聖恋祭


 ─────────── 二月上旬。

「…何よ、これ」
 受付所にたむろしている上忍・特別上忍・中忍の山(ちなみにほぼ全部男)を見て、カカシが呆れた声を出す。
「…木の葉の里の冬の風物詩、よ。カカシ先生」
「ウスラトンカチの集団だ」
「懲りないってばよ」
 任務を貰う為に列に並んだカカシの下の方で子供達が吐き捨てる。その、子供達の心底嫌そうな様子に、軽く頭を捻る。基本的に人当たりの良いナルトや外面の…もとい、愛想の良いサクラ、他人に関心を持たないサスケがここまで嫌悪感を顕わにするなど、滅多にない事なので。
「サクラ?」
「今は二月だから…『イルカ先生からバレンタインのチョコを貰い隊』ね」
「十二月は『イルカ先生とクリスマスを一緒に過ごし隊』だってばよ」
「…今回は年始行事があったからいなかったけどな」
「…成程」
 呆れ切った口調の子供達に納得する。受付の机の視界に入るようにうろうろしている男共は、どうやら受付の華が目当てらしい。もっとも、そのお目当て自体は周囲の様子に全く気付いていないようだが。
「毎年毎年、アカデミーにまで来るってばよ」
「お蔭でこの時期は『上忍のお手本』には事欠かなかったけど」
「無駄な足掻きだ」
 肩を竦める三人にくつりと笑い、頭を撫でる。
「…で?勝者はいるの?」
「…いるけど、あの人たちの中にはいないわよ」
「へぇ」
「ここに居るもの」
 ナルトとサスケを横目で見ながらにっこり笑うサクラにピンと来る。クリスマスもバレンタインも、勝者は生徒たち、だった訳だ。らし過ぎる結果に苦笑してしまう。
「カカシ先生はこれ見るの初めてなの?」
 感心するカカシにサクラが下から裾を引っ張る。毎年の恒例行事とも言うべきこの状況をカカシが知らないのは不思議だったのだろう。
「…そうだねぇ。大体十二月から三月にかけては妙に負傷者が多いらしくてねぇ。ここ数年、この時期の里には帰ってなかったかな」
 苦笑したまま、それでもほんの少しだけ通り易い声で答えてやる。
 風邪だの、軽傷だの。任務の集中するこの時期は、どうにも負傷者が多発していて。長期の里外任務にはつけないらしい忍達の代わりに現場を飛び回っていた筈なのだが。
 この様子では、負傷申告者の何人が仮病や故意の負傷だったのやら。
 呆れるより先に感心してしまう。
─────────── …へーえ。そうなんだ」
「…じゃ、今年は大丈夫だな。上忍師に長期任務はない筈だ」
「それにさ、こぉぉぉんなにいっぱい、元気な人たちが揃ってるってばよ」
 カカシの言葉にぎくりと体を強張らせた大人達を目敏く見遣り、三人が素知らぬ顔で声高に言う。実際はさておき、建前上はカカシに言っているという態度を子供達がとっている所為で、下手に反論も出来ず、顔色を失くしている周囲に思わずカカシが噴き出しかける。見事なポーカーフェイス故に周囲には気取られていないだろうが、内心は笑い出したくて仕方がない。
 子供というのは、実に自分の感情に正直である。しかも、自分達の身近で強力な武器や権力(この場合はカカシ)を利用する事になんの躊躇もない。それを無邪気を装ってヤるのだから、始末に終えないのである。
「おはようございます、カカシ先生。楽しそうですね」
「おはようございます、イルカ先生。えぇ、とてもね。…それより、今日は人口密度が高いですねぇ」
 子供達と雑談(?)している間に順番が回ってきたらしい。いつも通りの言葉に応じると、周囲の状況を探り半分口にしてみる。
「…え?あぁ、そう言えばそうですね。…皆さん、任務を受け取りにいらっしゃってるんですよね。お待たせしちゃってますね」
 やはり、全く気付いてなかったらしい。イルカの言葉にサクラが小さく噴き出す。無自覚は、時に周囲を不幸にするという好例である。
「ねぇ、イルカ先生、今日の私達の任務は?」
「…今日はいつになくやる気だねぇ」
「あら。だって、他の待ってる人達に悪いもの。皆すっごく真面目よね、ね?イルカ先生」
 楽しそうにイルカを急かすサクラにカカシが揶揄うと、上忍くの一もかくや、という見事な笑顔で嘯いてくる。その際、さり気なくイルカに同意を求める辺り、抜け目ない。将来有望なその姿にいい加減、爆笑しかけそうになるのを辛うじて堪えて、サクラの頭をくしゃりと撫でた。
「…はい、カカシ先生。こちらが今日の七班の任務になります」
「どーも」
 サクラの意図を判っているのかいないのか。あえて答えず曖昧に笑い、カカシに向き直ると任務書を手渡す。それにざっと目を通し、促すように三人の頭をぽんぽんぽんと叩くと踵を反す。
「行ってらっしゃい、カカシ先生。お気をつけて」
「行ってきます」
 背中越しに手を振ると、未だ蒼い顔をしたままの集団を横目に受付所を後にした。



…木の葉、二月の風物詩。
イベント毎にこんなになってたらイヤですねぇ。
ともあれ、子供強し。

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