場のズーッと先。人がまばらな松林の中に写生を楽しんでいる人。
そんな人を見かけたら”画家の幸三郎”です。(ご希望の方にはお譲り致します)

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このページはNo.271〜284 を掲載しています。なお、以前の作品検索はこちらからどうぞ
No.284「房総ベットタウン」'25. 12.1 up
額装価格 50,000円
( 48.0 x 36.0 cm) クレヨン
そんなに房総半島にご無沙汰していたとは思ってもいませんでしたが今や千葉県房総は近場のリゾート地ではなくなった。
とにかく電車、今では首都圏をめぐるダイヤがめざましい。中距離電車網が高速で首都圏をめぐる交通網の真っただ中です。
私のイメージでは千葉と言えば週末にはここに訪れて一週間の疲れを癒すのどかで心落ち着く場所・・と感じていました。
事実私の若いころには会社の療養所もここ千葉の内房にあって週末にはよくここにきて静養した記憶がありました。
そんな心地よかった記憶を頼りについ近年まで静養・・保養地・・と言う気持ちの印象でした。
所が今ではここから頻繁に中距離電車が首都東京を起点に反対側の三浦半島まで頻繁に走っているのです。
私の住む川口あたりの中距離電車は15両編成・・でもちろんグリーン車やボックス車両などの連結です。
…それにしても長い電車だな〜。JRの職員さんがホームにいたので「この電車何両編成ですか・・?」
「はい、途中で3両継ぎ足しています」・・ものすごい輸送能力です。首都圏への通勤もかなり楽になっているんではないでしょうか。
そして休日には近くの海で釣りを楽しんだり海水浴も・・良いな〜、うらやましい。
次回の更新は 1月 1日となります
No.283「夏の終わりの花」 '25. 11.1 up
額装価格 50,000円
( 36.0 x 48.0 cm) クレヨン
ついこの間まで猛暑だの真夏日だの外出は自粛しろだのと言っていたのに一転もう雪の便りも聞こえてきます。
あの素晴らしい天高く・・の空も見ないままに冬支度だなんて少し寂しいですね。
そんなカンダでまあ写生を目的にした旅行も何度かしましたがどこもかしこも猛暑。結局部屋に籠ってエアコンの下で窓越しに外を伺うくらいしかできません。
私は猛暑の夏のウォーキングは近所の大型ショッピングモールのウォーキングコースにお世話になっていました。毎日コース内にある花屋さんの前を通るたび素晴らしい花の登場を待っていたのですが中々そんな花にはついにお目にかかることは出来ませんでした。
花も野菜たちと同じようにどれもきっちりと切りそろえて梱包しやすい大きさに揃えられていて個性が感じられません。
止む無く買ってきたのがアルストメリア、ガーベラ、センニチコウ・・・とカタカナの名前の花しかありません。センニチコウも品種改良されていて千日紅とは似ても似つかわしくありません。
その内に花屋さんの店頭には品種改良して長持ちしたりそれに手入れしやすい海外種に占領されてしまうでしょう。
おっと、しかし仏花に欠かせない菊やユリなど日本古来からの花はしっかりとその立場で活躍はしているようです。
ところでこの絵にある花瓶ですが私の自作品で N0.245 で紹介しました。以後お見知りおきください。
次回の更新は12月 1日となります
[21.5年]10月 1日 up
私は43年間化学品メーカー社員として勤務してきました。62歳の時社内規定により定年退職、嘱託として後進のお手伝いのお誘いもありましたが私は兼ねてから希望していたもっと好きな絵を描いて暮らしたい・・と計画していたのでその道を迷わず進みました。
この9月末、勤務した期間半分の21年6か月が過ぎました。果たして私は計画通り楽しんでいるでしょうか。振り返ってみることで先の道も見通しもよくなりそうです。
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アトリエで制作 1
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アトリエで制作 2
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アトリエで制作 3
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夏子さんを描く
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小樽の町を写生する
