- ・成年後見制度の利用の促進に関する法律について
- ・成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について
2016(平成28)年11月28日
- 第1 高齢者・障がい者を支える制度
- 1 介護・高齢者福祉制度,及び障がい者福祉制度と,成年後見制度(成年後見,保佐,補助)が,車の両輪と言われている。
- 2 今回の法改正の目的
高齢者・障がい者を支える制度である成年後見制度を、安心して,広く使いやすいものにする。 - 第2 成年後見制度を巡る経緯
- 1 従来の,禁治産者,準禁治産者制度
- × 類型が二つしかないため,判断能力が不十分な状態は人それぞれなのに,事案に応じた対応ができにくかった。
- × 戸籍に載るので,使いにくい。
- 2 平成11年民法改正。平成12年4月1日,成年後見制度施行。
- (1)法定後見制度=後見,保佐,補助の制度を新設
本人の精神上の障害(認知症,知的障害,精神障害等)によって
- ア 判断能力を欠く常況にある場合は後見。
- イ 精神上の障害により判断能力が著しく不十分な場合は保佐
- ウ 軽度の精神障害により判断能力が不十分な場合は補助
- (2)法定後見制度では,本人の判断能力がなくなったり,不十分な状態になった場合に,本人,配偶者,4親等内の親族や,市町村長の申し立てに基づいて,家庭裁判所が後見開始の審判などをするとともに,成年後見人等を選任する。
- (3)成年後見人等は,本人の利益を考えながら,本人を代理して契約などの法律行為を行ったり,本人が同意を得ないでした不利益な法律行為を後から取り消したりすることで,本人を保護,支援する。
- (4)家庭裁判所は,成年後見人,保佐人及び補助人の事務を監督し,いつでもこれらの者に事務の報告等を求めることができる。
また,家庭裁判所は,必要があると認めるときは,本人や親族等の請求により,又は職権で,後見監督人,保佐監督人,補助監督人を選任し,これらの者に成年後見人等の事務を監督させることができる。 - (5)成年後見人等が不正な行為等をしたときは,家庭裁判所は,成年後見監督人等,本人もしくはその親族等の請求により,又は職権で,成年後見人等を解任することができる。
- 3 任意後見契約に関する法律(平成11年法律第150号)
任意後見制度(公的機関の監督を伴う任意代理制度)を創設する特別法を制定した。 - 4 後見登記等に関する法律(平成11年法律第152号)
戸籍への記載に代えて、成年後見及び任意後見を登記する、成年後見登記制度を創設した。 - 第3 現状の問題点と言われているもの
- 1 成年後見制度の利用者数,及びその内訳
平成27年12月末時点で,65歳以上の人口が3395万人
成年後見 15万2681人
保佐 2万7655人
補助 8754人
任意後見 2245人
→高齢化が急速に進んでいる一方,まだまだ成年後見制度の利用が少ない。
- 2 課題
- (1)障がい者の権利に関する条約との抵触。
- (2)本人の意思決定尊重の観点から,批判がある。←民法858条,成年後見人等は成年被後見人本人の意思を尊重し、その身上に配慮する義務。
- (3)成年後見制度の利用が,成年後見に偏っており,保佐,補助の利用促進が望まれる。
- (4)被後見人になった場合の欠格条項(公務員になることが出来ない,等)が多い。
- (5)医療同意をどうするのか。→現実には,成年後見人等が,医療機関から,成年被後見人に対する医療行為についての同意を求められる。
- (6)被後見人が死亡した後の,死後事務の問題。→今回の立法で解決。
- (7)任意後見の利用が進んでいない。
- (8)地域における体制の充実強化→後見人に担い手の拡大。市民後見人。
- (9)成年後見人による不正事件に対する対策
平成27年において,裁判所が把握している件数が,
521件,被害総額は約29億7000万円。
このうち,専門職による不正は,37件,被害総額約1億1000万円。
平成26年においては,
831件,被害総額は約56億7000万円。
このうち,専門職による不正は,22件,被害総額約5億6000万円。
- (10)関係機関等の連携強化
- 第4 成年後見制度の利用の促進に関する法律(平成28年法律第29号)
