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Mission - 1

「仕事、ですか?」
 書斎に蘭がやって来て言う。
「メール、読んだんだ」
「ハイ……」
 相変わらず、蘭はオレに他人行儀に接する。
「わたしは…どうしたらいいですか?」
「そっか…蘭は否保持者の研修しかやってなかったんだよな…。大丈夫、オレ達パーティでやるから、全員の集合場所にいてくれればいいよ。今回は、和葉ちゃんも残りかな」
「新一、この資料とり、面倒なんだけど」
 快斗がオレの作戦資料を読みながら入ってくる。
「何で、トラップは服部が解けるだろ?人がいる場所なら、青子ちゃんのテレパシスが反応するし、オレの催眠かければ、簡単だろ?オレの作戦不満?怪盗キッドさん」
「ムカツクっ」
 そう言って快斗はオレのことをにらむ。
「快斗君ってキッドだったの?」
 あれ?
 蘭は知ってるはずだけど…。
 そこら辺もあいまいなのか?
 たしか…ギリギリだったっけ…。
「蘭ちゃん知らなかったっけ?オレと青子怪盗キッドなんだけど」
「青子はキッドじゃないもん、快斗が手伝えって言うからてつだってるだけでしょ?? 
 オレ達の会話を読んでたのか青子ちゃんがやってきた。
「何だよ、オメェから手伝うって言ってたんだろ?」
「ちがうもんっ」
 そう言って青子ちゃんと快斗は言い合いをやめない。
「ってどうでもいいだろ?」
「工藤っ和葉が鍋焦がしたっ」
「アタシやないわっ平次のせいやろ」
 またあいつらかよっ。
「二人ともっ仕事だっ。鍋なんていいから、早くしろよっ」
 オレの声に全員が集まる。
「さて、今回のISSAからの指令何だけど、T病院の医療事故においての隠しカルテの奪取だって」
 そう言ってオレはISSAから送られて来た膨大な資料を広げる。
「病院か…巡回の看護婦とかいるんじゃねぇの?」
「いるけど、巡回時間が決められてるだろ?その時間の合間を縫うんだよ」
「青子のテレポート30センチしか無理だよ……」
「オレが快の方サポートするか?」
 不意に服部が言う。
 服部の能力はテレキネシスとテレポートと透視。
 でなんでテレパシーが出来ねぇんだ?
「お前、トラップは誰が解くんだよっ。透視が出来て、テレキネシス使えんのオメェしかいねぇんだぞっ」
「分かっとるがな。せやけど、どないする?」
 手詰まりになりかけたその時蘭が言葉を紡ぐ。
「巡回時間はデータをハッキングしたから大丈夫よ」
 そう言って蘭はデータをオレにわたす。
「ハッキングしたのか?蘭」
「…知りあいにプロがいるから…教わったの…。一通りハッキングの仕方は習ってるし…」
「オレのデータに入り込んだ人?」
 そう言うと蘭はうつむく。
「怒ってるわけじゃねぇよ。ただオレのデータがあるISSAのホストコンピュータや、工藤財閥のメインコンピュータに入り込むのはかなりの技術がいるからな。あれ作ったのオレだし、パスコードは特殊なの使ってるからな?どんなやつが入り込んだのか知りたいんだよ」
「…奥までは入ってないわ。それ以上は時間をかけないと無理だっていってたし」
 そう言いながらも蘭はオレを見ない。
 時間をかければ入れるって事はかなりの腕の持ち主か。
 政府に雇われてるハッカーってとこかな?
