--原理と譲れないモノ-- +後編-1+  

 

 宿にたどり着いた途端に降り出した雨。
 雨は、激しさを徐々に増していく。

 濡れないではいたもののは一人たたずんでいた。

、部屋、行こうぜ」

 悟空に声をかけられて気がついた。
 すでに部屋割りが決まっていたのだ。

「どうぞ、部屋の鍵です。今日部屋が二部屋しか取れなかったんです」

 目の前に居た八戒が鍵を差し出している。
 三蔵はすでにいない。

「…は、今日俺と一緒なんだ」

 嬉しそうに悟空が言う。

「悟空、と一緒なのは、テメェだけじゃねぇんだよっ」
「な、悟浄も一緒かよぉっっ!!」
「残念だったな猿」
「猿ゆーなっ!!!エロ河童」
「だぁっエロ河童じゃねぇっつってんだろうがっっ」

 悟浄と悟空の掛け合いを背後に聞きながら八戒は有無を言わせない笑顔を見せる。
 鍵を受けとると八戒はほっとした顔を少しだけ浮かべる。
 注意していないとわからないぐらい。

「じゃあ、僕も行きますね」

 八戒はいつもの笑顔に憂いを含ませ、部屋に向かう。
 その理由を知っているだけには黙って見送った。

 悟浄が声をかける。

「何?」
「めし、行こうぜ」
 その言葉にゆっくりと頷いた。

 

 

 

***

 

 

、これ、上手い」

 食べながら、今食べている料理が乗っているお皿を、に差し出す。

「ありがとう、悟空。あぁ、ちゃんとかんで食べなよ」

 そう言って、は食べる。
 なんだか、そう言うところは、八戒に似てる気がする。

「ホントだ、おいしいね」

 一口二口食べて、はニッコリと微笑む。

 食堂には俺と、悟浄との3人で来た。

「もしかすると、は僕達と別行動を取るかも知れません。三蔵とあれだけ大げんかした後ですし」

 八戒はそう心配していた。

「だから、一緒にいてくださいね」

 そう付け加えて。

 その、八戒は今、いない。
 三蔵も……。

 理由はわかってる。

 外はから煩いくらいに聞こえてくるのは雨の音。

 八戒も、三蔵も雨が嫌いだ。
 だから、雨が降ってる時は、辛いだろうなってすっごく思う。
 いつも、何とか出来たら良いなって思うけど。

「うん、もぐ。うん、、あぁ、悟浄っっそれ喰うなよっっ」
「ばぁか、早いもん勝ちだ」
「悟浄、悟空、ケンカはやめてね」

 いつもの様に始まったケンカを押さえたのは、
 なんか、いつもより違うような気がする。

、機嫌悪くねぇ?」

 機嫌悪い?
 三蔵とケンカしたから?

「機嫌が悪い訳じゃないよ。…ただ、あんまり…なんて言うのかな」

 ココにいていいのかな。

 が俯いて言った言葉が、耳に入ってくる。

「そう言えば、三蔵は?」

 急には話を変える。

「三蔵は部屋だよ。三蔵も雨、嫌いなんだ」
「……そっか…嫌われたかな…って思ったんだけど……」

 そう言ってはもう一度俯く。
 本当に、八戒が言うように、三蔵とケンカしたから、は俺達の側からいなくなっちゃうの?     
 冗談…だよな。
 三蔵とケンカしたぐらいで、がいなくなるのなんて俺、ヤダかんね。

「違う、…今言ったじゃん三蔵も雨、苦手なんだよ。だから、だよっ」

 外から聞こえてくる音は、いつもより煩い。
 着いた時より雨は強くなっている。

 が、外に目を向ける。

 

 この雨の中、いなくなる?
 

