Destiny Third

自分だけの真実
26・心理的誘導

「気分はどうですか?」
 目覚めたら、誰かがあたしの顔をのぞき込んでいた。
 金色の長い髪と少し憂いを帯びたターコイズブルーの瞳の女性。
 えっと……誰……だっけ?
「カーム・ロナです?挨拶はしてなかったでしょうか?」
 記憶があまりないあたしにカームさんは気を悪くしないでにっこりと微笑む。
 ……あ、このほほえみ、そう言えば、覚えがある。
 マイン星のプリマスで、シャルさんのパートナー。
「自分の名前、覚えてますか?」
 名前…あたしは竹内千瀬で……ルイセ・エシル……。
「名前は大丈夫のようですね。ココはマイン星なんですが、その前はどこにいたか分かりますか?」
 マイン星……の前?
 って言うか、えっと何であたしはココにいるんだろう?
「まだ、記憶が曖昧のようですね。話しますか?」
 カームさんはあたしから視線を別の場所に移して問い掛ける。
 誰かがいるんだろう。
 確認するのも億劫であたしはその視線を見つめる。
「分かりました。ルイセ」
 そしてカームさんは私に視線を戻す。
「ガイがずっとあなたが目覚めるのを待っていたのですが……話せますか?」
 ガ………イ………?
 そう言えば………?
 っっ!!
 突然、思い出す記憶。
「呼ばないで……」
 カームさんがガイを呼ぼうとするのをあたしは起き上がって止める。
「呼ばないで……」
 なんでそう思ったんだろう。
 思い出した記憶は何だろう。
 突然見えた景色、あたしは、待ってる、あの人を。
「ルイセ……」
「……」
 ガイに会いたいのに、会いたくないなんて。
「あなたは、まだいろいろと混乱しているようです。ガイはずっと心配してあなたに着いていたのですよ。礼はする必要なんてありません。ガイがしたくてそうしていたのだから。邪魔だと言ったのに、ココにずっと」
 そう言ってカームさんはあたしの側から離れる。
「……よろしくお願いしますね……」
 さほど遠くない場所にいるはずなのに、カームさんとガイは小声で話す。
「じゃあ、ルイセ、また後で」
 そう言ってカームさんは部屋を出て行く。
 ………っていうことは、今ガイと二人っきり………。
 逢いたい(顔を見たい)のに逢いたくない(顔を見たくない)なんて矛盾してる。
 ふと、景色が浮かぶ。
 あたしはあの人を待っている。
 あの人が来てあたしはすごく嬉しい。
 ……唐突に気がつく。
 あぁ、これはあたしの記憶じゃなくって、ライアの記憶なんだ………。
「千瀬」
 ガイがあたしを呼ぶ。
「大丈夫か?」
 心配そうにガイはあたしを見つめる。
「何度かうなされていた。今回もそうなのか?」
 あたしのいつの間にかこぼれた涙を拭き、そして頬に手を当てながら、ガイはいう。
「違う…怖いの……」
「怖い?」
 ガイの言葉にあたしは頷く。
「怖いってどういう意味?」
 静かに聞いてくる声にあたしは分からないと首を振る。
「千瀬、少し落ち着いて……。まだ混乱しているんだ、眠った方が良い」
 ガイはあたしに眠るように言う。
「眠ったら、あたしは記憶を思い出す」
 だから、もう眠りたくない。
「……だとしても、眠らないわけにはいかない。体を壊したら元も子もないだろう?」
 でも、眠ったら記憶を思い出す。
 あたしの記憶じゃない記憶。
「千瀬の……じゃない……?…まさかっ……!」
「ガイ、好きになってもフラッシャーじゃなかったら、好きじゃなくなっちゃう」
 そう、ライアが好きなのはフラッシャー。
 フラッシャー以外彼女は受け付けない。