 そうすれば最新のファイアーウォールの癖も知ってるし。
 それよりも、蘭はなんで…オレのこと見てくんないんだろ。
 嫌われてるのかって思ったけど…時おり見せてくれる笑顔はオレを嫌ってるとは到底思えないし。
 部屋だって、オレの隣にはしないだろう。
 原因突き止めたいんだけどな。
「決行はいつだ?」
 快斗の言葉にオレは頭を切り替える。
「ISSA指令は今週中だ。来週末に裁判が行われる。その前にって事だ」
「証拠が隠滅されるおそれは?」
「無いな。警察の方で、証拠が隠滅されるおそれがあると踏んでるならアンカーでは新人のオレ達に頼むとは思えないだろ?いくら能力者だとしてもだ」
「なるほどね。じゃあ、明日の夜って言うのはどう?」
 快斗が全員に意志確認を行う。
「オレは意義なし、服部と和葉ちゃんは?」
 オレの言葉に二人は頷く。
「明日だったら、青子もう寝るよ。体調整えないとテレポートと広範囲のテレパシスつかないもん」
 青子ちゃんが突然言う。
「コンセントレート出来てねぇのか?」
「体調悪いのっ」
 快斗の心配をよそに青子ちゃんは軽く言う。
 青子ちゃんの能力は体調によって変わるらしいのだ。
「だったら、明日じゃなくする?」
「でも、明日の方がいいよね。裁判あるんだったら。青子達が向かうって言うこと知られる前の方がいいよね」
 その言葉にオレは頷く。
「明日は…夜勤の看護婦が一番少ない時みたい。でも、そのかわり、警備員が入ることになってるよ。警備員の巡回時間は…ちょっと不明だけど…、どうする?」
 蘭はパソコンの画面を見ながら言う。
「入るのか?」
「だって……解ったほうがいいよね」
「まぁな…。入るんだったら、明日の決行間際がいい。看護婦の巡回時間ももう一回その時に確認直しだな。どこで情報が漏れるか解らない。突然巡回時間の変更があるかもしれねぇからな」
 オレの言葉に蘭は頷く。
「って事は、決行は明日の夜。面会時間が過ぎた、夜10時って事でいいかな?」
 快斗の言葉にオレ達は頷いた。

決行時
「じゃあ、今からだな。蘭と和葉ちゃんは外からサポートを頼む」
「了解っ、平次、工藤君に迷惑かけたらアカンでっ」
「誰がかけてんねんっ。工藤っ行くでっ」
 そう言って平次と工藤君はテレポートをする。
「じゃあ、オレ達も行くぜ青子」
 そう言って青子ちゃんと快斗君も移動する。
「大丈夫かな…」
 蘭ちゃんが不意に呟く。
「大丈夫やって。アタシらはそれをもっと大丈夫なようにサポートせんとアカンで」
「そうだね」
 そう言って蘭ちゃんニッコリ微笑む。
 現場となる病院の駐車場にアタシ達はいる。
 この病院は以前医療事故を起こしていて、その裁判の資料を回収するのがアタシ達の今回の仕事。
 そんなの泥棒とちゃうん?
 なんて言うたってかまわへんのよ。
 裏から手を廻して回収したことにすればいいんだから。
 いわゆる内部告発っていうやつ。
 下手したら燃やされるか消されるかのどっちかやもんね。
「せやけど、巡回時間がデータ化されとるのは助かったね」
「うん」
 アタシの言葉に蘭ちゃんはノートパソコンのモニターを見ながら頷く。
「このまま何も無ければいいんだけどね…」
「そうやね…。平次達どうなったんやろ。メインサーバがある所に入ったんかな」
「入ったらメール送るって工藤くんが言ってたよ」
 蘭ちゃんはそう呟く。
 まだ呼んであげてないんだ。
 工藤君の事、名前で。
 ちょっと工藤君がかわいそうで同情してしまう。
 …回線あいてないよね。
 …………。
 開いてない、反応ないねんもん。
「あっメール入ったよ。今からトラップ解除するって。それからデータも転送するって」
 そう言って蘭ちゃんはパソコンを操作し始めた。

 メインコンピュータ室前。
「工藤、どないする?中入って解除するか?」
 扉の前で悩む服部。
「それしかないだろう。蘭がハッキングしたデータからはあのカルテが置いてある場所はトラップだらけだ。それを解除する以外……って早く、扉のパスワード解除しろよっ」
 催眠は機械には効かねぇんだぞっっ。
「せやからお前がパスワードとけやっオレが応戦しとるからっ」
「わーったよ」
 そう、ガードロボットに襲われていたのだ。
 まさか、ガードロボットが待ちかまえていたとは。
 そして、カルテが置いてある倉庫に入る為に解除するメインコンピュータールーム前にはパスワードがかかっていた。
 いわゆる能力者(テレポート進入)を防ぐための防御装置で、テレポートして中に入った場合トラップが作動するというわけだ。
 パスワードの扉はともかくとして、ガードロボットはハッキングしたデータには、のってなかったぞっ。
「解除できたか?」
「そんなに早くパスワード解除できると思うか?何桁あると思ってんだよっ」
「…………すまん」
 9桁のパスワードを解読するのは神業に近いんだぞっ。
「服部、部屋の内部から開けられるか分かるか?」
「そこまではいくらオレの透視能力がAランクかて無理や」
「だよな…仕方ねぇパターンで入力してみっか」
 大抵パスワードにはパターンが存在する。
 確実に無いものから削除していけばいいのだ。
 まずならび数字、そしてぞろ目。
 これを抜いただけでも格段にへる。
「開いたか?」
「……服部、そう簡単に開くと思うか?」
「おもわへん。ガードロボットは眠らせたけど、はよせんと人が来るで」
「オメェにいわれなくてもわーってるよ」
 服部のせいでパターンがわからなくなってくる。
『新一っ何やってんだよっ。予定時間過ぎてんじゃねぇかっ』
 快斗の声が突然聞こえる。
『んなこと分かってんだよっ。こっちは、パスワードが分かんなくって悩んでるっていうのによ』
『パスワード?パスワードだったら…この病院ぞろ目だって聞いたぜ』
 ハイ?
