家族遊戯


「あー。やっぱりまだ軽いなぁ」
 突然の事に暴れるサスケを全く意に介さず、抱えたまま近くのベンチに座る。
「放っとけ」
「他の班と較べてもちっこいからねぇ」
「…個人差だ」
 暴れ疲れたのか、どんなに足掻いても無駄に終わるので諦めたのか、サスケがぐったりとカカシの肩に頭をつける。
「食も細いし。偏食がちだし」
 独り暮らしの常で、どうしてもサスケもナルトも食事内容が偏ってしまう傾向にある。特にこの二人は、好物なら呆れる程の食欲を見せるクセに、それ以外は並の少年より少食という、保護者としては頭の痛い問題を抱えている。カカシが居る時はさりげなく気を配っているが、如何せん、丸一日、付きっきりで修行や任務を見ている暇がない。実際、里の慢性的な人手不足を、暗部関係者が辛うじて誤魔化している状態なのだ。その責任者でもあるカカシは、本来なら上忍師をやっているだけの余裕はない。
 サスケとナルトと言う、ある意味特別な子供相手でなければ、未だに里の外を飛び回っていてもおかしくないのである。
「…気になるんなら、監視でも何でもすれば良いだろう」
「出来るんなーらね」
「任務減らせ」
「耳に痛いねぇ」
「ふん」
 手厳しい言葉に苦笑してしまう。
 実際、他班より直に見てやれる時間は格段に少ない。いくら内容を濃くしていても多少なりとも不満は出てしまうのだろう。子供達はよく、我慢している方だ。
「…アンタがいないから、ナルトも俺もクセが抜けねぇんだよ」
「クセ?」
「今の。メシとか。…呼び方」
「呼び方?何かあったっけ?」
 食事は理解出来るが、もう一つが判らない。聞き返すと、軽い沈黙の後、吐き出すように小さく叫ばれた。
「…呼び方ったら、呼び方だ!この前の豆の里の!勝手に忘れてんじゃねぇ!」
「あぁ。とーちゃん」
「言うんじゃねぇ!」
 納得して口に出せば、首まで赤くした子供。そういえば、先日の特別演習以来、『先生』以外の呼称の頻度が高いような気がした。
 返事をした後の、失言に焦ったような表情を見せるサスケやナルトが可愛い上に、ナルトとの約束(『家族旅行』参照)もあって、 訂正もせずにいたが、それが引っ掛かっているらしい。
「ちゃんと返事してやってるじゃない」
「そーいう問題じゃねぇ」
「じゃ、どんな問題?」
「…だから。テメーが気安く返事なんかしやがるから」
 抜けない。
 拗ねた口調でそう続けられ、声に出さず笑う。
 顔を見ていない所為だろう。
 珍しく本音を口に乗せるサスケに。
 無意識に、言外に、欲しいモノを望む子供に。
 甘い笑みが、止まらない。
「別に、嫌じゃないしなぁ」
「ふざけるな」
 正直な感想を告げると、下から睨まれる。それも仕方がないと思うが、カカシとしても冗談を言っている訳ではないのでこれまた仕方がない。
「ふざけてないよ〜。…んー、まぁ、これは受け売りなんだけど」
「?」
 遠い記憶を辿りつつ口を開く。記憶の中の自分は、サスケよりも更に幼かったような気がする。
「…中忍になろうと、上忍になろうと、ガキはガキなんだから、御託並べずに甘えとけ」
 物凄い不機嫌な顔で言われたのを思い出し、苦笑する。当時は同じ科白を言う羽目になるとは思いもしなかったのだから。
「誰の科白だ」
「んー。母親代わり…になるんだろうねぇ」
 密やかに笑う。目の奥には、豪快で、偉そうで(実際、偉いのだが)、強くて、弱くて、繊細な、無敵の女性。未だに、色々な意味で勝てない相手の一人。
「そんなもん居たのか」
「一応ね」
 考え付きもしなかったのか、驚いた目を向けるサスケに肩を竦める。いくら何でも、独りで育った訳じゃない。
「んー、だからねぇ。今は未だ、甘ったれてて良いんだよ」
「イヤだ」
「俺もお前達に甘えてるから」
「大人のくせに。…甘えてる?」
「任務。置いて行っちゃうデショ」
 半分は必然的に。半分は我侭で。置いて行ってしまう自分は、子供達に甘えているとカカシは思う。そして、安心して置いて行ける理由を、柔らかく言葉にしてやる。
「サスケがしっかりしてるから。安心して任務に行けるんだよ」
「へ」
「いつもいつも、ナルトとサクラを護っててくれてるデショ」
「な…」
 くしゃりと頭を掻き混ぜれば、真っ赤になって慌てる。
「これからも頼むね。俺が留守の間、あの二人を宜しくね」
「…勝手な事言ってんじゃねぇよ」
 むくれた声音には、照れも混じっているのだろう。ほんの一瞬、ぎゅう、としがみつき、ポン、と膝の上から逃げ出す。
「…腹減った。メシ」
「…はいはい。どこへ行こうか?」
 多分それは、承諾の意図があるのだろう。くつりと笑んで立ち上がり、再度頭を撫ぜる。
「一楽。多分、ナルトのバカとイルカ先生がいる」
「…あぁ。お前に帰された後、そこら辺で昼寝して、起きたら受付行ったんだ」
 素直に帰らず、日辺りの良いどこかで眠りこけて居ただろう子供が頭に浮かぶ。
「多分な」
 詰まらなさそうに肯定される、違わない推測に、盛大に笑った。


2← →4