 そう思ったら、言葉がでてきた。

、俺、のこと好きだよ」
「悟空?」

 がビックリした様に俺の方を見る。
 悟浄も同じ様に見る。

「な、何?急に」
「あのさ…、三蔵もさ、のこと嫌いじゃないと思うんだ。三蔵、あぁ言ったけど、ほら、何て言うんだ?」

 

 上手く、言葉がでてこない。
 

 もどかしくって、思わず、考えて、悟浄に目線をやったら助け船を出してくれた。

「ま、のことが心配だった、って事だろ?」
「そう、それっ。俺、三蔵の事、好きなんだ。あっ、変な意味じゃないから。あのさ、何て言うか、俺にとって三蔵は特別なんだ。恩人なんだ。今、俺がココに居るのは、三蔵のおかげなんだ。で、結局、何が言いたいかって言うと、に三蔵のこと嫌って欲しくないし、俺、のこと好きだから三蔵にだって、のこと嫌って欲しくない。だから、これからも俺、と一緒に居たい。が居なくなるなんてヤダよ。俺」

 をまっすぐに見る。

 

 綺麗な紺色の瞳で、その中に、星があるように輝いて見える。

 

 八戒が言ってた。
 の瞳は、宝石の中でも高級な『スターサファイア』って言うのに似てるって。

 そう言うの、わかんないけど、綺麗だって言うのはわかる。

「悟空……」
「こいつだけじゃねぇぜ、同じ事、俺も思ってるからさ。と一緒にいたいんだよ。まぁ、そう思ってんのは結局、全員だし?それに、もうヤローばっかりに戻りたくはねぇぞ、俺は。」
「悟浄…。悟浄らしいね」

 の言うとおり、相変わらず、エロ河童だ。

「ありがとう、二人とも」

 はふんわりと笑った。
 そのの笑顔を見ると、俺は、なんかスゴく、くすぐったい気持ちになる。
 何でなんかは…わかんねぇけど。

 

 

 

***

 

 

 

 夕飯を食べ終わって、部屋に戻ったら、は部屋から出ていこうとする。

?」

 呼び止めた俺に、はふんわりと微笑んで、答える。

「ちょっと、出かけてくるね」

 へ?
 ちょ、ちょっと待てよっ!!
 どういう事だよっっ。
 ありがとうって言ったよな。
 が居なくなるって事ないよなっ。

っ出かけてくるって…」
「すぐって言うわけには行かないかも知れないけど…ちゃんと帰ってくるから…」

 不安な顔した俺に、は、本当にふんわりと微笑む。
 あぁ、この笑顔『好き』だなぁって、すっげー思うんだけど。

「ちゃんと、帰って来いよ」
「うん」

 悟浄がに声をかけて、その言葉に頷いて、は、部屋をでていく。

「悟浄…」
「大丈夫だって。はそんなに弱くねぇよ。は理由をしらねぇんだ。三蔵がなんであそこまで怒ったのか。三蔵が雨の時、機嫌悪いのか。オレらが出来るのは、が何の気兼ねもしねぇで居られるようにするだけだろ?」
「………」
「アー?なに呆けてんだよ」
「悟浄がそう言うとは思わなかった。エロ河童じゃ無かったんだな」
「うっせー猿」
「猿ゆーなっっ」

 悟浄の言葉に反応しながら考える。

 確かに、悟浄の言うとおりだ。
 三蔵が、あの時あそこまで怒った理由を、は知らない。

 あの時…多分、三蔵は怖くなったんだと思う。

 

 あの瞬間。
 あの時、妖怪が、三蔵に向かって剣を振り上げた時、三蔵を庇うように、人影が降りたんだ。

 

 深栗色の髪が、フワリとたなびいて見えたのは、遠くからでもわかった。
 八戒の隣に、神咒を唱えるが居て、その神咒が、やけに大きく聞こえて。
 は、ちゃんと居るって言うのわかってるのに、三蔵の側にいる、深栗色の髪の人影が、どうしてもに見えて。

