序詞・・・「新月の夜」


静かな時の群れる
宵闇を間近に
月明かりの残光だけが青白くぼうっと
あたりをふるわせていました

その振動する光の粉もやがては四散し
今は目を閉じた月の横顔だけが
月姫の胸の中、静かにあるだけです

月姫の想いは
明かりを落した月の横顔に
ふたたびまあるい輪郭を与えることでした
それには魔法に導かれた
不思議な連なりが必要なのです

月姫は螢石の光をすいて作った
四角な紙で一角の馬を折り上げました


ぼんやりとした光をまとって
馬はしばらくその場で脚をならしていましたが
月姫が耳元で何かをささやくと
やがて宵闇の中
月姫のもとをかけだしていきました

第一夜・・・「一角獣」



螢石の光をすいた紙から
折りあげられた一角の馬


馬の思考は、やがて旅の精へと姿をかえ
広大な砂漠を放浪したのです


途方もない数の足跡をかさね
旅の果てに見つけたものは
半分砂に埋もれた透明ないのちでした


花の咲いた植物の楽器は
やがて花の精のもとへと
届けられるのです


・・・音楽を風に乗せてもらうために・・・

第二夜・・・「二重螺旋」


花の精の手に
その楽器は届けられました

ふるえるようなかすかな音が
ぬれたくちびるから
楽器を通して流れていきます

花の精の奏でる
か細いせん音は
やわらかい響きの二重螺旋となり
体のまわりで揺らいでいましたが
少しづつ風に乗って
音楽になっていきました

音楽は徐々に風の吹く大地に浸透してゆくと
植物達は新しく芽を出し花を咲かせ・・・
緑の広がりは音楽と共に広大していきました

やがて音楽は昇華し風に漂い
その空間に飽和したとき
音符へと結晶したのです

第三夜・・・「三角形」


いまその魚は狭い水槽のなかで
泳ぎまわる力もなくただじっとして
視線だけを動かしています

その昔大きな湖の水面に
泥絵の具のしずくが一滴ポタリとおちました
それは赤いきしみの不協和音となって
同心円を描きながら
いくつもいくつも広がっていきました
その不透明の中に魚はいたのです


水槽の精は、遠い遠い空のかなたから
風に乗って流れてきた
音符の結晶を一つ水の中に入れました
沈んでいく音符は
ゆらゆらと溶けて泡になりました
魚は泡と戯れるように
いくどとなく体をひるがえすと
そのたびに鏡の体が光をつかまえ
ぎらりと輝きます

ぷくぷくといのちのリズムが魚を包み込み・・・
ついに魚は跳ねました

第四夜・・・「四重奏」



さかなの上げた水しぶきの中に
その子供はいました


渇ききった世界で
石の様に身を硬くしていた彼女に
今、うるおいがもたらされたのです



ひたいに下がる
細い糸に連なった黒い鉱物の髪飾り
黒曜石の光をまとった
石のひとつひとつが、しずくにぬれます


硬い鉱物に水がしみこんでいくと
ぬれた水晶の輝きの中
やがて石からいのちが芽ぶきました

第五夜・・・「五光星」



石から芽を出した
植物は
やがて古木となり
多くの時間を静かに熟成させました


古木の精は
よせてはかえしを繰り返す
小さな波の音を足元で感じながら
流れ行く時間の中でつちかった魔法の知恵を
透明な紙に
樹液のインクでしるしていきます


かたわらでは
ペンタクルスの輝きが
つづり人の手元を
明るく照らし続けていました

第六夜・・・「第六感」


時計じかけのあやつりは
歯車のきしみに踊らされて
同じ毎日を繰り返していました


そんなある日
彼の手の中に突然
魔法の書が現われました

ページをめくるたびに
彼のまどろむ意識の旋律は
魔法の音色を奏でるようになっていたのです


やがて六感がかいま見た
かすかに明滅する
頭の中の蜃気楼までも
確かに
自分の手の中から
取り出せるようになったのです

第七夜・・・「七つ星」


夜空にまたたく
寒色の輝点


星の輝きをとりこにする
格子のからだは
星の棲家です


その彼女が
手にしたカード・・・
暖かい波長を持った
あやつり人形の記憶
暗幕の内側に
思い出が静かに流れ込みます


先ほどまで
青くとがっていた星の磁場は
今はもう丸くなりました

第八夜・・・「八の字階段」


星の棲家の奥には
無限に続く階段があります


階段の精は
星の記憶の輝きで
お手玉をしながら
自らの体を上がったりさがったり


輪になった無限連鎖
時間と空間と意識とが
どうどうめぐりの
迷宮に遊んでいるのです

伸びたしっぽに
ゆらゆらゆれる
古びた鍵
秘密の引出しを開けるためにと
月姫からあずかった
大切なものなのですが・・・

第9夜・・・「九尾の狐」


格子で出来た星の棲家に
狐面の怪盗が忍び込みました

怪盗は
階段の精が遊んでいる
星の記憶を一つ
無限連鎖の輪の中から盗み出しました
そして階段の精の
しっぽにぶら下がっていた鍵で
秘密の引き出しを開けたのです

思い出に輝く星の磁場は
なかにそっとしまいこまれました

次の瞬間怪盗は
闇夜にまぎれ
街灯の下にその正体を躍らせながら
夜空をひた走って行ったのです


道は月姫のところに続いています



暗がりに沈んだ
地平線のその向う側で待っていた
月姫のところに
狐面の怪盗が現われました


狐面の怪盗は
引出しからふわりとまるい光を取り出すと
月姫にそっと手渡しました


月姫の手の中で浮かぶ
光の量子は
そのあかるさをいよいよ増します


・・・やがて
狐面の怪盗の姿はあふれる光につつまれて
静かに消えていきました・・・

エピローグ・・・「***」


月姫の手からあふれる
光の量子が
からだ全体をおおうころには
瞳を閉じた
月の輪郭は
じょじょにまるくなっていきました


暗がりに浮かぶ満月が
南中をゆっくりとすぎていきます・・・



大地には
月明かりの幻燈の中
踊る九つの影が
映し出されました・・・

・・・寓話・・・

 宣教師がポウ・ポーを連れていったところは四角い部屋でした。天井は高く足もとの床には大きな9つの四角で市松模様が描かれ、壁はというと、そこには不思議な妖精の描かれた9枚の絵と一枚の何も描かれていない額が飾られていました。
 「この部屋は、妖精画廊と呼んでいます。ここにある9枚の絵に描かれている妖精達が月姫の想いをかなえるのです。」

 宣教師は絵にひとつづつ添えられている短い散文を読み始めました。

  

旅の業商猫 

伝言の森

空耳と空想い

絵画回廊

水晶森の住人

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 宣教師は語り終えるとひとつ間をおいてこちらにふりかえりました

 「物語は、月姫のちいさな想いが9人の妖精達によって、月明かりへと成長いく不思議なおはなしです。わたしには生命の力を魔法と言う形をとってつないで行く光の連鎖に思えます。」
ポウ・ポーは静かにうなずきました。