契約締結上の過失
2020(令和2)年5月31日
- 第1 契約締結上の過失の定義
- 1 伝統的学説は、以下のように考えます。
- ①契約締結時点で給付がもともと不可能であった「原始的不能」の場合、債権は発生しない。
- ②但し、既に存在しない物の売主が過失によって相手に売買契約を締結させ、買主が契約を有効だと信じたために損害を被った場合、売買契約は無効だが、売主が「契約締結上の過失」に基づく損害賠償責任を負うことがある。
- ③この「過失」とは、契約締結にあたって相手方に不慮の損害を被らせないようにする信義則上の注意義務に反したことである。
- ④損害賠償は、契約が有効に成立し履行されていれば得られた利益(履行利益)には及ばず、無効な契約を有効と信じたことによって被った損害の賠償(信頼利益の賠償)に限られる。
- ⑤ この責任は、「不法行為責任」と考えられる。
- 2 それに対し「契約締結上の過失」に関する別の学説は、以下の通りに考えます。
- ①契約成立過程における一方当事者の故意・過失によって相手方が損害を被った場合に、一定の要件を充たせば、何らかの責任を肯定すべきとする理解です。
- ②この場合の契約成立過程には、契約締結段階だけでなく、契約準備段階も含みます。
- ③すなわち、契約関係に入ろうとする当事者間の関係において、信義則に基づく契約責任(1種の債務不履行)を認め、無効な契約を有効と信じたことによって被った損害(信頼利益)の賠償を認めるべきとの見解が多いです。
なお、履行利益の損害賠償を認める見解もあります。 - 第2 契約締結上の過失の類型
- 1 契約無効型
契約は締結されたが、原始的不能等の理由により契約が不成立又は無効とされる類型です。 - 2 交渉破棄型
契約締結にむけて交渉が行われたが、交渉が破棄され結局契約締結に至らなかった類型です。 - 3 不当表示型
契約は有効に締結されたが、その過程及び内容が不当表示により一方当事者に不利である類型です。 - 第3 契約締結上の過失の法的性質論
- 「契約締結上の過失」の法的性質に関して以下の学説の対立があります。
- 1 不法行為責任説
契約責任は契約が成立して初めて発生するものです。
そして、契約締結上の過失は、契約成立以前の問題であり、契約責任ではありません。 - 2 契約責任説
契約上の義務は、履行義務につきるものではなく、信義則上の義務は契約締結過程においても既に発生していると考える考え方です。 - 3 裁判例の考え方
- ① 売買契約をめぐる裁判例では、不法行為とする裁判例が多いですが、契約責任とするものもあります。
- ②契約交渉の不当破棄に関する裁判例では、信義則上の注意義務違反、不法行為上の義務違反という両様の構成がとられているものもあります。
- 第4 契約締結上の過失の要件
- 1 契約無効型
- ① 締結された契約の全部又は一部が客観的に履行不能(原始的不能)であるため、その契約の全部又は一部が無効
- ②給付すべき者がその給付の目的物を給付することが不能なことを知り又は知ることができた
- ③相手方が善意・無過失
- 2 交渉破棄型
- ①契約締結(交渉)の成熟度が高い
- ②信義則違反と評価される帰責性がある
- 3 不当表示型
- ①交渉段階における説明に虚偽の事実が含まれている
- ②相手方が虚偽の説明を誤信したこと
- ③契約が締結されたが、それが信義則違反と評価されるものであること
- 第5 契約締結上の過失の効果論
- 1 通説的理解
相手方は、その契約が有効である又は契約締結がされると信じて行動したことにより支出した又は被った損害(信頼利益)を、損害賠償請求できる。 - 2 有力説
契約の成熟度に応じて、信頼利益だけでなく履行利益の損害賠償を請求できる。
- ・ 判例Chech契約締結上の過失(改訂版)
編集者 加藤新太郎
発行者 新日本法規出版株式会社 - ・ 交渉破棄責任の実証的研究
著者 千野博之
発行所 株式会社日本評論社 - ・ 民法Ⅱ 第2版 債権各論
著者 内田貴
発行所 財団法人 東京大学出版会 - ・ 債権総論 新版
著者 中田裕康
発行所 株式会社 岩波書店 - ・ 不法行為I(第2版)
著者 潮見佳男
発行所 信山社出版株式会社
参考文献