 で、三蔵が、雨を嫌いな理由を、俺は断片的にしか、三蔵から聞いてない。
 詳しい話は八戒から聞いた(…って言うか何で八戒は知ってるんだろう…)。

 三蔵の大切な人が、三蔵を庇って死んだ。
 三蔵の目の前に立って、妖怪の攻撃から三蔵を守ったんだ。

 

 あの時のの様に。

 

 ものすごい音の雷と、妖怪が、剣を振り下ろした時が一緒だった。

 深栗色の髪が、散ったのが見えた。
 そんなに遠くじゃなかったけど、細い髪が散る所なんて、見えるなんて無いはずなのに、なんだかその時は、はっきりと見えた。

 すぐに、その細い髪は、真っ二つに切られた呪符に変わったけど。

「ふぅ、間に合った」

 って声がすぐに聞こえて、は無事だって、わかったけど。

 三蔵は、放心してた。

 多分、思いだしたんだと思う。
 その瞬間を。

 だから…三蔵はに怒った。

 でも、は知らない。
 三蔵が怒る理由を。

「夕飯は、もう終わったんですか?」

 軽やかな八戒の声が聞こえる。
 声のしたほうを見れば、八戒が、ドアを閉めるところだった。

「お前」

 悟浄も、八戒が俺達の部屋に来たことに驚いている。

「なんだか、気になっちゃいまして。は、どうしたんです?」
「ん?ちょっと、用事があるって言って出かけた。そう心配することはねぇよ。武器も置いてってるしな」

 悟浄が目を向けたところ…テーブルの上には、の銃が、置いてあった。

「あぁ、本当ですね。三蔵と同じで、はその銃、大切に扱ってますからね。お茶でも飲みます?」

 なんだか、八戒が元気だ。

「おい、あいつはどうした」
ですか?だったら、用事があると言って出かけたようですよ。それより、三蔵、ちゃんと、の事、名前で呼んであげてください。結構、気にしてますよ」
「うるせぇよ」

 …いつの間にか三蔵も部屋に入ってきた。
 いつもと…様子が変わらない。

 ふっと気が付いた。
 雨の音がしない。

 さっきまで、煩いほど鳴っていた、雨の音がしない。
 雨、止んだんだ。

 だから、三蔵と八戒は元気になったから、俺達の部屋に来たんだ。
 このところの定番になってるような気がするんだけど、だいたい、が居るところに、俺達が集まる。

 なんでだか…わかんないけど。
 と一緒に居るとほっとするからかな。

 ふと窓を見る。

 ????
 あれ?
 なんか、変だ。
 雨、降ってる?
 雨の音、しないし。
 雨の音しないくらいの厚い壁じゃないと思う。

 で、窓を開けたら、やっぱり、雨の音しなくって。

 なんでだぁ?
 顔を、出したら。
 ものすごい音がしたっ。

 さっきよりは静かになったけど、やっぱり煩いぐらいの雨の音。

「何、してる」

 三蔵が呆れた声を出す。

「だ、だって、なんか変だ。雨降ってんのに雨の音しないで雨の音して、えっと」

 何が言いたいんだか、訳わかんなくなってきた。

「なんだってんだよ。ん?雨ふってんじゃん??雨、降ってんだよな?」

 悟浄が、窓の所まで来る。

「おい、何だこれ?」

 悟浄も驚く。
 その声に、八戒も三蔵も来る。

「…おもしろいこともあるもんですねぇ」
「おもしろいって…普通ねぇぞ?こんな事」
「だけど、実際あったじゃないですか。今」
「だけどよぉ」

 八戒の言葉に、悟浄は納得いかないのか、首を傾げる。

「おい、見てみろ」

 三蔵が目をその場に向けると、一枚の呪符。

「………結界、ですか?」
「あぁ。チッ、余計なことを」

 そう言いながら、三蔵は、その呪符を眺める。

「余計なことって言うこと無いでしょう。気を遣わせちゃったんですよ」
「まったく、さっきまで落ち込んでたお嬢さんとは思えないねぇ」
「…やっぱり落ち込んでいたんですか」
「あぁ、どっかのくそ坊主のせいでな」
「フン」