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東京駅前丸の内で写生する
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イタリア・フィレンツェの町を写生する
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フランス側からモンブランの山を写生する
まあ、おおむね希望通りに目的を果たしてこられた満足感はあります。でもこれから先は写生の機会も徐々に減ってきて静物画が増えてくるのかな。それもいいじゃないか。
次回の更新は11月 1日となります
このページはNo.271〜282 を掲載しています。なお、以前の作品検索はこちらからどうぞ
No.282「午後の休憩」 '25. 9.1 up
額装価格 50,000円
( 32.5 x 38.0 cm) 透明クレヨン・クレヨン
半端じゃなく猛烈な暑さの日が続いた今年の夏ですが夏の果物のスイカもやっと私の庶民でも買える値段になってきました。
それにしてもいつの間にか夏の定番野菜なども管理栽培されるようになると綺麗に成形されて値段も格別になりました。
トマト、トウモロコシ、スイカ・・は夏物の露地栽培代表でしたがいまやもっと甘く、もっと形も良く・・・結果高級野菜化してしまいました。
流石に午後3時ころになると日差しも弱まりあらかたの庭仕事もひと段落付きました。よく冷えたスイカにたっぷりの塩分補給でかぶりつきます。
さて休憩の後は枝切ばさみや草刈り鎌など道具を仕舞って今日はおしまいです。あとは風呂に入って夕飯にやっと秋の気配を感じます。
私の良く使う画材の中でいわゆる油絵などは透明感を出すために絵具にたっぷりのビヒクルや溶き油を混ぜて幾重にも重ね塗りします。
そして水彩絵の具でも透明水彩絵の具なるものも開発されていますが描画技術には相当な技術を求められて少し手が出しにくい感じです。
そして文具メーカーのコクヨから今回使ってみた透明クレヨンが発売されたので使ってみました。見た目のクレヨン本体と紙の上に塗られた色が違うので少し戸惑いますがもっと慣れてくると面白い表現ができるのかな‥と期待しています。
次回の更新は10月 1日となります
No.281「夏の湯檜曽温泉街」 '25. 8.1 up
額装価格 50,000円
( 32.5 x 38.0 cm) クレヨン
今の皆様・・は東京から新潟まで往復の電車は恐らくどなたさまも新幹線をお使いになると思います。
私はというと電車で新潟の場合急ぐことも全くありません。今日は行く日・・、今日は帰る日・・として一日たっぷり時間を取ります。
JR東日本もいわゆる昔のポッポやさんという方もいなくなってしまってチョットした雪でも降ればやれ運休だ・・バスの代替えだ‥という手配をしてしまい列車の運転を取りやめてしまいます。
谷川岳を通る鉄道トンネルは3本あって一つは、上り線専用になってしまいましたが大正から昭和にかけて9年も掛けて完成した第一トンネル。そして上越線複線化計画で下り線専用に掘られた新清水トンネル。そしてもうひとつは新幹線の3本あるのをご存じでしょうか。
大正末期、トンネル技術も未熟なとき清水トンネルは出来るだけ短く!ということで土合―土樽を掘り進めて9kmとしましたしかしそれぞれの駅は平地よりかなり高い位置にありそこまでの高さに到達させようとそれぞれ手前の湯檜曽―土合、土樽ー中里におよそ半径430m、で坂の緩やかな2700mの円周路線ループを作ったのです。それによって40数メートルの高度を上げられたのです。
このループから平地の高さに降りた列車はこの絵の鉄橋を渡って湯檜曽駅に滑り込みます。そんな懐の温泉街も雪のない時に見ると気の抜けたサイダーのように感じます。今では一日5本の上り列車のみここを通ります。当時から鉄橋の架線の設備に見えるように水上―湯沢間は蒸気機関車ではなく運転士が窒息しないように電化していました。
厳冬期、その一日5本しかない電車に乗ってみてください、土樽や土合駅周辺はまるで蔵王の樹氷帯を走っているような壮絶な風景、見事な冬景色なのです。
次回の更新は 9月 1日となります
No.279「雪渓を仰ぐ」 '25. 6.1 up
額装価格 50,000円
( 49.0 x 38.0 cm) クレヨン
「関東甲信越地方は梅雨入りした模様です」・・・と気象庁は毎年大雑把な宣言をするので東京にお住まいの方は信じてしまいます。
そうなんです、日本列島の天気図模様っていうのはクレヨンで色分けするみたいに単純ではなさそうです。
もう私は80歳を超えてさすがにこの時期谷川岳に残る雪渓でスキーをすることは叶わなくなりました。
