月旦


 自覚した瞬間、後悔した。


 こんなのは、ガラじゃない。
 どうしたって、分が悪い。
 信じられない。




 横恋慕、なんて───────────














「…相変わらず、だよなぁ」
「んー?」
「あそこ」
 上忍待機所『人生色々』。上忍・特別上忍が思い思いに過ごしている中、ぼそ、と呟かれた言葉に反応する。聞き反すと、示された先には既に見慣れた光景。

 上忍はたけカカシとその取り巻き。

 人生色々の一番奥、窓際のソファに悠然と座り、いつものように愛読書を捲るカカシの横で、カカシに他愛ない悪戯を繰り返しながらべったりと離れない特別上忍のみたらしアンコ。その足元で、愛刀の手入れをしながら、絶妙なタイミングで二人のお茶を淹れ換えている、やはり特別上忍の月光ハヤテ。
 カカシが外回りの戦忍で里に殆ど居ない為、そうそう目撃される機会はないのだが、それでも彼が里に…否、人生色々に居る間は必ず見られる光景である。
 カカシが別の人間と話していようが、読書に夢中になっていようが、決して離れる事がない。時により、会話すら成立しないにも関わらず、二人ともこの上もなく幸せそうにしているのだ。もっとも、カカシ自身も構いこそしないものの邪険に扱ったりしないので、二人が傍らにある事自体は認めているのだろう。その証拠に、気まぐれに二人の髪や頬を撫でる時がある。
 どちらにしても、凄い話である。
「確かにな」
 同意しながら、ゲンマは内心で溜息を吐く。つい、反応してしまったが、あまり見たい情景ではないのだ。
 知らず剣呑な目付きになっていくのを、辛うじて堪え、ついと視線を逸らす。見てしまった、幸せそうな笑顔。
 そしてその原因。
 喉の下辺りに感じる苦い気持ちを飲み込み、個人的に居心地の悪くなったこの場から出て行こうかと逡巡すると、パタン、と本を閉じる微かな音。反射的に音源へ目を向けると、カカシがゆるりと立ち上がっていた。
「どしたの?」
「んー。三代目に呼ばれてたの、思い出した」
「じゃ、アタシも行く。そろそろ任務なのよね。ハヤテは?」
「ご一緒します…て、アンコさん、一緒の任務なんですね」
「そーだっけ?」
 どこかのんびりと人生色々を出て行くカカシの後をきゃらきゃら笑いながらアンコとハヤテが続く。ほんの一瞬、アンコが別の方向に視線を流し、それと同時にハヤテの視線が自分と絡んだような気がしたが、確認の隙もなく三人の姿が消えた。




「…はー」
 三人の気配が完全に消えたところで、誰かが深い息を吐く。
「何だぁ?」
「いや、凄ぇよなぁ、と思って」
「あー。確かに。あれだけの華、二人も侍らしてんのに無関心だもんな」
「どっちが本命だと思う?」
 感嘆の息と共にざわめきが戻ってくる。妙な緊張が解かれたかのように、話題に上る。滅多に見ない、そして見慣れてしまったが故の関心事。

 はたけカカシの本命。

 良い噂、悪い噂、両方が飛び交う中、誰もその核心を捉えた者はいない。特定の相手がいるのか否か。いないとして、意中の存在はあるのか。華やかな戦歴と経歴に紛れて聞こえてくる物は数あれど、どれが真実か判らない。
 そして、先刻までのあの状態。
 他のカカシ目当ての者を排斥するかのようにくっついて離れない二人に、それを容認するカカシ。こうなると、あの二人の内のどちらかが本命か、さもなくば二人共かと勘繰りたくなるのは道理である。
 …もっとも、本人に確認出来るような根性の持ち主はいないので、憶測ばかりが飛び交うのだが。
「え。やっぱアンコじゃねぇ?アレだけ纏わりついてるのに、振り払った事ねぇし」
「俺はハヤテだと思うなぁ。撫でる回数、アンコより多いし」
「数えてたのかよ?!」
「いや、なんとなく」
 ともあれ、ゲンマとしては注目度の高さに溜息を吐きたくなる。
「なぁ、ゲンマはどう思うよ?」
─────────── …さあな。興味ねぇよ」
 誰よりも確かめたいと思っているクセに、思い切る事が出来ない自分に歯噛みしつつ、詰まらなさそうに応じた。


硝子様リクエスト。
『ゲンハヤ馴初め』
ご期待に副えるか判りませんが、取りあえず続きます。


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