 ……そっか、そうなんだ。

 だったんだ。
 が、この呪符を貼ったんだ。

 雨の音、聞こえないようにする為に。

「ただいまぁっ」

 扉が開いて、が入ってくる。
 すっげーびっしょり。

っ。お前」
「あぁ、何?あたし、今からお風呂入るから。悟浄、悟空、まだ入んないよね。あぁ、八戒、これ乾くかなぁ?」

 濡れたままの式服を、八戒に見せる。

「ん〜今夜中にって言うのは、難しいかも知れませんねぇ」
「やっぱり。仕方ない。宿のおばさんに乾燥機でも借りるか。三蔵、ちょっと、どいてくれる?。そこね、わたしのベッドなの」

 そう言っては、ベッドのあるところまで来る。

「えっと、着替え着替え。っと…あっとこれも忘れちゃいけない」

 着替えと、小さな小瓶を取り出して、風呂場に向かっていく。

「あのね、見せたいものあるから、待っててね」

 そう言っては、風呂場に消える。

「怒濤の様に行きましたね」
「……」
「見せたいものって何だろう」
「…ちょっと楽しみだねぇ」
「まぁ、悟浄が考えているようなものじゃないでしょうねぇ」
「確かにな」
「あのなぁ、俺が考えていることなんだかわかんのかよ」
「エロ河童の思考回路ぐらい簡単に読める」
「っ、エロ河童じゃなねぇっっ!!!!」
「エロ河童ぁ!」
「言ってんじゃねぇ猿っ」
「猿ゆーな」
「うるせぇんだよっ。俺は、部屋に戻るっ」

 いつもは、言わないようなことを言って、三蔵は部屋に戻る。

「三蔵っ」
「大丈夫ですよ。ココまで来たことが良い証拠です。三蔵も戸惑っているんですよ。の行動に。素直に、お礼を言えない人ですから」

 八戒はそう言う。
 素直になったら、三蔵じゃないような気がしてちょっと考える。

 でも、三蔵がのこと嫌ってないで良かった。
 にはあぁ言ったけど、本当のこと言うと不安だったけど、三蔵の様子見てマジでほっとした。
 後は、と三蔵が仲直りをするだけだよな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 お風呂から上がると、三蔵以外、全員そこにいた。

 三蔵……さっきいたよね。
 今、いないってことは、やっぱりまだ怒ってるって事かな…。

「三蔵は、部屋ですよ」

 …部屋?

 俯いたわたしを見かねて、八戒が教えてくれる。
 その俯いた理由が、八戒にはどうやらわかってるらしく。

「素直じゃないんですよ、あの人は」

 …素直じゃないってどういう事?