年々降雪量が減ってきたこともありますがこの谷川岳は10年くらい前までは7月半ばくらいは十分にスキーができるほど雪渓に雪は残るのです。
東京が雨降りの時でもここには週末になると兵どもが集まっては協力して雪渓にポールを立ててスキーに励んでいました。そうですここはまだ梅雨入りしていないのです。
一般道でここ谷川岳の雪渓の近くまで我が家からおよそ5時間。混雑する国道を避け群馬山間部から水上の町に降りる地方道を通勤道としてよく使っていました。
山道から降りる途中、急に目の前に雪渓をいただいた谷川岳を眼前にするとやあ、今日もやって来たぜ・・!とご挨拶します。
そんな谷川岳の雪渓の雪、今年は7月末までは滑れそうなほど雪が豊富らしいです。
次回の更新は 7月 1日となります
No.278「熱海漁港」 '25. 5.1 up
額装価格 50,000円
( 49.0 x 38.0 cm) クレヨン
いつの間にか桜の季節もすっかり過ぎ去って町はすでに連日夏日目前という日が続きます。
どこかに出かけようにも以前のようにそれ車で・・と言う気にはなれず目下電車移動が主体です。
車で移動すると何かと現地における機動性が増してそれはそれで便利なことは確かですがそこに至るまでの労力も見逃せません。
最近では電車で移動して現地でレンタカー・・と言う手も良く使いますが特に最近は美味しい食べ物に美味しいお酒・・と言う組み合わせを考えると断然電車。
もうあまり細かい金銭での損得は考えない。熱海まではグリーン車、駅からタクシー・・そして直接現地で楽しんで帰りはその逆で帰宅。
私の場合、好きな写生をしながらというスタイルが多いのですが今回も漁師賄いのアジのタタキとサザエのつぼ焼きで一杯。
それでも裏のガラス戸越しに港風景をラフスケッチ。家に帰ってきて記憶のあるうちに加筆。気分が乗ればさらに加筆などいつまでも楽しみます。
こうして色濃く過ごしてきた旅は次の人生への糧となり気力となっていきます。
次回の更新は 6月 1日となります
No.277「冬の日光白根山」 '25. 4.1 up
額装価格 50,000円
( 49.0 x 38.0 cm) クレヨン
この冬は私の生涯でも耐えるとき・・、冬はいつもわき目もふらずにスキーに明け暮れていました。
気がつくと予想はしていましたが食道がん!、根治治療に専念せよ‥とのお告げを受けました。
昨年末からの手術と根治治療のための抗ガン治療と放射線治療の入退院サイクルをこなして元の生活に復帰してきたときには主要な大会も終わってしまった3月初めでした。
幸いにも食事の拒否など体調を大きく変調されることは免れましたが身体測定では筋肉量が1割も減少してしまいアルペンスキーの高速制御に欠かせない絶望的状況でした。
ちょうど全日本マスターズの大会が終わったのでしょう。私の療養していた湯治場に大会の終わった選手が続々と湯船に入ってきました。
顔見知りのアルペン選手と話しているとお隣さんにはノルディックの選手もいたようで話に加わってきて盛り上がりました。たったそれだけの事でした。
スキーをしながら体を基のように安全に復調するリハビリテーションはノルディックスキー以外に無い、と結論付けました。しかも今年は多くの雪が山に残っています。
標高2千mのこの地には心肺機能を高めながら筋力の持久力を高めてくれる相乗効果を期待して過ごしてきました。
次回の更新は 5月 1日となります
No.276「楽園」1970年作 '25. 3.1 up
額装価格 ●円
( 162 x 130 cm) 油彩
82年間ほぼ毎日前しか見ずに歩んできました。ここにきて神様が「おまえ、ちょっとここで振り向いてみたらどうかな」
という機会を得ることができました。日常生活の中でも冬には感じなかったことなのに「ああ、そうだったんだ・・」
1970年制作・・と言うことは55年前、私はまだ27歳の青二才でした。
夜間の美術研究所に都合6年間在籍していたにもかかわらず自分の進むべき道しるべさえ見いだせないでいました。
もう研究所に通わなくても絵画の道を自分で切り開こうという決意は備わっていました。しかし家主から文京区駒込林町のアトリエは老朽化のため処分したいと、私は途方にくれました。
おりしも足立区の江北橋の近くにいずれは首都高の川口線建設のため立ち退かなければいけないが少なくとも工事の始まる6〜7年は住めるよ。との申し出がありました。
12畳一間ではありましたが十分な大きさのアトリエを再び手にしてしかも光熱費は除きますが家賃は要らない・・大いに喜んだものでした。
時々こんな憩いの広場的な企画も息抜きに良いですね。
次回の更新は 4月 1日となります