 ぞろ目って………何でだよぉっ。
 普通わかんねぇようにぞろ目にはパスワードの設定はしねぇぞ。
『ともかくそうなんだって。早くしろよ。予定時間10分過ぎるとアウトなんだからな』
『10分は過ぎねぇよ。本来の予定時間内だ』
 快斗からの交信を切ってオレはぞろ目の数字を入力した。
「何でぞろ目やねん」
 扉が開き服部がぼやく。
 オレの方が知りたい。
 とりあえずオレと服部は内部に進入する。
「さて、蘭達に連絡だな。参ったぜ、進入がココまで遅くなるとわな」
「ホンマや。これやな、トラップ解除のコンピュータは」
 そう言って服部はトラップ解除の為にキーボードを操作し始める。
「快ちゃん達に連絡やな」
「蘭の所にデータ転送は終わったぜ。後どのくらいでトラップ解ける?」
「5分もかからへん」
「了解っ」
 服部の言葉を受けオレは快斗への連絡をする。

「データ送られてきた?」
 和葉ちゃんがパソコンのビープ音に気づき声を掛ける。
「うん、送られてきたよ。最終の巡回表も一緒」
「大丈夫みたいやね」
「そうだね、順調に行ってるみたい。部屋に入る前のパスワードが、ぞろ目だったんだって…」
「ホンマ?普通ぞろ目にはせぇへんよね」
 和葉ちゃんの言葉にわたしは頷く。
 その時だった。
 けたたましい音とともに救急車が病院内に入ってきた。
「蘭ちゃん救急車や…」
「…何もなければいいね…」
 そう呟いたわたしの言葉に和葉ちゃんは静かに頷いた。

 データ倉庫前の空き病室。
「夜の病室って怖いね」
 ふと青子が呟く。
「平気だって怖がる必要なんてねぇよ」
 そう言って怖がる青子を抱き締めると安心したのか一息つく。
 オレと青子は問題のカルテがしまってある倉庫前の病室にいる。
 病院内に進入することはたやすい。
 ただ機密の場所に行くには数々のトラップを抜けていかなくてはならない。
「なんか…久しぶりだよね」
 青子が不意に呟く。
 久しぶりって何がだろう。
「こーやって快斗と一緒にいることっ。お仕事してるとき以来だよね…」
「そう言えば…そうだよな…」
 青子が言ってるのは怪盗キッドの仕事の時のことか…。
「夜の暗やみって嫌いだったけど、快斗がこうしてくれると安心出来るんだよね…」
「結構、余裕あるじゃん」
「……っ快斗…なんか…おかしい…」
 からかったオレに反論しようとした青子が突然あたりに気をくべる。
「新一達失敗したのか?」
「違うみたい……パスワードって……管制室に…入らないと開かない…。?緊急事態なら…カードがあれば入れる……」
 青子が入ってくる思念を読み取る。
「緊急事態がおこったみたい。特別なカードをもってる人がこっちに来るよっ快斗っ」
「緊急事態ってなんだ?」
「分からない…」
「新一にコンタクトしてみる。青子は、そのまま警戒よろしく」
 そう言ってオレは新一に交信する。
『新一っ聞こえるか?』
『なんだよっ快斗、トラップは今とけたぜっ』
『それどころじゃない、新一。青子が何か緊急事態を読み取った。なにかそこから分かるか?』
『緊急事態?』
 新一はそう言うと黙り込んだその時突然回線が開く。
『アタシ…和葉や…っ』
 どこか申し訳なさそうな和葉ちゃんの声。
『和葉ちゃん、なにがあったんだ?』
『…緊急事態…多分、急患やと思う。さっき、救急車が入ってきてん。言うのおそなってごめん。まさか…そっちに行くとはおもわへんかって…』
『…連絡ありがとう。こっちは大丈夫だよ。ともかく何とかしてみる』
 そう言うと和葉ちゃんは安心したのか回線を切る。
『新一、ばれるって事あるか?』
『青子ちゃんが読み取ったカードは…多分、緊急用のトラップ解除のカードだと、思う。解除されるとき音で反応するやつじゃないようだから、ばれることは無いな?あれっと思っても、それどころじゃないだろう。快斗、時間が無いからな。手早くやれよ』