「どうしよう、ガイ……」
 どうしよう、あたしにはわからないよ。
 ガイのこと好きなのに、好きになったのに。
 フラッシャーじゃなかったら、好きじゃなくなっちゃうなんて。
「…………っ」
 なんでライアなの?
 なんでこんな記憶持ってるの?
 彼女はフラッシャーを待ってるの。
 フラッシャーを探してるのよ。
「千瀬っ」
 引かれる腕、突然襲った圧迫。
「何を、ふざけたことを言ってるんだ」
 声がすぐ上から聞こえる。
「ガイ?」
 そして、あたしは抱きしめられていると気付いた。
 こうやって、ガイに抱きしめられるの何度目だろう。
「千瀬、お前はライア本人なのか?」
 ガイは静かにあたしに問い掛ける。
 声が低く怒っているようだった。
「だって、生まれ変わりだよ…」
 そう、あたしはライアの生まれ変わり。
 だからデュークにシウス星に連れてかれて『パルマ』で女神と祭り上げられた。
「生まれ変わりだからって、ライアである必要はない。お前がライアだって言うことじゃないだろう?」
「でも……」
「お前の体は、お前の気持ちは、……千瀬、お前が今考えていることはライアのものなのか?ライアが考えていることなのか?」
 …………違うとおもう。
「思うじゃなくって違うんだ。お前の気持ちは、お前のものだろう?たとえライアだろうが、フラッシャーだろうが関係ないだろう」
 だけど……。
「だけどじゃない。今生きているのは千瀬、お前だ。たとえ、ライアの記憶を持っていたとしてもお前がルイセ・エシルで、千瀬であることには変わりないんだ。そうだろう?」
 ガイは、あたしに分からせるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 その言葉がゆっくりとあたしの中に入っていく。
『あなたはわたし。わたしはあなた。だけど違うもの』
 そんな声が聞こえてた事を、その声にずっと励まされたことを思い出した。
 あたしがあたしであることは変わりない。
「ガイ……」
「ん?何?」
「ありがとう。なんか、分かった気がする」
「お前が迷ったら、何度でも教えるから、安心しろ」
 うん。
「落ち着いたようだな……。千瀬、言っておくことがある」
「何?」
 ガイの声にあたしは顔を上げる。
「ウィルを、探しに行こうと思っている」
 そっか……。
『パルマ』の一件がなかったら、すぐに探しに行くはずだったんだもんね。
「あたしも行くね」
「千瀬?」
 あたしの言葉にガイは驚く。
 そんな驚くことでもないと思うんだけど。
 だって、あたしはパルマ星のティラナでガイのパートナーなんだし。
「今目覚めたばっかり何だぞ」
「だって、今から行くって言う訳じゃないんでしょう?」
「そ、それはそうなんだけど……」
 それにさ。
「それに、ガイが助けてくれるかなって……ダメ」
 パートナーなんだし。
 ダメかなぁ。
「お前なぁ……。仕方ない。ただし、何があっても文句言うなよ?」
 うん、分かった。
 文句言わないから。
「ちゃんと守るよ。オレが必ず」
「助けてくれるだけで良いよ?」
 守るのって、大変だよねぇ?
「守る、ちゃんと。全てから」
 あたしの言うこと聞かないでガイはそう繰り返す。
「だから、安心しろ」
 そう言うガイの表情がすごく優しくてなんだか照れてしまった。
「もう少し休んでいろ」
 ガイの言葉にあたしは横になる。
「眠るまでいるから」
 そう言うガイの言葉が優しくてあたしは目を閉じる。
 記憶が出てきても大丈夫。
 ガイの声が守ってくれるような気がして、あたしは眠りへと落ちていった。

