月旦


「んー…」
「何か、面白い事でも書いてあるんですか?」
 ぱらりと書類を繰る度に、興味深そうな声を上げるカカシに湯飲みを手渡しながらイルカが不思議そうに声をかける。単なる報告書に目を通している、と言うには随分と読むペースが遅い。
「興味深いけど、面白い程じゃあないよ」
 書類から目を離さず告げる言葉に小さく首を傾げるが、それ以上問う事なく真後ろにぺたん、と腰を下ろす。そのまま、カカシの背中を背凭れに、拡げたままになった持ち帰りの仕事を再開する。
 テストの採点と、明日の授業の予習。教員という仕事に慣れてきたとはいえ、絶対に手を抜く訳にはいかない。本当は残業になる所を、無理矢理帰ってきてしまっている分、どうしたって力が入る。受け持ってる子供達は、なんだかんだと問題児が多いのだ。
「…イルカ。後どの位で終わる?」
 イルカの走らせていたペンの音が止むと同時にカカシが訊いてくる。どんなに集中していても決して自然体を崩すことがないカカシは、周囲のどんな変化も見逃さない。それが、イルカの事なら尚更らしい。
「ん…と、丸付けは終わってるので、いつでも。予習はいつまででも出来ちゃうから」
 こんな、いきなりの問いも慣れている為か、おっとりと応じながら、採点も点数の記帳も終わったテストを忘れない内に手早く片付けてしまう。たまにうっかりと忘れ物をしてしまうので、その辺は留意しているのだ。これさえ終わってしまえば、後は明日の予習なのだが、これはどんなに入念にしても満足いかないので、終わりはない。カカシが止めろ、と言えばその時点で終わらせるつもりなのである。
「もう少ししたら、アンコ達が来るよ。仕事終わらないなら帰そうと思ってたんだけど」
「大丈夫。帰すなんてダメですよ。久し振りなんだし」
「人生色々でも張り付いてたけど」
 窘めるイルカに苦笑で返す。滅多に帰里しない所為か、戻る度に傍を離れない二人。それを嫌だと思う事は勿論ないが、それを当然と受け止めているイルカには、どうにも苦笑してしまう。
「カカシさんの帰里なんて久し振りだから。皆嬉しいんです」
「…イルカも?」
「…秘密」
 くるりと反転し、イルカを腕の中に閉じ込めるとくつくつ笑う。本人の意図とは裏腹に、僅かに口篭ったのが全て。正直なその態度に温かいものが満ちた。




「へ。ゲンマ?って、不知火ゲンマ?」
「そう。今度の任務、手伝って貰う事になりそうなんだけど、どんな奴なのか知りたくて」
 程なくして現れた、アンコ・ハヤテ・イビキの三人にカカシが訊ねる。その問いに、アンコとハヤテは素直に応じ、イビキは心なしか蒼くなる。
「んー。任務で困る事ってないと思うなぁ…。って、そんな事は資料で判るか」
「まぁね」
 思い出しながら困ったように答えるアンコに頷く。ゲンマの任務達成率等は用意した資料に全て載っている。知りたいのは、別の事。
 その、為人。
 噂は聞いた。徹底的に、調べた。その上で知りたいのは身内票。カカシが最も信用している者たちの下す、評価。
「凄く、いい人なんですね。たまに任務が一緒になりますが、優しいですし、段取りもスムーズです」
「いい人なんだ?」
「はい!」
 嬉しそうに告げるハヤテに確認すると、力強く首肯される。そのハヤテの姿に、カカシの笑みが何気なく深くなる。
「じゃあ、任務やり易いかーもね。資料で見ても、バランス取れてるし。…ねぇ、イビキ?」
「…任務上、足手纏いになる事はないだろう。人格も別に悪くない」
 ちろりと意味ありげに見られ、視線を逸らしながらイビキが応じる。今いるメンバーの中で、カカシの視線と深い笑みの意味を知るのはイビキだけなのだ。ゾクゾクと不自然に背筋が冷えていく気分を味わいながら、それでもなんとか好意的な内容を中立の言葉で出す。
「なら、安心だねぇ」
「はい!」
「うん。任務は信頼出来ると思うわよ」
 にこにこと全開の笑顔のハヤテが太鼓判を押せば、アンコもそれに同意する。機嫌の良い二人に柔らかく頷いていると、イビキが小さく…本当に小さくカカシに呟く。
─────────── …あまり虐めてくれるなよ…」
 その言葉は、穏やかならざる笑顔に黙殺された。


何とか2話目。
カカシ先生、不穏です(笑)。
何を考えて、いるのやら。

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