いつも「画家への道」ご愛読いただきましてありがとうございます。
今月の更新をお休みをさせていただきたくお願い申し上げます。
次回の更新は 3月 1日となります
No.275「 太陽の塔 」'25. 1. 1 up 価格 50、000 円
( 49.0 x 35.5 cm ) クレヨン
新年明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。
本年もこの「画家への道」宜しく御ひいきしていただけるよう各種方面にチャレンジする所存です。
いまからおよそ50年前に大阪万博が開催されました。そのメーン会場の中心にモニュメントとして建てられたのが故岡本太郎さんの”太陽の塔”でした。
芸術は爆発だ!!、という名言を発しただけあってやること表現することにすべからず奇抜さにあふれ切っていました。
当時の金額で6億3千万円もかけてそれは出来上がりました。高さ70m、両手の長さはそれぞれ25m、黄金の顔の直径は10.6m、目玉の大きさは2mというとてつもない大きさなのです。
でもそんな巨像も万博の会場の中にあってはオトナシク存在するしかなかったようです。
そして万博が終わった後この太陽の塔の存在意義をもっと高めようという機運が高まり大阪郊外の千里タウンの丘の上に移築が決まりました。
どうでしょう、私はこの太陽の塔はそばで見るのではなくできるだけ遠くから眺めてその存在意義を確かめる旅に出かけました。
この万博記念公園近くには大阪モノレール社の電車が丘を取り巻くように走っていてこの電車の車窓から見る太陽の塔は実に活き活きとして見えるのです。
岡本太郎さんもおそらくあの映画「ゴジラ」を見ていただろうと思います。都会のビル群の中に大きなゴジラが街に君臨する姿。
万博が終わってやっと安住の地を得たゴジラ・・、いや太陽の塔の魅力を感じました。
次回の更新は 2月 1日となります
No.274「大阪城」'24. 11.1 up
額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
私としてはよくぞこんな場所のホテルを検索出来た・・、大阪の街のど真ん中の中之島近くに天然温泉!!。
ちっぽけなバスタブしか期待していなかったビジネスホテルに大浴場があってしかも天然温泉に大感激。
食道がんの削り取り手術で退院して一週間、写生旅行ついでに近場の酒場放浪することも楽しみの一つにしていました。
さすがに呑み歩くことは控えましたがその代わりにゆったりと天然温泉の大浴場で湯治ができるなんて至福の宿を見つけたものでした。
しかも今日は大阪城を訪れようと思っていましたのでそこにも至近の距離・・と言うことでホテルの朝食もゆっくり噛んで食べる(医者からの注意事項)ことも可能でした。
もっとも写生・・しかも大阪城を絵にしよう‥と言うことでしたのですでにインターネットでお城の周りをグルグル巡っておおよその検討では"西の丸庭園"に行こうと決めておきました。
大阪城についてびっくり。インバウンド・・現象は驚くことではありませんがこんな喧騒の中で絵なんか描けるだろうかと懸念しました。
しかしこの西の丸公園は入園料200円、このおかげであの粗雑な彼等から逃れて楽しく写生を楽しむことができました。
次回の更新は 1月 1日となります
No.273「彦根城」'24. 10.1 up
額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
いつまでも残暑の続く日も時々息切れした様子が見えるこの日思い切って琵琶湖の畔、滋賀県彦根市にやってきました。
駅を降りるとあの人気キャラクター”ひこにゃん”の笑顔が迎えてくれました。
彦根駅に行くのには新幹線のひかり停車駅である米原まで行き、そこから在来線に乗り換えて彦根駅まで‥と少し不便です。
しばらく猛暑が続いたおかげで出かけることは控えていましたが暫くぶりに乗った新幹線はインバウンド、外国のお客さんが8割を占めるほどの混雑。
驚いたことにそのほとんどのお客さんは外の景色に興味がないのかあるいは国外線の航空機に乗っていることに慣れていて外は見ない・・というのでしょう。どの窓もブラインドを下ろしたままです。
わたしはやっと取れた通路側の席で干物を肴に日本酒をチビチビやりながらインターネットするしかありません。
駅から徒歩15分ほどで彦根城につきます。お城全体は小高い山の上にあって昔も登城する武士たちのご苦労も伺えます。そしてさすがにあちこちの修復も並行して行われ大変そうです。
お城を見上げるのどかな庭園(玄宮園)からの眺めもいいものでした。私もここから絵を描きました。