 意味がわからなくって、悟空や悟浄を見ても、ニヤニヤと笑っているだけで、教えてくれそうにない。

「気を遣わせてすみません。結界張ったのですよね」
「…う…ん」

 やっぱり気付かれたか。
 まぁ、気付かれないって言うのもある意味、寂しいけど。

「おかげでぐっすりと眠れそうです」

 そう言って、八戒は、ニッコリと微笑む。
 夕飯前に見せた、あの憂いのある笑顔ではなく、憂いが消え、すっきりと晴れ渡った笑顔。

「三蔵も、嬉しそうでしたよ。雨が苦手な人ですから」
「だから、恥ずかしくって礼なんざ言えないんだと」

 八戒の言葉の後を、悟浄が続ける。

 そ…そう言うものなの?
 八戒が言った、『素直じゃない』って言う理由が、わかった。

 でも『素直』に礼を言う三蔵って……想像が付かないけどね。

「三蔵は、心配したんですよ」

 八戒が、諭すように言う。

 それは、わかってる。
 三蔵の言い分。

「僕達も驚いたこと理解ってますね」
「…うっ…」

 八戒が真顔で言う。
 こ、こわいんですけど。

「ま、まあ。だってわかってんだからな」
「な、、わかったよな」

 悟浄と悟空が助けてくれる。
 なんか頼りないけど。
 でも、その言葉に押されて頷く。

「なら、良いんですけどね」

 そう言って八戒はいつもの笑顔に戻る。
 ふぅ、マジで怖かった。

 ふと、あることを思い出す。

「あ、あのねお詫び、したいの」
「お詫びですか?」
「うん」

 うっかり、忘れそうになったけど。

「さっき、見せたいものがあるって言ったよね。それ、今から見せたいんだけどいい?」

 全員の顔を見ながら聞く。

「良いですよ」

 そう答えた八戒の言葉に、悟浄と悟空も頷く。

 よし。
 でも、一人ずつじゃないと駄目なんだよね。
 やっぱりココは。

「じゃあ、まず、悟空からね」
「俺?」
「うん、さっき言ってくれたこと、すっごく嬉しかったから」
「へへへへ」
「じゃあ、座ってくれる?」

 わたしは、悟空に座るように言う。
 リラックスした格好じゃなきゃ、見ることができないからね。

 

 

 

***

 

 

 

1.悟空の場合

「座ってくれる?」

 …座る?

 の言葉に、首を傾げる。

 何か見せてくれるって言った
 何、見せてくれんだろう。

「うん、楽な体勢でいいんだ。自分がリラックス出来る体勢」

 の言葉に、俺は従う。
 とりあえず、ベッドに腰掛ける。

 八戒と悟浄を見たら、なんか不満そうなんだけど、今から何が起きるのか、興味深そうに見ている。
 でも、なんで不満そうなんだろう。

「じゃあ、目をつぶってくれる」
「う、ん…」

 何が…一体。

「そのまま、何が起きても目を開けないでね。わたしが良いって言うまで絶対だめだからね」
「う…ん…」

 な、何が…起きるんだろう。
 すっげー不安なんだけど。

 そう、思った瞬間。

 ふわりと何かが香った。

 と思ったら、ひっひたいにっっ。

「落ち着いて、心空っぽにして、声だけ聞いて、大丈夫だから、ゆっくりと深呼吸して」

 …オレの額にの額(多分)があるって事はすぐ、そこにの顔があるってことだよなぁっっ。

 まじで、どうしよぉっ。
 落ち着けないんだけどっ。
 心空っぽに出来ないんだけどっっ。

「な〜に、緊張してんだよ、猿」
「猿ゆーな」

 悟浄がちゃかしてくるから、思わず、反論する。
 とりあえず、目は開けらんない。

「悟浄、ちゃかさないで。悟空、深呼吸して」

 うっ。怒ってる。
 怒らせない方が…いいよな。

 とりあえず、深呼吸する。

「ゆっくりとね。すって………吐いて」

 の声に会わせて呼吸をしていく。

 そしたら……なんか…綺麗な花畑が見えてきた。

 上を見たら真っ青な空。
 足下には赤、黄、緑、紫、オレンジ、ピンクと色とりどりの花。
 なんだか、いい匂いもする。
 遠くに目をやったら、金色した建物。
 すぐ近くの一本木の下に、誰かがいるような気がした。

 懐かしい…気配…。
 金色の…太陽みたいな…。

 三蔵に似てる人がそこにいるような気がした。

「   」

 名前。
 呼ばれたような気がする。

 呼んでくれた声は、綺麗な声。
 なんだか、に似てるかも知れない。

「……綺麗だね」

 不意にはっきりと、の声が聞こえる。
 人の気配は、消えた気がしたけど、まだ風景は映っていた。

「……ああ、これ、何?ここ、ドコ?俺、こんなとこ、初めて見た」
「ホント?この場所は、わたしも知らないけど。わたしね、その人が懐かしいって思える風景を見せられることが出来るの。まぁ、一種の催眠術みたいなもんなんだけど。でも、珍しいね、こんなにはっきりと見えるなんて。人の気配もした気がしたよ」