~成年後見制度利用促進法~ - 1 立法趣旨(同法1条)
認知症,知的障害その他の精神上の障害により,財産の管理又は日常生活等に支障がある人を,社会全体で支え合うことが,高齢社会における喫緊の課題であり,共生社会の実現に資する。
成年後見制度は,そのための重要な手段であるにも関わらず,今なお利用していない人が多く存在する上,今後,認知症等で成年後見が必要な人が増大することが予想される。
また,制度の利用が,成年後見に偏り,保佐,補助及び任意後見の利用が少ないなどの現状を踏まえて,成年後見制度利用促進法は,「成年後見制度の利用の促進について,基本理念を定め,国の責務等を明らかにし,基本方針その他の基本となる事項を定めるとともに,成年後見制度利用促進会議及び成年後見制度利用促進委員会を設置すること等により,成年後見制度の利用の促進に関する施策を,総合的かつ計画的に推進する。」こととしている。 - 2 基本理念・基本方針と,基本計画・体制について規定されている。
- 3 基本理念など(同法3条)
- (1)成年後見制度の理念の尊重(同法3条1項)
- ① ノーマライゼーション
- ② (成年被後見人の)自己決定権の尊重
- ③ (成年被後見人の)身上の保護の重視
- (2) 地域の需要に対応した成年後見制度の利用の促進(同法3条2項)
- (3) 成年後見制度の利用に関する体制の整備(同法3条3項)
- (1)成年後見制度の理念の尊重(同法3条1項)
- 4 成年後見制度の理念の尊重
- ① 保佐・補助の利用促進の方策の検討(同法11条1号)
- ② 欠格条項等の見直し(同法11条2号)。
- ③ 成年被後見人等であって医療、介護等を受けるに当たり意思を決定することが困難なものが円滑に必要な医療、介護等を受けられるようにするための支援の在り方について、成年後見人等の事務の範囲を含め検討を加え、必要な措置を講ずること(同法11条3号)。
- ④ 成年被後見人等の死亡後における事務(同法11条4号)。→民法の改正
- ⑤ 任意後見制度の活用(同法11条5号)。
- ⑥ 成年後見制度が十分に利用されるようにするための,国民に対する周知及び啓発(同法11条6号)。
- 5 地域の需要に対応した成年後見制度の利用の促進
- ⑦ 地域住民の需要に対応した利用の促進(同法11条7号)
- ⑧ 地域において成年後見人等となる人材の確保(同法11条8号)
- ⑨ 成年後見等実施機関の活動に対する支援(同法11条9号)
- 6 成年後見制度の利用に関する体制の整備
- ⑩ 関係機関等における体制の充実強化(同法11条10号)
- ⑪ 関係機関等の相互の緊密な連携の確保(同法11条11号)
地方公共団体と家庭裁判所,関係行政機関との連携強化を図る(8条2項)
- 7 この法律が策定された効果
成年後見制度の利用を促進する国,地方の責務が明らかになった。
また,基本計画に基づいて,成年後見制度の利用を促進するための施策が講じられることになる。
特に,法律施行後最初の2年間は,内閣総理大臣を会長とする成年後見制度利用促進会議が推進力となって,成年後見制度の利用の促進のための施策が,強力に推進されることになる。
成年後見制度の利用の促進に当たり,必要な,自己決定権の尊重,身上保護の重視,地域の需要に対応した成年後見制度の利用の促進,成年後見制度の利用に関する体制の整備といった基本理念が明らかにされ,さらに補助,保佐,任意後見の利用の促進,欠格条項の見直しといった基本方針が示されることから,施策は明確な方向をもって講ぜられる事になる。
成年後見制度の利用の障害となっている諸問題の解決が図られることになる。
→成年後見制度の利用が,より容易になる方向
高齢社会における重要な施策の一つとなることが期待されている。
- 第5 成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成28年法律第27号)
~民法及び家事事件手続法改正法~ - 1 改正経緯
平成28年4月6日成立。
平成28年4月13日公布。
平成28年10月13日施行。 - 2 ポイントは2つ
- (1)成年後見人が,家庭裁判所の審判を得て,成年被後見人宛の郵便物の転送を受けることができるようにした(民法860条の2,860条の3を新設)。