次回の更新は 12月 1日となります
No.272「熱海ヨットハーバー」'24. 10.1 up
額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレパス・オイルパス
猛暑日がこれでもかとまだ続く9月の初めでしたが久しぶりに熱海に来ました。
以前にも来て写生してから既に16年も経っていました、昔の記憶を頼りにしてきましたので駅から海岸までおよそ200段の階段を下りないと行けないなんて思っても見なかったことでした。
その時の日記を見ると、車に自転車を積んで首都高、東名を使って熱海まで5時間掛かって行き、海辺の駐車場で車中泊をしたことが記載されていました、なるほど・・駅から階段を下りるなんて知らないはずだわ。
10月8日〜9日の日記
さすがに80歳を超えて自転車を積んで車で写生しに行くなんて考えられません。熱海くらいまでですと我が家から100kmを越えます、往復の乗車券を買うと3割引の切符が買えますので電車で行きました。
しかもその割引差額を使ってグリーン車と少し余裕で快適旅の2日間・・じゃなくて2時間の写生旅行でした。
さて、その16年前に熱海で描いた絵の時より当然のことながら風景は一変していました、やむを得ないことでしょう。
(No.85)”熱海漁港”
以前に美味しいものを食べていた場所もしっかり覚えていてその漁師飯屋さんを難なく見つけて行きました。確か以前はアジのタタキ丼でしたがその時は車ですから可哀そう、今日は電車で帰りますから当然アジのタタキ、サザエのつぼ焼き、イカ刺し・・にお酒付き。
こんな楽しい大名写生旅行・・いつまでできるのでしょうか。
次回の更新は 11月 1日となります
No.271「銘銘ひまわり」'24. 9. 1 up 額装価格 50、000 円
( 49.0 x 35.5 cm) クレパス・オイルパス
ご存じのようにひまわりの絵と言えばゴッホ、そしてゴッホと言えばひまわりの絵があまりにも有名ですそんなひまわりの絵にあえて挑戦して描こうとするんですから私も大したもんです。(笑)
この夏は大変に暑い。気象庁も外出禁止令を出すほどですから私も甘んじてありがたいお言葉として気安く受け入れました。
さて、家の中でエアコンを効かせて涼んでいてもイライラが募ります。そうかといって雨も降らないのに本ばかり読んでいるわけにもいかず大型商業施設に言って見ました。
ここにはいわゆる街中にある花屋さんと違ってできるだけ非日常的な花も置いてあるのです。そう、日常的な花はもちろんこの時期仏花・・でしょうか、ここでは花の好きな方が花屋を営んでいます。
以前もここに花を買いに来たところもうその花は持たないのでお売りできません・・、とか言われましたが三日持てばいいからと言って買ってきたことがありました。
そしてこの時期、やはりありました。それも各種のひまわりでしょう、そしてゴッホのひまわりは店内どこにも見当たりません。これはありがたい・・、さっそくそれぞれを買ってきました。
わたしは今までにもよく花を買ってきたりして花瓶に活けて絵を描いてきました。友人から時として華道の手ほどきなど身に着けているんですか?と聞かれることがあります。
滅相もありません、わたしはそれでも気楽に花を花瓶に活けて絵になった時どんな配置であったら画面・・と言う空間を楽しく表現できるだろうかと考えます。
そこには絶対安定した構図を考えたり、ムーブメントを与えたり、バランスの微妙さを表現したり、花の大きさと色の違いからくる空間比から生じるマスゲームができたらどんなに楽しいだろうか・・といつも考えながら花を活けます。
今日のひまわりたち、みんな変です。「冗談じゃないわよ。一つの花瓶になんか納めないでよ!」って、それぞれが好き勝手なんです。
ついに私も頭にきて「テメエら好き勝手にせい!」。と別々の器にぶっ込んでみました。
ここだけの話ですが今回の主役はうぬぼれのひまわりたちではなく私の自作による「取っ手付きの花瓶」どう、いいでしょう?(笑)
え!?、ひまわりたち以上のうぬぼれだって・・?、こりゃまた失礼。
次回の更新は 10月 1日となります
No.270「片品村の民家」'24. 8. 1 up 額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
私は社会人になっても余暇でスキーを楽しんでいました。比較的地理的にも東京から至近の群馬県片品村に足繁く通い始めました。
家族ができ子どもたちもスキーができるようになると安全で楽しめるスキー場は数多くの中から丸沼高原スキー場が特段に好みのスキー場となってきたのです。
