聖恋祭


 ─────────── 二月十三日。バレンタインディ前日。

「何、サクラ。アンタそんな事したのぉ?」
「したわよ。もー皆蒼くなっちゃって、かっこ悪かった」
「そりゃそーかもだけど」
「良いのよ。サスケくんもナルトも加勢してくれたし。カカシ先生はウケてたし」
「でも、そんなに凄かったんだ」
 任務もしくは演習を終わらせた夕方。サクラはイノとヒナタと待ち合わせて出掛けていた。その折、先日の受付所の一件を二人に話す。
「ほんと、呆れちゃう。私さ、今までこの季節って暇なんだと思ってたのよ」
「あぁ。上忍の人とか里に溢れてたもんね」
「そう!それがさ、ほっとんど仮病だったらしいの。だって、カカシ先生、この時期忙しすぎて里に居た事なかったんだって!」
「それって、仮病の人達の代わりって事?」
「うわ。かわいそ〜。でも、風邪なんて殆ど自己申告だもんね。判んないわよ、そんなの」
「イイ迷惑よね。ずっと外回りだったから、アレ、全然知らなかったみたいだし」
 不満爆発のサクラに二人も頷く。アカデミー時代、毎年うっとうしい程に湧いて出る男の山に辟易していたのは、紛れもない事実なのだ。
 たとえ、彼らの目標物には秋波が欠片も伝わっていなかったとしても。
「で、そのカカシ先生は?」
「今日はこれから上忍の任務らしいけど、明日の朝には帰ってくるって」
「あ。だからビターチョコも買ったんだ」
「うん。カカシ先生、甘い物嫌いみたいだし。サスケくんにはスイートチョコで、ナルトはミルクね」
「なーんだ。サクラも一緒?私もサスケくんにはスイートチョコにしたわよ。で、アスマ先生もそれにして、シカマルとチョウジはミルク。ヒナタは?」
「ミルクでしょ。ナルトは当然!甘党だし。キバもシノも別に甘いの苦手って訳じゃないもんね」
「う…うん。…あ、ここじゃない?」
 それぞれが両手にいっぱいの材料を抱えて。漸く着いた一軒家の前で立ち止まる。
「…かな?」
「ここら辺、他に家ないわよ。…って、イルカ先生、随分遠くに引っ越したのね」
「泊まれる様にしておいでって言う訳よね」
 表札も出ていない為、少し緊張をしつつチャイムを鳴らす。三人がかりでアカデミーの恩師に盛大に強請って、前日のチョコ作り講師&調理場を確保したまでは良かったのだが。まさか教員アパートから里外れの一軒家に引っ越していたとは。イルカが家の人に外泊許可を貰って来いと言った訳がやっと判った。
「いらっしゃい。よく来たね」
 いつも通りに出迎えてくれた恩師に頭を下げ、いそいそと中へ入れてもらった。


