「あ。イルカー。三代目が呼んでたぞー」
「おう。じゃ、行って来るよ」
「何か、急ぎらしいぞ」
「判ったー」
同僚の言葉に、授業を終えたその足で執務室へ向かう。
何の用事かは判らない。
けれど、授業を中断させる程ではないが、『急ぎ』と伝言する程度の用事なら。
急いで行った方が良い。
『…』
『…!』
執務室に近付くと、室内から不穏な空気が漏れている。どこか、口論に近いそれが気になって、足早に向かう。
火影様に何かがあると思う訳ではないけれど、心配なものは心配だ。
「…ダメじゃ」
「…俺が参加した方が早いんで〜すよ。判ってるでしょ?」
「お主はそれで良いかもしれんが、あの子が不憫じゃろうが!」
「…不憫も何も、どうせ憶えちゃいませんよ〜」
…三代目の大声と、この、ちょっと呆れ気味の声は…。
「カカシ!」
やっぱり、カカシ先生。
でも、何を二人で論争してるんだ…?
口論、と言ってもエキサイトしているのは三代目の方だけみたいで、カカシ先生の方は呆れ半分宥めてる感じだけど。
う〜ん…。
呼ばれて来たんだけど、なんだか入り辛い。
困ってしまい、そのままドアの前で立ち竦んでいると、業を煮やしたような三代目が搾り出すように唸った。
「──────── この先三回分、八掛け」
何の話だ?
「…いや、だからですね」
「…延びまくっておるイチャパラ外伝」
…イチャパラって、カカシ先生の愛読書だったよな。そういえば、予約した外伝が予定通り出ないってぼやいてたっけ。
「──────── …あー、もう」
カカシ先生が大仰に溜息を吐くのが判る。
「…いーでーすよ。引き受けます。先刻のお言葉、忘れないでくださいね。特にイチャパラ」
「すまんの!」
「いいえ。…あのヒト、今は西の花街ですから」
「うむ。すぐに捕獲する」
…捕獲?
「はいはい。────── …イルカ先生〜。話は付きましたから、入って来ていーですよー」
あ。バレてた。…って、三代目とカカシ先生だもんな。気付かれているのも当たり前か。
「失礼します」
形ばかりのノックをして、ゆっくり室内へ入る。
そこには、苦笑を浮かべたカカシ先生と疲れた顔の三代目が居た。
「では、頼んだぞ」
そう、上機嫌に言われても、任務内容を全然教えてくれないのでは話にならない。
言われたのは、
・Bランク任務である事。
・期限が不確定である事。
・この任務の間はアカデミーは休んでいい事。
・とにかく、カカシ先生の指示に従う事。
の四つだけ。Bランクなのも、上忍のカカシ先生に従うって事も、別に問題はない。問題はないが、無期限というのとアカデミー休職ってのが気に掛かる。
本当に長期になるなら、引継ぎとかしなきゃならないのに、そんな暇はないって言うし。本当、どんな任務なんだろう。
「…あの、カカシ先生」
「…あ〜。まぁ、そんなに硬くならなくてもいいで〜すよ。期間も、無期限とは言ってるけど長くて二週間ってトコだし」
あ、なんだ。じゃあ、それ程問題ないな。どうせ今は担任持ってる訳じゃないし。まぁ、大丈夫だろう。
「取りあえず、機密性が高いって事でBランクなんですが、内容的にはD…良くてCが精々ですし、イルカ先生なら大丈夫ですよ」
へー。…って、Dに近いCランクの任務がBランクになる程の機密性って、結構凄いんじゃないか?
「それから、三代目の懇願の所為でご一緒しますけど、一応、これはイルカ先生の単独任務扱いになりますから」
「────── …はい?」
単独任務って…カカシ先生は?
「…これでも上忍なので。Bランクは請けられないんですよ」
あ。そうか。上忍の任務は基本的にAかS。稀にBも請けたりするらしいけど、カカシ先生程の人にはまず、回らない筈。受付でも見た事がない。
「…って事はボランティアですか?」
Bランク任務を?ボランティア?…言っちゃなんだが、俺なら絶対やりたくない。
「ん〜。この任務での報酬は出ませんねぇ」
「そ、そんな!今からでも三代目に…」
そんなの、絶対良くない。任務にはきちんとした報酬で報いないと。
「…大丈夫ですよ。別件で貰いますから」
「え?」
「聞いてたデショ?八掛けとイチャパラ」
あぁ。あの口論の…。って、アレが報酬交渉だった?
「今後、Sランク指名料を三回分八掛けで貰えるし、イチャパラ外伝もせっついて貰えるし」
「はぁ?…って、指名料八掛けってどういう事ですか?任務報酬はともかく、指名は九割ですよ」
依頼者の意向で忍を指名出来るのは、受付をやっていれば当然知っている事ではあるけれど。その指名料(依頼者に任務報酬と別途請求している)は各忍に九割支払われるのが常識。それが、八掛けって…。
「…指名料ね、ちゃんと九割支払われるのは中忍以下なんですよ」
にっこり笑われる。
「…って事は上忍の方って…」
「大概は七掛けかな?俺は、三割貰えたら良い方」
…いや。上忍の方の指名料は高額だから、七割だってかなりの金額になるのは解る。解るけど、カカシ先生の三割って…。
「里、ぼったくりじゃないですか!!」
「ま!大戦とか災厄とか色々ありましたしね。俺みたいなのは便利なんでしょう。どうせ、使い道のない金ですし」
それは。
カカシ先生は長い間ずっと稼ぎ頭だったんだろうけど。指名料だって、きっと物凄く高額で、三割と言えどバカにならないんだろうけど。でも、そんなのは、絶対良くないのに。
「そんな顔しないで?今更なんだから。それより、早く行きましょう」
「あ。はい」
優しい笑顔に頷いて、ゆったりと歩くカカシ先生の後を追った。
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