私が55歳になった時、子供たちも大きくなって私とスキーに行かなくなりました。そろそろ私もスキーを辞め時かな・・?、と思ったとき初夏の谷川岳の雪渓や夏の乗鞍の雪渓でスキーを楽しんでいた同年代の方のスキークラブに入会したことで更にスキーを続けて楽しむことになりました。
そして偶然でしょうか所属したスキークラブの冬の練習拠点は丸沼高原スキー場であり合宿宿舎は片品村にありました。ですから片品村との交流は半世紀以上にもなるのです。
多くの片品村の村民の方とも交流を深めスキー以外にも夏の山林への憧憬、そして毎年冬に使うストーブの薪造りの拠点として深いかかわりを持つようになりました。
ことに私がストーブの薪を手配していただきそこで加工して家に運んでいますが今でも先代の須藤金次郎さん以来跡継ぎの賢一さんにもお世話になっているところです。
この家は染色工芸を研究している京子さんのお宅、いまではめずらしい茅葺の屋根なのです。時々ここで休憩をとらせていただいて世間話をしたりお茶をごちそうになったりさせていただいています。
薪造りが終わるとこの小屋の目前には薪割りした薪がやぐらに組んで秋まで乾燥します。今ではそれも片品村の風物詩になっているとか。
おかげで私は川口市の自宅で陶芸を楽しみます。そして寒い冬のアトリエでは暖かな薪ストーブに癒されて豊かな気持ちで過ごしています。
次回の更新は 9月 1日となります
No.269「尾瀬は橋の向こう」'24. 7. 1 up 額装価格 50、000 円
( 35.5 x 51.0 cm) クレヨン
ここ群馬県の片品村は夏のシーズンが到来しました。わたしはスキーシーズンにはホームゲレンデのあるここ付近のスキー場によく来ます。
またそのシーズンが終わると来冬のためのストーブの薪造りのために、そして数年前までは植林した山林の下草刈り・・と年中通して来ることが多いのです。
スキー場に関して言えば関東近郊から交通の便が良いことなどから道の駅”おぜ片品”は多くのスキーヤーの拠点となりました。
スキーシーズンも終わって5月連休も過ぎるとやっとこの道の駅も普段の落ち着きを取り戻します。
そして一方で早朝の賑わいは県外ナンバー車でもわかるようにお目当ては初夏を迎えた尾瀬湿原を目指すお客さんでしょう。
その魅力は何といっても尾瀬の湿原に咲く可憐な水芭蕉と残雪の残る燧岳、至仏山を写し込む尾瀬沼の景色を見ようとのお客さんです。
道の駅をすぐ出ると尾瀬大橋がありこの橋を渡らないと尾瀬方面にはいけません。そしていかにもその橋のたたずまいは尾瀬にようこそ・・と誘いをかけるような趣を感じさせます。
今日のような五月晴れの空のもとつい口ずさみたくなるメロディーは「♪・・・はるかな尾瀬,とおい空・・」
次回の更新は 8月 1日となります
No.268「シャクヤク」'24. 6. 1 up 額装価格 50、000 円
( 35.5 x 51.0 cm) クレヨン
近頃に限ったことではありませんが野菜売り場の野菜や魚売り場の魚に季節感がなくなってきました。
野菜に限って言えば栄養的にも出来れば年中食卓に挙げた方が好ましい・・とかもありますが、ハウス栽培により安定的に供給できる体制が整ってきた。
花は?・・となるとこれまた菓子メーカーなどと共にでっち上げた?暦によって商戦の先頭に立つこともあります。
しかし、野菜にしろ花にしろやはり季節の分岐点にはかならず露地ものとして本領発揮とするものもまだ多くあります。
それらの多くは名園・・の名をほしいままに独特の栽培などによって集客し耳目を賄っているところも珍しくありません。
でもその中でシャクヤク・・ボタン・・などは特に珍しくそうたやすく見つけられません。しかしお花を育てて楽しみにしている方は大概庭の隅に一株は存在します。
生花店には全く出回らない花としての筆頭に挙げてもいいように感じます。そんな花を見つけたのでためらわず
「その花・・ください!」と言いますと「・・お客様、もうこの花はあと二日ほどしか持ちませんのでお売りしかねますが・・」。
「いえ、ふつかもあれば絵を描くのには充分です・・」と言って買ってきました。
4日目の朝には見事に散り始めてしまいました。
次回の更新は 7月 1日となります
No.267「谷川岳の清流」'24. 5. 1 up 額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
今年も4月第二週の土日、恒例の東京スキーマスターズ大会は好天の中ミツマタ・スキー場でシーズン最終戦が行われました。
私は早めの前日に出発して旧三国街道・・いわゆる国道17号を北上し谷川岳を超えるべくして三国トンネルを目指しました。三国トンネルは谷川連峰の西端にあって文学でも有名なトンネルはまったく新しく快適になっていました。