「三人とも…凄い量だね」
 三人を通したキッチンで材料を広げさせると、失敗も見越してなのか、チョコの山が出来る。その量に軽く目を見開くと、三人の為に包丁とまな板を渡し、チョコを均等に刻むように指示する。その際、防水の包装紙を裏返してまな板に敷いておくと、後でボウルに入れ易い。ともあれ、まずは比較的柔らかいミルクチョコから。
「あげる人多いし、失敗するかもと思って」
「う…うん」
「そーいえば、サクラ、ナルト達にもあげるのね」
 思いついたようにイノが言う。イノ自身は本命以外のシカマルやチョウジにもチョコをあげるのは幼馴染の義務だと思っていたが、サクラがサスケ以外の人間に用意するのは初めてである。
「あ、うん。だって同じ班だし、ナルトにもないとサスケくん、受け取ってくれないもの」
「え、そうなの?」
「んー。アカデミーの時からちょっと思ってたんだけど、サスケくん、ナルトも一緒じゃないと絶対受け取ってくれないのよね」
「あ〜。そういえば。サスケくんだけじゃないわよ。シカマル達も結構、そんな感じ」
「…結構…男の子たち、仲良いよね。シノくんやキバくんもそうだもの」
 口は動かしているものの、子供達が必死の形相でチョコを刻むのを眺めながら、お湯を沸かし、温度計を用意する。溶かして固めるだけとはいえ、正しくテンパリングをしたのとしないのでは、出来が全然違うのだ。
「あ。でも、ナルトにもないとサスケくん貰ってくれないのね…。じゃあ、私もナルトにも作ろうかな」
「…じゃ、明日の夕方待ち合わせする?私もシカマルとチョウジの分、作るわ。ヒナタは?」
「そ…そうだね。良かったら…」
 チョコを無事本命に渡すのが第一目的な所為か、サクラとイノは一時休戦らしい。そして、ヒナタは恋敵ではない分、二人ともつい手を差し伸べてしまうようだ。そんな三人にくすりと笑うと、イルカが軽く口を挟んだ。
「…全員の分、作れば?どうせ三班とも明日は十時に第二演習場に集合の筈だし」
「え?」
「違った?」
「いえ。そーですけど。イノとヒナタも?」
「サクラも?」
「何で?」
 一時的に手を休め、顔を見合わせると、不思議そうにイルカを見つめる。それに肩を竦めると種を明かす。
「紅先生がね、カカシ先生とアスマ先生に頼んでくれたんだって」
 渡す相手を探す手間、省けるようにって。
 悪戯を仕掛ける時のような、茶目っ気たっぷりの表情で教えてくれた紅の顔を思い浮かべながら告げると、ぱ、と三人の顔が明るくなる。
 意中の相手に会えるか不確定だった二人は勿論、同じ班だから…という軽い負い目を持つサクラも。それぞれがどんなに張り合っているように見えても、結局はフェアな友情が先行してしまうのだろう。
「…あ。じゃあ、サクラちゃん、ビターチョコとスイートチョコ少しくれる?」
「良いよ。ねぇ。どうせなら三人で一緒に作っちゃおうよ。それなら数も揃うんじゃない?」
「それ良い!私にもビター分けて欲しいと思ってたし」
 きゃー、と歓声を上げながらチョコに向き直る。三人とも、まだまだバレンタインの行事や本来の目的そのものよりも、その過程の方が遥かに楽しいのかもしれない。リズミカルにチョコを刻む姿が非常に楽しそうである。
「そういえば、イルカ先生は用意しないの?」
「え?」
「バレンタイン!誰かにあげたりしないの?」
 大量のミルクチョコを刻んでそれぞれボウルに入れると、50度位のお湯を使って湯煎にかける。一度温度を上げて完全に溶かし、その後30度前後に温度を保つのである。
「ん〜。特に用意しないなぁ。…イノ、チョコにお湯が入らないように注意しないと」
 ゴムベラを使って溶かしていく手つきに不安を感じて助言する。チョコは水気を嫌う為、水分が入り込まないように留意しないといけないのだ。
「なんで?好きな人いないの?」
「…好きな人がチョコ食べるとは限らないよ。ほら、溶けたら温度を測る」
 苦笑気味に告げ、温度計を渡す。三人とも40度前後。及第である。それを次は湯煎のボウルを冷水に替え、30度位まで温度を下げながらかき混ぜるのである。
「…あ、きれーい」
「お店のみたい」
「…手早く型に入れないと固まるよ。室温調節もしてあるけど、急ぐ!」
 滑らかで艶やかな色になったチョコに感動している三人を急かし、次の作業に移させる。まだ、ミルクチョコの段階なのだ。この先にスイートチョコとビターチョコが待っている。その上大量。それなりに急がないと、夜が明けてしまいかねない。
 イルカの指摘に慌てて三人はチョコのボウルを水からあげ、布巾の上に置くとアルミの型にチョコを流し込んでいく。型抜きにしなかったのは、少しでも失敗しにくい物を選んだ所為だろう。
「…明日、香りで倒れちゃうかもね」
 作業を終えた順にボウルを洗い、ペーパータオルで綺麗に水気を取ると、指示される前に次のチョコに取りかかる。その一心不乱な姿に苦笑し、室内…と言うより家中に充満しているだろう甘い香りに肩を竦め、気付かれない程度に小さく呟くと、彼女達の為に夕食を作ろうと冷蔵庫を開けた。






 ─────── 何はともあれ、明日は女の子の決戦日である。


バレンタインは手作りが基本(笑)。
毎年、メモを片手に右往左往している女の子が可愛いんです。
しかして、女の子は三人寄ると姦しい…(笑)。
…あ。ちなみに場所はカカシ邸(生家)です。

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