 も同じ事、感じていたみたいだ。

 懐かしい、風景。
 ドコなんだろう。
 見たことないよ、俺、こんな綺麗なとこ。

 500年前。
 記憶に無い時の、風景かな。
 500年前の俺は、見たことある風景かな。

 今、こんな所あったら、行きたいな。
 三蔵がいて、八戒や悟浄がいて、それから…もいて…。
 でも、ドコなんだろう。

 

 

 

***

 

 

 

2.悟浄の場合

「じゃあ、次は、悟浄ね」

 そう言って、振り向いたは、固まる。

 何、固まってるわけ?

「なんで、悟浄は、両手広げて待ってんのよっっ」
「え?リラックス、ってが言ったんだぜ?」
「確かに言ったけどっ」

 俺、なんかまずいことしてるわけ?

「悟浄、その格好じゃは恥ずかしくって、何も出来ないでしょう。悟空みたいに、大人しく、ベッドの縁にでも座ってください」

 八戒が、1トーン低い声で言う

 …マジでこいつ怒ってやがる。
 本気で怒ってる理由は、想像が付くから、何となく嫌な感じで。

「悟浄には見せないからねっ」

 ってに言われたら、大人しくするしかないっしょ。

 とりあえず、ベッドの縁に座る。
 けど、この体勢ってリラックス出来る、体勢なのかねぇ。

「もう、ぶつぶつ、言わないっっっ。いい加減、目をつぶるっっ」

 銃を取り出しそうな勢いのに、大人しく従う。

 ふんわりと、何かが香る。
 の額が、俺のにつけられて。

 

 …………まずい。

 

 これじゃ、悟空の事、言えねぇじゃねぇか。
 マジで、照れる。

「ちゃんと、深呼吸して、心の中、空っぽにしてね」

 ガラにも無く、緊張する。
 こんな事で、緊張なんざ、普通しねぇぞ。

「悟浄、ちゃんと聞いてる?」
「あぁ、聞いてる」
「ホントに?」

 怒ってる声が聞こえて。
 こいつ、怒らせたら八戒以上の時があるから、そろそろ大人しく、従う事にする。

「深く、ゆっくりと深呼吸してね」

 その言葉に、従い、ゆっくりと、深呼吸。

 

『ブワッ』

 音が、聞こえた気がした。

 突然。目の前に広がる満開の桜。
 1本だけじゃない。
 桜の群生地なのか、そこら彼処に桜がある。

 そして、どうやら俺は、木の上の、丁度いい枝振りの所に、いるらしい。

 満開の桜の、隙間から見える空は青く、花の色とのコントラストが、鮮やかだ。
 種類も、たくさんある。
 白っぽい物もあれば、薄いピンク、紫がかった物やや赤みの強いものなど様々だ。

 酒。
 なんだか、酒が飲みたい気分になる。
 こういう時は、綺麗なお姉ちゃん侍らせて、飲むのも良いが、一人で一杯やるのも悪く無い。

 美しい風景だけで、酒が飲めるのが、本物の酒飲みだって聞いたことあるけど。
 俺は、そこまで酒飲みじゃねぇけど。

 これは、この景色は、美しいとか綺麗だけじゃ、片づけられない。

「スゴい、桜」
「ん?あぁ。すげーな」

 不意にの声がする。
 それでも、まだ、桜が映る景色は消えないままだ。

「見たことある?」
「いや、ねーけど?は?」
「ないよ。悟浄、見たことないんだ」
「でも、なんか、いいな」

 風流なことなんざ、あんまりしねぇけど、この桜のもとで、酒を飲むのも、悪い気はしない。

「うん、そうだね」

 実際、こう言うところがあったら、どうだろう。

 は、行きたいって言うだろうな。

 あいつ等は…八戒が飯作りゃ、悟空は行くって言うに決まってるだろうし、三蔵は、あいつ、一応悟空の飼い主だから、来るだろうし…。
 それに、が行くって言ってるんだから…な。

