「─────────── …っクソ!」
樹々を渡り、里からの伝令の任を果たしながら苦々しく舌を打つ。
ここ、3ヶ月ほどの過酷な任務を思い返しつつ。
いきなり、指名されたツーマンセル。
相手は、あの、はたけカカシ。
そこまでは良い。たとえ、ゲンマの方に彼に対する含みがあろうと、相手は里を代表する超一流の忍だ。この先の任務にも役立つ事があるだろうと、異議の一つもなく了承した。
もっとも、拒否権なぞが最初から用意されていない所為もあるが。
そして知った、相手の実力。
基本、自分与えられる任務は相手のフォロー。
事務処理から、里との伝令。任務受諾の報告。連続任務の続きがちな戦忍の、雑務と呼ばれるもの、全て。本来なら、中忍以下の者がやる内容である。特別上忍であるゲンマがするべき任務ではない。
もっとも、特別上忍であると言う自負は、初期の時点で吹き飛んだ。
追いつかないのだ。どうしても。
上忍と特別上忍との差なぞ、それ程ある訳ではない、木の葉で。それも、上忍昇格も間近と言われている筈の自分が。これ程までに実力差を見せ付けられるなど、普通は考えられない。
否。
そうじゃない。資質経歴その他を考えて、実力差は歴然としているのは判っていたが、そういう事ではない。
知らなかったのは。
カカシの任務スケジュール。
そこである。
「ったく…。任務規定、無視しまくりもいいトコ、じゃないか…」
呟く。
この過酷な任務状況では、中忍に雑務なんか任せられない。自分ですら、体力の限界に近いのだから。これを、常なら一人で全部こなしていると言うカカシが化け物に見えてくる。
それでも。
それだけなら、良いのだ。任務に向かうカカシを相手の雑務だけであるならば。疲労はあっても、耐え切れない事はない。
だがしかし。
時折感じる視線。
それが一番の疲労を呼ぶ。
移動中。
事務処理中。
戦闘中。
任務遂行中。
静かに、それでいて不躾に。折につけ、カカシの視線を感じるのだ。それが、ゲンマに更なる疲労感を与えてくれる。
値踏みされるのは、それだけで苦痛だ。
確証こそないが、おそらく、正しい。理由は不明の為、居心地の悪さが限りない。
故に。
問い詰める事も出来ない。ただただ甘受するしかない状況に、胃の方が根を上げそうだった。
「…ゲンマ」
「…何ですか」
前触れもなく声をかけられて、顔を上げる。取り付くろう隙もないまま、強張った顔を晒してしまう。それはかなりの不審を呼ぶだろうに、全く頓着しないまま、カカシが口を開く。
「ココに、囮を置くから」
「囮?」
「敵の大隊が向かってるって言ってたでしょ?」
「…あぁ」
敵の極秘資料を奪う任務の際、カカシはかなり派手な行為をしていた。敵方に気取られるのは必須の。上忍の仕事振りとも思えない行為。だが、それすらも策の内と言い切る相手に、背筋が冷えたのは記憶に新しい。
「で、何を囮に?」
影分身か、別のトラップか。大隊相手の囮と言うなら、相応の仕掛けが必要だろう。おそらく、幻術の類も組み合わせる筈。
そう、判断して問う。意見を求められている訳ではないのだから、訊く以外ないのも確かなのだが。
「あぁ。もう着くよ」
「…へ?」
にんまりと笑ったカカシに、思わず返す。
『着く』と言ったのか、この上忍は。
あり得ない言葉に目を見開いた刹那。
「…カカシさん!」
「お疲れ。ハヤテ」
「お待たせしました」
「待ってないよ。じゃ、頼めるかな」
「はい」
樹木を渡り、現れた姿に声を詰まらせる。その間も、新しく増えた人物とカカシは状況にそぐわない和やかな言葉を交わしている。
「…ハヤ…テ」
「こんにちは。ゲンマさん。お久しぶりです。後は引き受けましたから」
「…な…」
当たり前のように告げるハヤテに言葉は出ない。
「じゃ、ゲンマ。行くよ」
そんなゲンマを気にするでなく、あっさりと背を向けるカカシに、感情が爆発した。
「…な、囮ってハヤテの事ですか!」
「そう。月光の剣術は多対一が基本だから。囮向きデショ」
「そういう問題じゃ…」
「…最初からそのつもりで作戦を立てた。だからここに呼んだんだ」
「あの人数、一人じゃ荷がかち過ぎるでしょう!」
これは、死ねと言っているのと変わらない。
何故、カカシもハヤテも平然としているのか、理解が出来ない。仲間を捨て駒にするのは、木の葉ではもっとも恥ずべき事項の筈である。里を代表する忍の立てる策ではない。
「じゃ、ゲンマも囮やる?」
咄嗟に異を唱えたゲンマに、カカシはするりと次の言葉を告げる。
「大隊がここに到着するまで、後、四半刻程度。その後、俺が戻るまで、耐えてくれるなら、囮は一人でも二人でも構わないけど」
「…か、カカシさん!私一人でも…」
「良いから。どう?ゲンマ。ハヤテの足を引っ張らず、足止めしてくれればいーよ」
「…承知」
「ゲンマさん!カカシさん!」
「じゃあ、決まったね。…ハヤテ。後は頼むよ」
慌てるハヤテの頭をくしゃりと撫でて、そのままカカシは姿を消した。
「…あー…。ハヤテ」
「すみません、ゲンマさん。お疲れなのに」
「あ。いや。結構人数居たから。悪いな。勝手に」
「とんでもない。助かります」
「…おう」
先を感じさせない、おっとりとした笑顔に思わず目を逸らした。
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