「快斗、人が来るよ。その人、もう一度ココにこないとならないみたい。だから、その人が一回でたときがチャンスかも」
 青子が、オレにつげると同時に新一にもテレパスする。
『…快斗が入ったらカードの解除にこっちをしておく。そしたらオレと服部は脱出するからな』
『了解っ』
 手早く返事をして、オレは回線を閉じる。
 足音が聞こえる。
 ある地点で立ち止まり、もう一度動き出す。
『……今、倉庫の中に入ったよ…』
 青子がオレに回線を通して言う。
『……どのくらいででそう?』
『かなり…急いでるみたいだから…、そろそろかも』
 青子の言葉にオレは手順を素早く整理する。
『青子、倉庫から人が出てこの部屋の前を通り過ぎたら、倉庫前にテレポート出来るか?』
『快斗も手伝ってくれる?』
『あたりめぇだろ?その人が倉庫から出たらシンクロするぜ?』
 青子のテレポートは、一人だと、30cmが最大だがオレとシンクロ(精神波の同調)すると無制限になる。
 ただ、それはかなり疲労度が激しいから一日1回しかダメだけど…。
 そう言えばこの頃シンクロさせてないから大丈夫かな?
『…倉庫から出たよ』
 青子の言葉に頷き、オレは青子とシンクロを開始する。
 ふっと意識が…離れた瞬間、オレと青子は倉庫の前にテレポートする。
『快斗、大丈夫?帰りはシンクロしないよ。ココから外に出られそうだよ』
 倒れそうになったオレを青子が支える。
『大丈夫だよ………青子…後一回ぐらい平気。帰るときやらないとまずいだろ?』
『…でも…』
『でもじゃねぇの…』
 シンクロ…青子より、オレの方が辛い。
 精神波を青子と同じにしないと、能力が使えないからだ。
『急いで、捜そうぜ。…新一に連絡頼む…』
 新一への連絡を青子に頼み、オレはカルテを探す。
 シンクロの余波は他人の回線を開くことが出来ない。
 青子の回線を開くことが出来るのはシンクロできるからだ。
 蘭ちゃんがハッキングしたデータからカルテの場所を見つけ、裁判に必要なカルテを抜きだした。
「快斗、見つけた?」
 青子が回線を通さないで話しかける。
「あぁ、見つけたぜ。本来のカルテ…。提出用のカルテのコピー見せてもらったけど、これかなり改ざんされてるぜ。医療ミスがバレバレって感じだな。これを裁判官に提出したら一発で勝てるぜ。脱出するぜ、青子。戻ったら、後はよろしく」
 そう言ってオレは青子とシンクロを開始した。

 オレと服部はテレポートで車の中に戻ってきた。
「快斗からのテレパスは?」
 戻ってきた早々和葉ちゃんに尋ねると、まだと首を振る。
 その時だった。
『今、倉庫の中に入ったよ。見つけたら…快斗とシンクロしてそっちにテレポートするね』
 と言う青子ちゃんからのテレパスが入った。
 って事はかなりギリギリだって事だ。
「快ちゃん、なんやって?」
「青子ちゃんからのテレパスだよ。今倉庫の中だって、見つけたら全開で…テレポートするって」
 和葉ちゃんの質問にオレはそう答えた。
「全開っちゅうことは…シンクロするんか?」
「多分ね」
「ムチャクチャやな」
 服部とオレの会話を聞きながら蘭は不思議そうな顔をしている。
「蘭、どうした?」
「……工藤君って…テレパシーも出来るの?」
「まぁ…ね。蘭は、知らなかったか。オレは青子ちゃんと違って特定の人だけなんだ」
「特定の人って?」
「えっ……快斗…かな?」
 服部がいるから…オレの特定の人が和葉ちゃんとなんて言えない……。
 いや…蘭にも…言いたくない。
「アタシもテレパシーできるんよ。アタシも特定の人だけなんやけど、快斗君とできんねん」
 和葉ちゃんは服部の方をちらっと見ながら言う。
 どうやら、和葉ちゃんもオレと同調出来るって言うのは服部には秘密にしているらしい。
 ちなみに、オレと和葉ちゃんもシンクロ出来るが、和葉ちゃんが言うにはシンクロは服部の方がやりやすいらしい。
