「…すまん」
手を伸ばし、俺を抱えながら三代目が吐き出す。
「すまなんだ、カカシ」
その、悲痛な声。見なくても判る、辛そうな表情。訳が判らなくて困惑してしまう。
「じっちゃ…」
「お主を護り切れず、この様な仕儀になったのはワシの責じゃ。すまん」
その言葉が、引き金だった。
「…あ…」
─────────── …マ・モ・ル…
それは、木の葉の忍にとって根幹とも言える意識。恒常的に言い聞かされ、染み付いていた筈の言葉。
『木の葉の忍は、守る為にだけ、刃を振るう』
それを言う三代目や父達はとても誇らしく、自分もいつかはと思い、心に刻んだ筈の意思。
なのに。
先刻の自分は。
それに思い至った刹那、感情が爆発した。
「…めん…。ごめんなさ…。ごめ…」
「カカシ?」
「…れなかっ…」
「カカシ!」
護ってない。何も。
死ぬのが怖かっただけ。
ただ、死にたくなくて刃を向けた。
敵に。
敵とはいえ、人に。
何の意思もなく。
そんな事、許されないのに。
「…ってない。まもってないよ。おれ…。ごめ…」
無事を喜んで貰える様な存在じゃなくなったと。そう伝え、三代目の腕から逃れようともがく。
父にも、三代目にも、先生にも、三忍にも。顔を向けられない、そんな存在になったと、慌てて逃げようとしたのだ。だが、子供の力如きで三代目の腕からは逃れる事は出来ず、俺の態度に困惑こそしていたものの、それでも変わらず優しい空気を向ける皆にますます混乱してしまった。
「…護ったモノ、見たいか?カカシ」
うわ言のように謝罪を繰り返す俺に、上の方から声が降って来る。それは、戦闘の直前にかけられたモノと同じ声音で。急いで振り仰ぐ。
そこには、面を外した状態で立っている暗部の男。その横で父が不思議そうな表情を向けていて。
「…おい」
「すいません、サクモさん。…見たいか?お前が護ったモノ」
父に軽く会釈して、俺の前にしゃがむとくしゃりと頭を撫でる。
「おれ…なんかまもった…の?」
言葉が信じられなくて呟く。感じた恐怖のままに刃を振るっていた自分が何かを護ったなんて信じられるものではなかった。
「…生きてたってだけで充分なんだが…判んないもんな。…見たかったら見せてやる。見たいか?」
「うん」
苦笑気味に言う相手に頷くと、ぽんぽんと俺の頭を叩いて、父達に向き直る。
「皆さん、うちに来てくださいませんか?彼に見せなければならないモノもありますし…何より、彼の傍から離れたくないんでしょう?」
肩を竦めた男に、全員が頷くのをぼんやりと眺めていた。
「…ここだ。静かにしてろよ?寝てるから」
父に抱かれた状態で訪れたのは男の家。団体なのに当たり前のように家に上がらせると、俺を手放すのを嫌がる父を説得して俺を下ろさせ、ある部屋の前まで連れて行く。
「…良く見ろ。これが、お前の護ったモノだ」
室内に通され、指された位置を覗き込む。
それは、子供用の布団で小さな寝息を立てていた。
「…え?」
「お前が侵入者をあの場所で食い止めたから、うちの娘はここでこうやって安心して寝てるんだよ」
振り返ると、柔らかく笑われる。
「おれ…まも…たの?」
もう一度、健やかな寝息を立てる存在を食入るように見詰める。柔らかい黒髪の、可愛い、女の子。
「そうだ」
「このこ、まもれ…た?」
「だから寝てる。こいつの眠りを護ったのは、お前だよ、カカシ」
言われる言葉が一つ一つ染みていく。
「こいつの眠りも。心配で潰されそうだったサクモさんたちの心も。お前がちゃんと護ったモノだ。」
後ろを振り返ると、息を詰めて覗いている保護者達。
全員が忙しい筈なのに、俺を必死に、寝る間も惜しんで探していてくれたらしい。三代目すら、駆けつけてくれる程に。
心配そうで、辛そうな瞳をさせたかった訳じゃないのに。泣いたり、取り乱したりする筈がないと思っていた保護者達を、不可抗力だったとはいえ、そうさせてしまったのは確かに自分で。
申し訳なさに心が軋む以上に、それは物凄く嬉しくて。
そして。 教えられた事を遵守出来なかったと混乱し、絶望しかけた俺を救った、たった一つのモノ。
ただ、眠っている姿。それだけで絶大な効力を示してくれた。
私欲の為に刃を振るったんじゃないと、信じさせてくれた。大好きな大人達と同じく、守る為に武器を取ったと信じさせてくれた。
その瞬間から、特別になった、俺の眠り姫。
生きていて良いのだと。生き残れて良かったんだと。漸く思えた。
「よかった…。みんなといっしょ…」
一気に気が抜けて、倒れるように意識を飛ばした俺を抱えたのは、多分、父だったような気がする。
「…おやすみ」
低く、優しい声音に酷く安心した。
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