- (2)成年被後見人が死亡した後も,成年後見人が一定の事務を行うことができるようにした(民法873条の2を新設)。
- 3 成年被後見人に宛てた郵便物等の配達の嘱託及びその嘱託の取消し又は変更審判
- (1) 改正の目的
- ア 郵便物等
郵便物等には,本人の財産について、重要な情報が記載されていることが多い(株式の通知,配当通知,貸金庫の利用明細,外貨預金の入出金明細,クレジットカードの利用明細,金融機関等からの請求書や督促状)。
そのため,破産法81条や82条では,破産者の財産の把握・管理のため,破産者宛の郵便物等を,破産管財人に転送することが認められていた。
- イ 成年後見の場合
成年被後見人の財産の把握,管理のためには,郵便物を受け取り,中身を確認する必要があった。 - ① 成年被後見人と同居する親族が,成年後見人に対し郵便物等を交付しない,あるいは郵便物等を管理できない。成年後見人に非協力的で,郵便物等を成年後見人に交付しない。
- ② 成年被後見人本人が一人暮らしの場合,郵便物をどこで管理しているのか,(あるいは破棄してしまったのか)本人すらわからない。
- ③ 成年被後見人が施設入所中であっても,施設側が郵便物等を適切に管理できなかったり,そもそも施設が成年後見人に郵便物等を交付しない。
ような場合には,成年後見人は,郵便物等によって,成年被後見人の財産を把握することが難しかった。
そこで,成年後見人が,成年被後見人宛の郵便物を受け取り,中身を確認することができるようにした。 - (2)対象事件
成年後見のみ。保佐や補助は含まれない。また,未成年後見については,郵便転送の制度を設ける社会的実態に乏しいと考えられている。
本人の通信の秘密(憲法21条2項)を制約するので,必要やむを得ない類型として,成年後見のみが対象となる。
- (3)嘱託の必要性
民法860条の2第1項。
郵便物等の配達の嘱託は,家庭裁判所が,「成年後見人がその事務を行うに当たって必要があると認めるとき。」に認められる。
申し立ては,就任時が多いと思われる。
→だいたい6ヶ月あれば,被後見人の財産状況はわかる,と考えられている。
申立に当たっては,家庭裁判所に対して,郵便物等の配達の嘱託を行う必要性を示す疎明資料が必要。
- (4)再度の嘱託の申し立て 郵便物等の配達の嘱託の必要性の判断に関して,家庭裁判所に対し,理由を詳しく説明する必要があると思われる。
- (5)後見人が転居した場合の取り扱い
→変更の審判 - (6)効果
信書の送達の事業を行う者に対し,審判に定められた期間,成年被後見人宛の郵便物を,成年後見人の住所に郵便転送すべき旨を嘱託することができる。
なお,郵便転送の嘱託の対象となるのは,「郵便物」や「信書便物」であり,小包を送るための「ゆうパック」は,郵便転送の嘱託の対象となっていない。 - (7)後見人の権限・義務
- ① 成年後見人は、成年被後見人に宛てた郵便物等を受け取ったときは、これを開いて見ることができる。
- ② 成年後見人は、その受け取った前項の郵便物等で成年後見人の事務に関しないものは、速やかに成年被後見人に交付しなければならない。
- ③ 成年被後見人は、成年後見人に対し、成年後見人が受け取った第一項の郵便物等(前項の規定により成年被後見人に交付されたものを除く。)の閲覧を求めることができる。
- 4 成年被後見人の死亡後の,死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産の保存に必要な行為についての許可審判事件について
- (1)問題の所在
- (2)成年後見人が,死後事務を行うための要件
- ① 必要があるとき
→ 成年被後見人の相続人の連絡先が不明である等の事情により,成年後見人が支払をしないと,相当期間債務の支払がなされない場合を想定している。 - ② 成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き
→ 被後見人の意思に反しないことが必要となる。 - ③ 相続人が相続財産を管理することができるに至るまで
→ 基本的に,相続人に相続財産を実際に引き渡す時点までとされている。 - ④ 後見類型のみである。
→ 保佐,補助,未成年後見については,死後事務の規定の適用はない。 - (2)民法873条の2
