2009年8月初旬取材
雲南省の最北部、四川省南部の辺境に世界で唯一いまだに通い婚が行われている母系大家族制度、母系社会のモソ人の部落がある。麗江から東北に約200キロ、険しい山道をジープで6時間、海抜2700mの水清き小さな濾沽(ロゴ)湖の湖畔一帯にその集落はある。モソ人はナシ族の分派とされ遠い草原から南下、この辺に定住し1500年以上の歴史を持つ人口約5万の人達である。独特の文化と習慣を持つて母系社会が営まれている。この母系大家族制度は祖母が家庭の中心、家族全員が彼女の血を引き、男は娶らず女は嫁がず、生家で母親、兄弟、姉妹と生涯一緒に暮らす女の国である。女性にとって男性はアーシャ(阿夏)と呼ばれるパートナーで必要なときだけ特別に設えた花楼という部屋に夜這いに訪れる存在である。アーシャは必ずしも一人に限らずその相手と一緒に生活せず子供の養育義務も無く父という呼び方も無い存在という。 かって世界の地域で見られた母系社会が父系社会に変化したのになぜモソ人は女系社会を維持しているのだろうか。 湖畔前方に女神が棲むと伝えられる3770mの聖なるガンム山が聳える。湖面面積50キロ、水深90m、透明度12mで中国の淡水湖で一番深い清らかな処女湖である。夕方山紫水明のロゴ湖は鮮やかな茜色が暮色になる。 湖畔の宿は女の国の看板が染まる。 濾沽湖の魚、タニシ、蛙をはじめマツタケ等の山海の珍味を陳列している夜店に入り、夕食をとる。 夜店は“阿さん”一族が経営している宿屋の食堂の屋外店である。経営は一族三姉妹の三女Bさん(30才)が担当し彼女が料理も作っている。調理に手間取っているのを見て隣で日用品の売店を経営している次女Dさんが給仕を手伝いながら通い婚を始め土地の習慣を話してくれる。 彼女(33才)は一夫一妻制度を知らないがこの地に住むものにとって何の疑いも無く女系社会は最高に良いと言う。女は自立するし好きな母親、家族と生涯助け合って過ごす事が出来るし子供も全員で育てるから素直で良い子になるという。生活を競争する事もなく皆仲良く、核家族にならないのも特長、子供たちもこの生活に満足しテレビに刺激されても都会に住みたくないと伝統的に思っている。 パートナーのアーシャとは舞踏、篝火踊り、旧暦7月25日濾沽湖周辺の山の巡礼祭り、温泉の混浴、ボート等でお互いが見初めるが母親の紹介もあるという。アーシャとはいくら好きでも子供が生まれないと関係が終わる。Dさんはアシャーとの出会いは恥ずかしそうに答えない。子供の成人式は男女とも13才と早く、ラマ教の儀式が厳格に行われモソ人が大切にしている豚の脂身を食べ成人を祝う。この時初めて父親に相当するアシャーの事が知らされると言う。 彼女は23才で子供を儲けたがこの地では働き手が必要なので17、8才位が普通のようだ。宿屋を経営している長女Sさん(38才)が話しに加わる。ここでは犯罪はおろか喧嘩も全くない。皆仲良し、行政はトップの数人のみが男性であとは女性が取り仕切っている。かってこの地はチベットと雲南の交易の茶馬街道で賑わったところ、多くの茶馬の人夫がアッシャーになったと言う。女系社会が守り続けられたのは、人里はなれた限られた土地での民族の維持が背景にあると言われている。基本には共同生活を好み厳しい辺境で助け合わなければならない自然環境と人と競わないモソ人の性格にあるようだが、かって中国文化革命で廃止の命を受け受難のときもあった。最近濾沽湖が観光化されるにつれ、漢民族の流入やテレビの影響で価値観の変化もあるようだが、女系社会はこの地に根強く守り続けられている。 翌日湖畔を車で一周する。湖面に咲く白い海草花が甘い匂いを放つ、村落はゆったりと時が流れている。 ふと深刻な現代の核家族化、親子断絶、寝たきり老人の社会問題や現実の我が身のことが頭をよぎる。 豊かな母系大家族制度は我々に人間らしく生きるのを教えてくれる一例なのかもしれない。 |
チベット自治区 聖地ラサ(1)
チベット自治区 聖地ラサ(2)
チベット自治区 聖地ラサ(3)
東洋の桃源郷 香格里拉(シャングリラ)