*******

「ガイ、まだこれで安心と言うわけではありませんよ」
 部屋を出ると、カームがオレの出てくるのを待っていたようだった。
「話したと思いますが、彼女がいた部屋は催眠を掛けるための部屋。深い催眠がかかっていると思って良いでしょう」
 千瀬には深い催眠が掛けられていた。
 人格消去、記憶削除。
 彼女がいた部屋というのは、その催眠が常時掛けられるよう施された部屋らしい。
 それが分かったのは、その部屋を知っていたレイナと千瀬を連れ出した赤毛の女性…エスナ・ジョーカーのおかげなのだが。
「ルイセが、催眠状態から抜け出すことが出来たのはすぐに救い出せたからだと思います。そして、一種のテレパスブロックが彼女にかかっています。彼女の意志ではないでしょう……。それが『ライアの意識』というのであればそうなのかもしれません。でもガイ、分かっていると思いますが、彼女はライアではない」
 カームも危惧していたようだ。
 ライアと認識してしまうことを。
 でも、オレにはそう思えない。
 千瀬は千瀬だ。
 ライアなんかじゃない。
 そう思ってるのはオレじゃなくて、千瀬の方。
「分かってます。……千瀬は、混乱している。今は落ち着きましたが…」
「支えてあげなさい。あなたならそれが出来る」
「……はい……」
 オレの返事に安心したのかカームはその場から立ち去る。
「でも、オレは、彼女の心が読めない……」
 前は、読めた。
 ブロックがかかってなかったから簡単に、かかっても千瀬の心だけは分かった。
 何を考えているのかも。
 触れればすぐに分かった。
 でも、今は触れても分からない。
「ガイ、ココにいたのか」
 近づいてきたのはアドルだった。
「何か用か?」
「ウィルを探すんだろう?ついでに天塔…大地の塔も探せって言われたぜ?」
「……お前も行くのか?」
「あのなぁ、ウィルとクェスが消えたのはどこだと思ってるんだ?お前」
「レイス星上空だったな……。レイス星のプリマスであるお前が行くのは当然……か」
 そうだよな、俺たちだけというわけにもいかないんだったな……。
「ガイ、何悩んでる?」
「何って……別に」
 アドルには関係ないと、言おうとした。
「一応、オレだってテレパシストなんだぜ?お前より、能力は低いけどさ。それにお前より先にサイキッカーと接してるんだ?相談ぐらいのるって」
 オレが何悩んでるのか、アドルには分からないと思う。
「……フェリスの気持ち、分からなくなったことあったぜ。急にだから、結構こたえるよな」
「………別にそう言う事じゃない」
「いや、そう言うことだって。フェリスはリンもそうだし、家族全員サイキッカーだからテレパシストと接する機会なかったんだよ。だからオレが最初のテレパス。リンの奴、フェリスにテレパスブロックのかけ方教えてなくってさ、自然に覚えるだろうって放っといたんだよ。そしたらオレに逢って、あいつ大泣きして、大変だったんだよな」
 アドルは懐かしむように遠くを見る。
 確か、アドルとフェリスは幼なじみだったはずだ。
「ある時、フェリスの気持ちが突然分からなくなったんだ。まぁ、単純にテレパスブロックのかけ方を覚えたってだけなんだけどさ。手に取るように分かったあいつの気持ちが全然わかなくってすっげー戸惑った」
 ………戸惑っているのか、オレは。
「だから、どうしようかなって思って、オレはあいつと一緒に行動してたんだよ。ずっとくっついて。そうすれば分かるだろうなって。ガキだよな。ま、ホントにガキの頃の話だし?確か4、5歳?」
「お前なぁ、オレに4、5歳の子供のようにしろって言うのか?」
「違うっつーの。最後まで話聞けって。たださ、どうすれば良いんだって考えたんだよ。うっとうしがられるし」
 当たり前だ。
「で、何考えてんだって聞いたんだよ。聞かなくても分かってたのが、分からなくなって。そでもさ、それが普通なんだよな。分からないなら、聞くって言う事がさ。当たり前のことなんだよ」
 ………当たり前の事……か。
「相手はオレの考えてる事なんて分かりゃしない。オレもあいつのこと何考えてるのか分かりゃしない。それで良いんじゃないのか?知りたかったら聞く。んで、知ってもらう。それがコミュニケーションって奴だろう?」
 言われなくても、分かってる。
 なんて、反論できそうにもなかった。
「ガイ、お前さぁ前より良くなったと思うぜ?ルイセのおかげだな?」
 そう言ってアドルは戻ろうと踵を返す。
「アドル」
「ん?」
「………ありがとう。一応、礼を言っておく」
「いいって。じゃ、向かうときは言えよ」
 そう言ってアドルは今度こそ与えられた部屋に向かった。
「……自分の気持ち……か」
 手を伸ばせばすぐ側にある。
 手放したくはなかった。
 見えないものに、得体のしれない何かに渡したくないと……強く思った。

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