群馬県から新潟県、現在多くの車両は関越11kmのトンネルで一気に通過しています。もしこの高速トンネルが事故など通行不能な場合にはこの17号は大切な物流の動脈として使わなければならず常に一級国道の使命を担って整備されているのです。
トンネルを超えて先ず出くわす苗場スキー場は、あまりにも有名ですがこの辺りの谷川は雪解けを集めて浅貝川となって二居ダムに注ぎ込まれここで谷川岳西端から発する清津川へと合流します。
この辺の豪雪地はその下流域に多くのスキー場を擁しています。その一つにミツマタ・スキー場、川を渡りスキー場へ登るゴンドラがあり、多くのスキーヤーは眺めおろすこの清津川の景色に目を奪われる名の通りの清流なのです。私はそのへんの河原から上流を眺め、まだ多くの残雪を蓄えてそびえる谷川岳方面の絵を描きました。
いずれにしてもこの川は上越のスキー場を縫って約30qの流域を経て千曲川から名を変えたばかりの川に合流。更にその川は上越地方平野部を主流とする魚野川などと合流して大河信濃川となって日本海にそそぐのです。
この時期、陽射しは初夏を思わせますがまだ吹く風は清流の音とまじりあっていまだ早春の趣を感じさせます。
次回の更新は 6月 1日となります
No.266「ゲストリング・スキー場」'24. 4. 1 up 額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
この作品は昨年コロナ禍の空けた2023年、3年ぶりに海外へのスキー遠征はオーストリアで開催された世界マスターズ大会でした。
その間に世界の政治情勢もかなり悪化していました。ロシアのウクライナへの軍事進行などを取り巻く状況は飛行ルートにも影響を及ぼしました。
日本からヨーロッパへの飛行最短ルートはロシア上空を通過するルートでしたがこれも変更を余儀なくされてしまいトルコ経由という長距離移動となりました。
ここオーストリアのゲストリング・スキー場では滞在した宿はスキー場の真ん前という好条件でした。朝起きると部屋のベランダから真正面に大会のアップバーンが見え気持ちが高ぶります。
先ず先ずの天候に恵まれて久しぶりに海外遠征を楽しめたことはよかった。
大会が終わったあとも少し余裕をもってウィーンの市内を巡ったり郊外のワイナリーを訪れたりと久しぶりのオーストリアでした。
次回の更新は 5月 1日となります
No.265「春爛漫」'24. 3. 1 up 額装価格 50、000 円
( 48.5 x 57.5 cm) クレヨン
わたしの場合・・雪不足に悩まされたこの冬でした。そして街には邪魔な雪が降ってみんなを慌てさせました。
心機一転、こんな時には花屋さんにでも行って花瓶に春の花をいっぱい盛って絵でも描いてみようと思いました。
そう言えばよくこの頃はいったん、スキーも飽きてきて房総方面に逃避行することが度々ありました。しかし今年はまだ滑り飽きていません。
春の花と言えばスイートピー、キンセンカ、菜の花・・・などでしょうか。
花瓶はこれまた私の自作になる「陶芸のこと(No.82 手鉢)」でご紹介したものを使いました。
暫くの間部屋のなか中花の香りいっぱいで過ごしたのは言うまでもありません。
次回の更新は 4月 1日となります
No.264「モンブラン」'24. 2. 1 up 額装価格 50、000 円
( 51.5 x 35.7 cm) クレヨン
コロナ禍の前・・。2019年、母が亡くなって葬儀の日、親不孝の私はフランスのメジェーブで世界マスターズのスキー大会に出ていました。
こんなことって…あるんですね。日ごろ母を訪ねる度に母と話していました、既に5年も前から世界マスターズに挑戦していたので「オレがヨーロッパに言っている時にもしものことがあってもお別れを言えないかもしれんよ」・・・。3/3日、全日本マスターズ3位入賞。3/4日、母亡くなり対面。3/6日、羽田発・・フランスへ。
兄たちの計らいで「お前はおふくろを生前、よく見舞ったりして頑張ってくれた。だからここはオレたちが式は滞りなくやっておくから行ってこい!」
それまで順調にメダリストに近づいてきていましたがこの大会では入賞には程遠い結果しか出せませんでした。悶々としながらも試合の無い日には近くのスケッチなどしていましたが晴れたこの日はバスでoffice de Tourisme まで出かけることにしました。
ヨーロッパの郊外にある交差点は概ねロータリーになっていることが多いのです。スイスのジュネーブから70q近くのバス旅行でまもなくメジェーブというところでロータリーを廻っていると目の前にモンブラン!