 あいつ、このごろのこと、ばりばり気にしてるみてぇだし。
『めんどくせえ』って言いながらだろうけど。

 …って結局、全員かよ。
 まぁ、そんなことだろうけどな。
 それも、悪くないか。

 

 

 

***

 

 

 

3.八戒の場合。

「八戒、椅子でいいの?」

 悟空、悟浄と来て僕の番になり、はそう聞いてくる。

「大丈夫ですよ。リラックス出来ればいいんですよね」
「うん」
「じゃあ、大丈夫です」

 そう言った言葉に、は安心する。

「じゃあ、八戒も、目をつぶってね」
「はい」

 言われたとおりに、目をつぶる。
 フワリと何かが香って、の額がつけられる。

 悟空も、悟浄もかなり動揺していたけれど、自分は大丈夫だろう。
 いつものようにしていられる。
 いつも、冷静でいるようにしているから。

 

 そう高をくくっていた。

 

 けれど、甘く見ていたようです。

 の声が、すぐ近くで聞こえるって言うのは、緊張する。
 冷静を、つとめているつもりですが。
 本気でつもりでしかないようで。

「八戒、深呼吸して。心を空っぽにして」

 その言葉に、深呼吸して。
 そして、ゆっくりと、意識を飛ばしていく。

 

 月。
 強い光を持つ月。
 

 満月。

 何故か、月が見えた。

 そして、紺色の夜空に輝く、星々。

 光が強い満月のはずなのに、星が見えるのはどうしてだろう。
 そんなことを考えながら、目線を下げる。

 そこには、沙羅双樹。

 その白い花は、強い月の光を吸収したのか、輝いている。

 もう一度、目線を下げれば、沙羅双樹の下には池。
 強い光を持つ満月と、その光を、吸収したかのように輝く、沙羅双樹の花。

 それらが、映り込んでいた。

 

 誰かに無性に見せたくなった。

 

 その誰かは、わからないけれど。

「……八戒、綺麗な沙羅双樹。光ってるね」
「…はい…。この景色は、あまりにも綺麗過ぎる。でも、本当に僕が懐かしいという風景何ですか…」
「あのね、わたしも良く分からないの。他の人に見せた時は、その人が懐かしいと思った風景が出てきた。またある人は、初めて見た風景だった。もしかするとその人に寄るのかも知れない」

 そう言っては僕から離れる。

「正直言うと、どうして、わたしが風景やある景色を見せられることが出来るのかわからないの。さっき、催眠術みたいなものって言ったよね。催眠術って言うだけじゃ片づけられない事もあったりするの」
「そうなんですか」
「うん」

 そう言って、は俯く。

 もしかすると、悩んできたのかも知れない。
 その人が望む、景色、その人の、心の中にある景色を、見せることが出来ることを。


「何?」
「また、見せてくれますか?今の景色」
「あ、俺も」
「俺もっっ」

 僕の言葉に、悟空と悟浄が便乗する。

「いいの?」
「なんで、が聞くんですか?僕がお願いしているんですよ」
「…八戒…」

 何をが考えているのか、わかる。

『ココにいてもいいのか』
 と言うこと。

 三蔵とケンカしたことで、その事で悩むだろうと、僕は思っていた。

「良いんですよ。僕達といてください。悩まなくったっていいんですよ。僕達はにいて欲しいんですから」
「そんな…」
「以前、は言いましたよね。『誰かが存在を認めてくれる所は生きていても良い所』だと。忘れたんですか?」

 僕に、昔、が言った言葉。
 僕は、この言葉に助けられた。

「…八戒……、ありがとう…」
「それにね、は知ってましたか?僕達はのことが好きだって事」

 どさくさに紛れて、言ってみる。
 多分、本気にはしてもらえないだろうけど。

 でも、事実ですし、本気ですしね。

「……悟空と…悟浄にも同じようなこと…言われた…んだけど…」

 は…い?
 悟浄と、悟空にも言われた?