 この場合のシンクロのメインは和葉ちゃんのダイブ。
 シンクロすると…コンピューター内部まで入れる。
「服部君は…テレパシーできないの?」
「うっ……蘭ちゃんは痛いところついてくんねんなぁ…」
「蘭、それ服部には禁句だよ。こいつ、テレポートとか透視とかサイコキネシスとか出来るくせにテレパシーだけは出来ねぇんだから」
「そうや、蘭ちゃん、それは平次には禁句やって。平次ってばテレポートとか透視とかサイコキネシスとか出来るのに、テレパシーだけは出来へんねんで」
 オレと和葉ちゃんとで二人して服部をからかう。
「……っテレパシーできへんぐらいで何いうねんっ」
「中途半端なんだよっオメェはっ」
「うっさいわっ」
 服部は怒りだし、そっぽを向いてしまった。
 蘭を見ると笑いだしてる。
 どことなく…不安そうにしてたけど…この様子じゃ大丈夫だな。
『……今…戻るっ』
 快斗から回線が開いてそう届いた次の瞬間、快斗と青子ちゃんがテレポートしてきた。
「快斗っ」
 戻ってきた途端、快斗は崩れ落ちた。
「快斗ぉ……ムチャクチャだよぉ……」
 そう言って青子ちゃんは快斗を支えなきだしている。
 シンクロ…1回じゃねぇな…。
 快斗達が戻ってきたのでオレ達はその場を後にした。
「快斗…何回シンクロした?」
「……秘密っ」
 倒れたが、意識がなくなってはいない快斗は軽口をたたく。
「快斗、オレを騙せると思ってんのか?」
「…出来れば、思ってるけど?」
「青子ちゃん、こいつに催眠かけていい?」
 吐きそうにない快斗にオレは言わせるために催眠を掛けると快斗を脅した。
 脅しても…言うような奴じゃねぇけど。
「…降参、これ以上体に負担をかけて、青子のこと泣かしたくないからなっ。2回…だよ」
「おまえっ何考えてんだよっ。シンクロがどれだけ体に負担かかるのか分かっていってるのか?」
「そうでもしなきゃ無理だからだよ。あの倉庫からココまではかなりの距離がある……。その間に見つかるわけにはいかねぇだろ…。少し眠らせて…オレ…つかれた…」
 そう言って快斗は目を閉じる…。
「……ごめん…青子のせい……」
 快斗が眠ったのを見計らって青子ちゃんは小さな声で呟く。
「青子が…もうちょっと気を使っていれば、快斗に…シンクロつかわせる必要なかったの……」
「……青子ちゃん、そんなこと言わないで。救急車が入ってきたのを分かってたのに、連絡しなかったわたしにも原因があるんだから…」
「……そうや、アタシらが連絡しとったらもう少し対処の方法もあったやろ?」
 青子ちゃんの言葉を受け、蘭と和葉ちゃんが言う。
「……ワリィ……今回は、オレのミスだよ。パスワードで余計に手間取ったからな……」
「誰の責任でもあらへんよ……。ただ偶然が重なっただけや…。初にしては上出来とちゃうか?」
「そうだな……」
 服部の一言に全員が救われたような気がした……。

 次の日、オレは報告ととってきた書類の引き渡しを兼ねて蘭を連れISSAの日本本部に向かった。
 他のメンバーは家にいる。
 快斗はまだ体調が戻ってないし、服部は「テレポートしすぎで体がごきごき言うねん」と言って本部にきたがらないからだ。
 当然青子ちゃんと和葉ちゃんも家に残る。
 つまり…オレと蘭で初めて二人っきりでのデート……じゃなくって出掛けることになったのだ…。
 ISSAの本部は東京湾に浮かぶ巨大な人工島『ネオトート』にある。
『ネオトート』はISSAの日本本部の巨大ビルを中心とした新都心である。
『ネオトート』に渡るには『ネオトート』から放射状に伸びているアクアラインにのって渡るのだ。
 今日はのんびりと地上線でISSAに向かっている。
 今の時代、流行っている車は『飛行車』と言い地磁力を利用した言ってみれば空飛ぶ車である。