目印は観光案内所のそばのロータリー。メジェーブのバス発着場から5kmほど下った村はもう春間近、神々しいばかりのモンブランに出会いました。
次回の更新は 3月 1日となります
No.263「 Mastumoto Castle 」'24. 1. 1 up 価格 30、000 円
( 51.5 x 35.7 cm ) クレヨン
新年明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。
本年もこの「画家への道」宜しく御ひいきしていただけるよう各種方面にチャレンジする所存です。
スキー仲間との打ち合わせのため松本に来ました。駅の東口から歩けば15分ほどの所に国宝・松本城があります。
市内循環バスが運よく発車ということで飛び乗りました。・・・と乗客は私と同年代くらいの外国旅行者男女3名のグループ、早速話しかけられました。
キャッスル・・がどうのこうの・・?。オレたちのバスはキャッスル・マツモト行きだぜ!・・・解ったかどうか大きなゼスチャーで安心したらしく皆笑顔で挨拶していった。
松本と言えば私の育った諏訪の隣町ほどに親しみのあるお城ですがひと言外人と会話しただけで国際人になったような気持ちで改めてこの松本城をスケッチしてみた。
コロナ禍以降、日本の田舎まで外国観光客であふれています。積極的に国際交流もしていきましょう。
次回の更新は 2月 1日となります
No.262「さいたま新都心」'23. 12. 1 up 額装価格 20、000 円
( 19.0 x 24.0 cm) クレヨン
さいたま新都心・・・・いつの間にかそんな名前の駅も出来て京浜東北線の電車から見える車窓の風景も一変してしまいました。
そもそも21世紀を迎えたころつまり2000年になって東京タワーの電波が周辺の高層ビルの影響で届かない地域も出始めたり発するVHF方式電波もより効率の高い地上波電波の見込みなどから新たな高層電波塔を作ろうという機運が高まりました。
そんな時、名乗りを上げたのはこの埼玉県の大宮電車基地の広大な土地活用が浮上してきたころではなかったでしょうか。しかし電波塔は現在のスカイツリーのある都内に決まり2008年にはその着工が始まりました。
80年生きている人間にとってはそんな変遷もパノラマの景色のように手に取ってみる感覚になるのです。
とは言え私の住む埼玉県はまだ多くの自然の残る田園地帯に囲まれてそこに住む人間から見るとどこか遠くの世界がありそうな見え方がしてしまいます。
都心はもはや人間の手による開発も極限的になってしまいましたがこの「さいたま新都心」が理想的な都心にとって代われる要素はまだたくさんありそうです。
次回の更新は 1月 1日となります
No.261「造船の街」'23. 11. 1 up 額装価格 30、000 円
( 51.5 x 35.7 cm) クレヨン
広島から呉線に乗り換えて5つほど坂駅を過ぎると都会的風景がガラリと一変します。電車は穏やかな瀬戸内の海と島々を車窓に急に速度を落としたかのように進みます。
車窓から見える民家やのんびりしたリゾート施設を進むとこの先に本当に巨大軍艦を作った町が果たしてあるのだろうかと・・少し不安に駆られました。
やがて進行方向に岬が見えてきて吉浦駅を過ぎ電車はその小高い岬を回り込んだとき眼下に異様な街・・と感じられる造船都市が広がっていたのです。
異様と感じたのは小さな湾に大波が打ち寄せて入り組んだ湾の奥、山の隅々まで水が浸かるかのように住宅が山のふもとまで立ち並んでいるのです。
戦時下の人口は25万人、今でこそ20万人と減少はしていますが多くの造船従業者がその技術力を誇って住まわれたことに驚くばかりです。
取り囲む山の峰からは秋の気配が次第におりてきました。
次回の更新は 12月 1日となります
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