- 1号 相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為
具体的には,相続財産に属する債権の消滅時効が迫っている場合に,時効の中断を行うことや,相続財産である家屋が雨漏りしている場合に修繕を行うなどの行為が,想定されている。
→ 家屋の修繕費用のため,成年被後見人名義の口座から金銭を引き出す行為は,第3号に該当し,家庭裁判所の許可が必要となる。
- 2号 相続財産に属する債務(弁済期の到来している)の弁済
成年被後見人が入院していた場合の,入院治療費の支払い,
成年被後見人が介護施設に入所していた場合の,利用料金の支払い,
成年被後見人が住んでいた居室の賃料の支払い
などが想定されている。
債務の弁済については,弁済期が到来しているものに限定される。
弁済期を徒過していると,遅延損害金が発生し,相続財産が減少するために認められている。
ただし,債務の存在の確認が必要であり,存在していなかった債務を支払ってしまった場合には,善管注意義務違反が問題となる。
→ 相続財産に属する債務の支払のため,成年被後見人名義の口座から金銭を引き出す行為は,第3号に該当し,家庭裁判所の許可が必要となる。 - 3号 本人の遺体の火葬又は埋葬に必要な行為,その他相続財産の保存に必要な行為
- ① 「本人の遺体の火葬又は埋葬に必要な行為」
→ 火葬,埋葬は,公衆衛生の観点から認められる(死亡後,短期間で処置をしておかないといけない。)。
葬儀は,条文上,成年後見の権限にあがっていないことに注意。 →衛生上不可欠ではないし,宗教(信教の自由)も絡むため。 - ② 「その他相続財産の保存に必要な行為」
- ・亡くなった成年被後見人の口座から,お金を引き出す行為(お金を引き出す行為は,裁判所の許可が必要)
- ・ライフライン(電気,ガス,水道,電話等)の解約
- ・成年被後見人が所有していた動産その他の物の寄託契約の締結 が想定されている。
-
しかし,
-
成年被後見人の死亡により,成年後見は当然に終了し,原則として,成年後見人は法定代理権などの権限を喪失する。
また,成年被後見人の死亡により相続が開始し,成年被後見人の財産は,相続人が取得する(特に預貯金は,現在の最高裁判例の考え方では,遺産分割を経ることなく当然に分割される,とされている。最判昭和29年4月8日,最判昭和30年5月31日等)。
そのため,成年後見人だった者が,成年被後見人の財産だったものを処分することはできないのが原則である。
しかし実務上は,成年被後見人が死亡した後も,成年後見人が一定の事務を行うこと(介護施設の利用料や,医療費を支払う等)を期待されていた。
従来は,応急処分の規定(民法874条,654条)によって対処していたものの,成年後見人が行うことができる事務の範囲が明確ではないという問題があった。
そこで,民法873条の2を新設し,成年後見人が,個々の相続財産の保存行為,弁済期が到来した債務の弁済,火葬又は埋葬に関する契約の締結等といった一定の範囲の事務を行う権限があることを明らかにした。
以上
参考文献
ハンドブック成年後見2法 成年後見制度利用促進法、民法及び家事事件手続法改正法の解説
衆議院議員 大口善徳、高木美智代、田村憲久、盛山正仁 著
創英社、三省堂書店
実践 成年後見 No63
編集顧問 新井誠
民事法研究会
成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の解説 NBL No1078(2016.7.15)
法務副大臣、衆議院議員 盛山正仁
成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の概要
金融法務事情
法務副大臣、衆議院議員 盛山正仁
成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の逐条解説(上)
銀行法務21 No803(2016年8月号)
法務省民事局付 大塚竜郎
成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律の逐条解説(下)
銀行法務21 No804(2016年9月号)
法務省民事局付 大塚竜郎
座談会 Death Law(デス・ロー)をめぐる金融実務の諸問題
金融法務事情 No2051 (2016.10.10)