 最初は環境改善の為に開発され浮くと言う程度、いつの間にか高く浮くほうがいいということになって、各自動車メーカーがこぞって開発した結果、車が空を飛ぶようになったのである。
 ちなみに海の上は走行不可能である。
 海の上に道路がある場合はその道路を基準とされる。
(この車の開発により交通法がかなり変わったのはとりあえずここでは置いておく)
 で、地上線というのは昔からある車(旧車:それでも電気自動車)が走るところで今日はのんびりと普通の車で走行しているのである。(飛行車は空中で200kmの早さで走行している)
 そして話しを戻し… 車にのって最初のオレと蘭の会話。
「たまには…普通の車で移動するのもいいだろ?」
「そうですね…」
 相変わらず、蘭は他人行儀…。
 もう少し…フランクにならないかなと思って旧車できてるんだけど……やっぱりダメなのかな…。
 会話らしい…会話も無く、アクアラインにのった。
「窓…開けてもいい?」
 その言葉にオレは頷く。
 窓が開くと潮の匂いが車の中にただよい、蘭は気持ち良さそうに風にふかれている。
「やっぱり…気持ちいい」
「そうだな。飛行車だったら窓なんて開けてられねぇもんな」
「うん」
 そう言って蘭はクスっと微笑む。
 焦る…必要ねぇか…。
 時間…無いわけじゃ…ねぇもんな…。
「…なんか海に行きたくならねぇ?」
 潮の匂いとかすかに聞こえる波の音に誘われてオレは海に行きたくなってきた。
 まぁ、蘭と話す口実でもあるわけだが…。
「そうだね…。みんなで…海行きたいなぁ」
「いいぜ…行こうぜっ」
 なんか、いい感じになってきたぞっ。
「ホント?」
 少しだけ不安そうな顔を蘭はオレに向ける。
「あたりめぇだろ?みんなでさ、遊びこようぜっ」
 そう言った瞬間いい案を思いつく。
「あ…あのさ……ISSAに行った後でさぁ……。下見兼ねて……海…にでもいかねぇか?」
「……この後?」
 不思議そうに蘭はオレを見る。
 …蘭…なんて返事してくれるんだ?
 行きたくない…なんて…言われたら…オレ立ち直れねぇぞ…。
「な、なんてな、気ぃ早すぎるよな」
「そんなこと無いよ…。うん、行こうっ」
 満面の笑みを浮かべて蘭は頷いてくれる。
「マジ?」
 ホントか信じられなくって、思わず聞き返す。
「ウソじゃないよっ。ホントだよっ。本部からの帰りに行こう、新一っ」
 と…ニッコリと蘭は微笑んでくれた。
 ……っ。
 うわっ…。
 今…名前で呼んでくれた…。
 マジで…うれしい…。
「どうしたの?」
「えっ?どうしたってなにが?」
 蘭の言葉の意味がわからず、オレは問い掛ける。
「どうしたって…、だって、新一、すごくうれしそうなんだもん。だからどうしたのかなって思って」
 ……また…名前呼んでくれた。
 やっべぇ…うれしすぎて何度も聞きたくなってる。
 言ってみっかな…。
「名前…もう一度呼んでほしい…」
 って…。
 口開いたら言いそうだ。
 それでなくても……顔から火が出そうなくらい真っ赤になってるはずなのに。
 やばっ。
「新一?」
 わっ。
「本部に着いたよ」
 ふと我にかえる。
 そっか…自動走行にしておいたから…。
 くっそーーーーーーー着きやがった……。
 もう少し余韻にひたらせろってんだ。

ISSA日本支部受け付け。
「……お疲れさまでした、仕事完了です。資料はこちらに出して下さい。報告は奥の部屋からコンピュータで送って下さい。次回より、自宅からの転送になります。資料等がある場合はISSAの警視庁支部にて提出をお願いします」
 面倒な手続きが終わる。
 奥の部屋のコンピュータから報告用のベースを家に送ってから報告のデータを作成する。
「結構面倒なんだね」
 蘭が画面を見ながら言う。
「最初だけだからな、これでもう本部に来る必要はなくなるわけだ。まぁ、ココまでの道のりも悪くはねぇけどな」
「そうだね」
 会話が結構スムーズになってきた。
 何とか大丈夫かな?