 は恥ずかしそうに俯いている。
 悟空と悟浄を見ると、何故か、焦っている。

 僕より、先に言うとは。
 良い度胸ですね。

 ま、この二人には、負けたりなんて、しませんが。

 まだ、恥ずかしそうに俯いているに、声をかける。

「…また、見せていただけませんか?あの風景を」
「…うん」

 僕の言葉に今度こそ、彼女は笑みを浮かべて頷く。

 ふんわりとした、笑顔。
 その笑顔に、僕は…正確には僕達は、ほっとする。

 いつもの彼女の笑顔。
 この笑顔、いつでも見ていたい、独占したいと思うのは、我が儘でしかないんでしょうかね…。

 なんて不意に思ってしまう。

 は、ゆっくりと壁を見つめる。
 その方向は、三蔵のいる部屋の方。

「気になりますか?三蔵が」
「…え…。あ、うん。まぁね」

 気にならないわけが、無いだろう。

「行ってください。三蔵にも見せようと思っていたんでしょう?」
「うん」
「だったら、行ってください。鍵は閉まってないと思います。僕が、戻ってないですからね。大丈夫ですよ」

 不安であろうを元気付けるように言う。

 三蔵と、二人きりにさせると言う事は、あまりしたくないんですが。
 このままだと、今後に支障をきたさないとも、言えませんからね。
 今回ばかりは。

「じゃあ、行ってくるね」

 そう言って、は部屋を出る。

 

 でも…自分の気持ちを、自覚したようなんですよね、三蔵は。
 …自覚したら、一番厄介なんですけど…。
 それから、行かせたこと、後悔しそうで、ヤ何ですけど。
 …ね。

 

 

 

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あとがき
ブッターギルン(苦笑)……な状況です。
切ってみました。
前半は悟空モノローグで
後半は、ヒロイン、悟空、悟浄、八戒の順。
前半を悟空にしたのは淡々と進めたかったから。
ヒロイン、八戒じゃ客観的に物事を捕らえられないから。
悟浄も、ちょっと辛い。
悟空だったらとりあえず、本能で行動してくれるだろうと。
ある意味感情を押さえちゃう方々よりはマシだろうと。(悟浄はそれに輪をかけてちゃかす、セクハラするって言うのが加わるからね)
で、本能でコクった悟空。
三蔵や、八戒や、悟浄よりも先にコクってくれた悟空。
ガンバレ、悟空!!!

目玉は後半の深層風景って奴ですが、ズバリ、天界での話になります。
悟空が『青い空の下の花畑で』、悟浄が『桜花幻舞』、八戒が『沙羅双樹の下で』になります。メインタイトルは『百花繚乱』。

で、次回は、三蔵様の話です。そう……。

あと、八戒が「以前、が言った言葉」の以前は、後々書きます。
すでに書き始めてますが。ね。

乱入!!!
悟空:もしかして、俺主役?
長月:あぁ、そうだね。言われてみればそうかも。この前の、お詫びって事で。
悟空:いい、気にしてない。俺、主役だしね。
長月:相変わらず、君は純粋でいいよね。なんかすっごくまっすぐ何だよね。時々、カッコいいし。
悟空:時々ってどういう事だよぉっっ。
長月:まだ、成長過程って事。もう少したったら三蔵達に勝てると思うよ。
悟空:マジ?
長月:うん。頑張って。
悟空:おうっ。

次回予告
八戒:が…。
悟浄:が…。
悟空:戻ってこない。どういう事だよっ。三蔵!!
三蔵:うるせぇっっ。
八戒:どういう事ですか?(⌒-⌒)ニッコリ...
三蔵:っ。次回、原理と譲れないモノ後編の2(…ってなんで後編の2なんだ?)須くみやがれ!!!
八戒&悟浄&悟空:っっっ!!!