歳旦祭


──────────── そして、神楽が始まる。




 囃子もなく、舞い手自身の謡う声が神域に響く。甘さを含む玲瓏な謡は、聴く者に軽い痺れすら呼び起こす。誰も、この声を聴いた事がない。
 否。
 どこかで聴いた事はあるかもしれない。だが、ここまでの音として聴いた者は滅多に居ない。そんな声。それは、子供たちの舞が終わって気を抜き始めた観客を舞台へと引き戻すのに充分だった。そして。
 ふわりと。
 気配もなく舞い手が舞台中央に出現し、緩やかに舞い始める。
 謡以外の音をさせないまま幽玄を醸す舞は静謐を呼び、ざわめきを止める。面を掛けず、直面で舞う舞い手の顔は扇で巧みに隠され、見えない。耳に心地良い謡に惹かれつつ、舞い手の顔へと意識が集中してしまう。


 ダン!


 すう、と上げられた足が床に叩きつけられ、場の雰囲気が一転する。舞うと言うより踏むと表現するしかない、荒々しくも勇壮な舞に息を飲む。
 滑らかな動きで扇が舞台より投げられ、舞い手の顔が現れる。投げられた扇を得た者は、今年一年の幸を約束されるとあって、その取り合いに一瞬、気が散った。


「…え…?」
「カカシ先生…?」
 漸くと現れた舞い手の素顔に、七班の子供達が呆然と呟く。
 いつもの口布もなく、額宛もないが、確かに目の前で舞っているのは自分達の恩師。一度見たら絶対に忘れられない、整った顔を惜しげもなく晒している。
「よく、観ておきなさい。カカシが、カカシじゃなくなるから」
 静かなアンコの声に、顔を見合わせた子供達が舞台に視線を戻す。
 カカシの視線の配り、手の動き、足の運びの緩急に意識が囚われ、ただただ、魅入られていく。
 勇壮と幽玄を体現しているカカシの顔からは感情は一切読み取れない。だが、舞が進む程にその纏う雰囲気が変化していく。ぞくりと背筋に何かが走り、呼吸を忘れ、言葉を失ってしまう。
 アンコの言葉通り、カカシが、カカシでなくなっていく。
 寒さも忘れ、ただ、ただ、集中してしまう。


「…雪…?」


 先刻まで晴れ渡っていたはずなのに。
 ちらりちらりと雪が舞い始める。
 謡の為に吐き出される白い息に雪が溶けゆく。雪と舞に、世界が染まる。
 そのカカシが、突然舞を止める。
「先生?」
 あまりの急さに息を飲んで見つめていた子供たちも観客も目を見張る。
 だが、その腕がすい、と上げられるのに、再び緊張を強いられる。腕の先に視線を移すと。
 鮮やかな衣装の女神が舞い降りる。
 男神に請われるように傍に寄り、手を取られ、連れ舞う。
 言葉はなく、謡もなく、視線すら合わせず、それでいて一糸乱れず。不思議と甘い気配をさせる連舞。人が舞うでなく、神に舞わされていると思える程の神々しさが目に焼きついていく。
「あれ…」
「イルカ先生…?」
 呆然と呟く子供たちをよそに、ふわりふわりと舞う姿はまさに神の化身。その華麗さに、荘厳さに、知らず、身体が震える。
「…綺麗…」
 うっとりとした呟きはこの場の誰のものだったか。意識の全てが二人の舞に飲み込まれた。









「あー。疲れた」
「お疲れー」
「うん。皆も、お疲れさん。…どしたのよ」
 ぼんやりとしていた子供たちの真後ろから、のんびりした声がする。跳ね飛んで後ろを振り向くと、つい、今まで舞台中央に居た筈のカカシとイルカが揃って顔を見せていた。
「カカシ先生?」
「うん。何、ナルト」
「…何でもないってばよ!」
 首を傾げるいつも通りのカカシに、ナルトが咄嗟に飛びつく。それを受け止め、いつも通り髪をくしゃくしゃに掻き混ぜるのを見た途端、意識を張り詰めていた子供たちの力が抜け、座り込んでしまう。
「お疲れさん。お前たちの出番はおしまいだぁよ。火影屋敷におせちとお年玉が用意してあるから、行っといで」
 ぽんぽんぽんと子供たちの頭を軽く叩くと、歓声をあげ、嬉しそうに駆け出していく。神事が決まって以来三ヶ月、子供たちは任務以外の事でかなり拘束してしまっていたのだ。更にこの数日に至っては、個別に斎戒潔斎をさせ、かなり窮屈な思いをさせた。早く開放してやりたくもなる。
「カカシもイルカもお疲れ様」
「…まぁだだよ。ま!潔斎が終わって助かったけど」
「そうですね」
 アンコの労いに肩を竦め、イルカと顔を見合わせて微笑みあう。斎戒潔斎中は家族と話す事は勿論、逢う事すら出来ないのだ。神事はまだ終わってなくとも、肩の荷が少し、下りた気がするのだろう。
「取り合えず、暫くは休めるから、アイツらと飯食べようか」
「賛成!先行くね!!」
 ゆったりと伸びをしたカカシにアンコが笑い、二人を置いて火影屋敷へと向かう。
「さ。イルカも行こう?お腹空いたでしょ」
「はい。────── …あ」
 カカシに手を取られたイルカが頷き、ふと、何かに気付いたように声を上げる。
「何?」
「明けまして、おめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
────── 。明けましておめでと。こちらこそ、今年も宜しく」


kurocyi様リクエスト。『カカシ先生の素顔で舞』
こ、この程度で勘弁してやってください。
ちょっとでもお年玉に感じて頂けたら、嬉しいです。


2← →目次 →解説