 報告書を作成して送信した時だった。
 妙な気配を部屋の外で感じた。
「灰原さん」
 振り向いた蘭がそう言う。
 妙な気配は…灰原哀からだった…。
「初仕事が終わったようね、毛利さん」
 そう言って灰原は近づきながらそう言う。
「どう?工藤君は?」
「いい人だよ。心配しなくても平気」
 不思議な感覚が蘭と灰原の間をただよう。
 ただの感覚じゃねぇな…。
 能力的なのを感じる。
「灰原、なんのようだ?」
「あら、そっけないんじゃない?あなたのセカンドの親友なのに」
「は?オメェが親友?蘭の親友は園子だぜ?」
「そうね」
 そう呟いて灰原はクスッと微笑む。
「灰原さん?どうしたの」
「何でも無いわ、毛利さん。でも、安心したわ。つらい目に逢ってるんじゃないのかって心配していたのよ。」
 そう言って灰原は蘭を見つめる。
「辛い目?そんなことないから大丈夫。みんな昔からの知りあいだし…新一だって優しいよ。灰原さんが心配するようなこと、無いから大丈夫」
 わぁっまた名前呼んでくれた。
「そう………」
 トープ色(暗い赤みの灰:茶灰)の瞳で灰原はオレを見る。
 にらまれている感じがするのは気のせいじゃ…ねぇな。
「いい人見たいね、工藤君は。安心したわ…でもまぁ、何かあったら遠慮なく私に連絡しなさい。良いわね、蘭さん」
 そう言って灰原は蘭を見つめる。
「分かってる……」
 蘭がそう頷いたとき、ふっとした違和感がオレの中を襲った。
 ただ…その違和感が何かは…分かってないのだが…。
 分かっているといえば、たまに灰原は蘭を名前で呼ぶぐらいだ…。
 ……?!
 一瞬浮かんだ何かがすぐに消える。
 何を思った?
 今、オレ……。
「さて…蘭、行くか」
「………うん」
 心なしか…蘭の様子がおかしい…。
「蘭?どうしたんだ」
「……なんでもない……」
 蘭は静かにそう言う。
「………あ…あのさ……とりあえず、ISSAから出ようぜ」
 オレの言葉に蘭は頷いた。
 外の空気は潮の匂いを含んでいた。
 車が走り出すと…蘭は言った。
「………海…行くの?…」
「……だって…行くって言ったろ?下見も兼ねてさ」
「わたし……行きたくない」
 えっ……?
 今…なんて…。
「わたし、今から海に行きたくない」
 マジで?
 せっかくのデートなのに?
「……そんな気分じゃないの…」
 そう言って蘭は窓の外を見つめた。
 なんで…だよ…。
 何でこうも急に変わるんだ?
 わけわかんねぇよ。
 結局…、海には行かずに米花町に戻ってきた。
 ハァ、最悪…。
 せっかくデートだって思ってたのによぉ。
「…工藤君……」
 ……うそだろ……。
 オイオイ、何でさっきまで名前で呼んでくれたのに、また名字なんだよぉっ。
「何?蘭」
 声が沈んでるのが自分でもわかる。
 くっそーーーーー。
 オレ…マジで立ち直れねぇかも…。
「なんでも…ないの…」
 そう言ってオレを見た蘭の瞳が…微妙に揺れていた。
 まさかな…。
 落ち込んだまま、家に着く。
 車を駐車場にいれ、玄関に向かったときだった。
「……ごめんなさい…」
 先に家の中に入っているはずの蘭が玄関の前で待っていた。
「なにが?」
「ごめん…なさいっ……」
 蘭の感情が揺れる。
 まさかとは思ってたけど…、これは間違いねぇぞ…。
「ごめんなさい…」
 そう言いながら蘭は涙を流す。
「蘭…なんで謝るんだよっ」
「ごめん…新一っ……」
「蘭っ」
 膝から崩れ落ち、意識を失った蘭をオレは抱きかかえる。
 この感情の揺れ…間違いない、催眠術が掛けられてる。




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