私の生徒は完全であってほしい
1.聖書
2.ヴァッスーラ
1.聖書
創世記17・1
アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。」
レビ記11・44−45
わたしはあなたたちの神、主である。あなたたちは自分自身を聖別して、聖なる者となれ。わたしが聖なる者だからである。地上を這う爬虫類によって自分を汚してはならない。わたしはあなたたちの神になるために、エジプトの国からあなたたちを導き上った主である。わたしは聖なる者であるから、あなたたちも聖なる者となりなさい。
レビ記19・1−2
主はモーセに仰せになった。
イスラエルの人々の共同体全体に告げてこう言いなさい。あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。
申命記18・13
あなたは、あなたの神、主と共にあって全き者でなければならない。
マタイ5・48
だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
ルカ6・36
あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。
2.ヴァッスーラ
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/1巻P26
♡ 愛している、私を運ぶ者としてあなたを育ててきた、愛してくれることを望んだ、私を運ぶ者となるのであれば あなたにも聖となってほしい、私が聖であり その私に喜んで従い 私のために働く用意があるのであれば 聖であることに怖れを持たないように、どうしてそのように怖れるのか?
怒っていらっしゃいますか?
いえ、怒ってはいない。聖であるとは 清く 私のうちに生きることです、聖であるとは 私を愛し 私に従うこと、聖であるとは 私のようになることです。 あなたさえよければ 聖となるように教えよう。
私はあなたを愛していますので、お望みのようにしようと思います。
では 教える、娘よ、そばにとどまっていなさい そうするなら学んでいこう、信頼し 私を信じなさい、そばにいるのを悦んでいるとあなたに告げる時 私を信じなさい、あなたは学んでいく、平和のうちに行き 覚えているように、私に愛されていると感じなさい、
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P80
‘88・12・3
ちょうど、自らの友により不具となってしまった、乞食のようにして、懇願する、皆ペトロのもとに立ち帰り 一つとなりなさい、父と私が一つであるように ♡ 母を拒むすべての人にも呼びかける(*)、耳を開いて聞くように、母は天の元后、神の母と呼ばれている。 知らなかった人びとを非難してはいない、真理に連れ戻そうとしているだけだ。 この世の改心のためにも呼びかける、私の全能を忘れてしまった人びとは 私を自らと比較しないように(**)、皆に思い出させているが、あなた方は時の終わりに生きている それで我が印も増えてきた・・・ 聖書が成就されつつある・・・ 私は平和と愛、私、あなたの主イエスは 慈しみに満ち溢れ、そう、我が慈しみは偉大。 我が慈しみを信じなさい、それでもなお、私が義の神であるのを決して忘れないように。 私の送る浄めは、愛によってなされる。 これを誤解したり 解釈を誤って 神からの脅し とは呼ばないように、脅しからではなく、愛を込めて警告している。 子に注意を与え、道理を説いて、家に帰らそうとする父親のように、私も、道理を説き あなた方のある者たちが いかに誤っており 道を逸れているか、罪によって我が光を妨げ得るかを 示そうとしている。 多くが深い眠りに陥っているために、起こしに来た。 我が限りない慈しみを通して、死者を甦らせに 皆のもとを訪れよう、あなた方皆に抱く限りない愛ゆえに、悔い改め 生き方を変えて 聖となるようにと、来て頼んでいる、私は聖であるから、聖なる生き方をしなさい ♡ 私の平和を与える、あなたが平和のうちに留まり 兄弟にもこの平和を分け与えられるように ♡ さあ 来なさい、この一年の終わりに当たって 祈りのうちに気を落ちつかせていなさい、来て 主である私があなたを愛するように 互いに愛し合いなさい。 あなた方一人ひとりに 祝福を与える ♡
*プロテスタントの人びと **今日の神の御わざを理性で推し量ろうとする人びと。
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P223
‘89.8.4
あなたの霊魂をいかに聖性へと導いているかを思い出すように、愛する者よ 私のもとに来なさい、どうしてよそ見をするか? 賢明になりなさい、娘よ、妄言、うわさ話、感想を述べたりする代りに、この全てを沈黙、私の沈黙に置き換えるように ♡
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P244
‘89・9・5
わが主よ、夕べの空しい会話について何時間も思いめぐらしています。あの後おそばに行くことができないほど取り乱していました。恥ずかしくて、あなたに面と向かうことさえできませんでした。あなたのためにどんな弁明をしたでしょう? 何も。 あなたを失望させてしまいました・・・ あなたを尊びも、讃えることもしないで。それでいて、あなたのうちにしか悦びがありません、わが主よ。あなたを恋い慕っています、主よ。神がわたしの心を清く保ち、誘惑から遠ざけて下さいますように。
我がヴァッスーラ、あなたに抱くこの愛を感ずるがよい・・・ 我が慈しみは大きく 我が優しさは怒りを乗り越えた、私の道は聖である、娘よ、私は聖なるがゆえにあなたも聖となりなさい、我が耳にあなたの会話が楽の音と響くように。 知恵が、我が子よ、あなたを教え 教育する、空しい語らい、会話を避け、実り豊かでありなさい、我が教えの中から話しをするように。 私はあなたの相談相手 助言は常に私が与える。私の生徒は完全であってほしい、そこで完全でありなさい! うわさ話、空しい会話といった、あなたを引き下げるもの全てを不快と思うように。 あなたを愛するがゆえ 完全であってほしい。 私の現存を感じ我が反射となって私の栄光を讃え、代弁者となるように。 我が手のうちにある生徒は清く 教師の声に従わなければならない。 あなたには私の恵みがある、我が金言を守り それに従ってほしい、始めの時からあなたを いかに我が聖心に置いていたかを理解するように ♡ あなたには私の霊がある、あなたを祝福した 愛する者よ、勇気を持ちなさい、この全ては無駄ではない。 あなたは私を愛し、礼拝し 手を使わせてくれるだけでよい、私の木霊となるようにと願っている ♡
どういうことでしょう、主よ?
祈りの集いで我がメッセージを読み上げるように。 栄光を受けたと感じる。 しばしば黙想し 与える全てを受け入れなさい。 花よ、十字架を持ってあなたを訪れた、しばらく休む必要がある、我が十字架を担ってくれるか?
わが主よ、喜んで。
与えているものが何かを よく覚えていてほしい。 我が十字架は尊いもの、我が十字架を持ち上げなさい、後ほど肩から下ろしに訪れる、我が子よ、いつでも自由に用いさせてくれる霊魂を私は悦びとする、決して何であろうと拒まないでほしい、いつでも喜んで使わせてくれるように ♡ あなたの神 私のために
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/4巻P46
‘89・11・26
子よ、あなたに平和、聴きなさい、慎重に振舞い、この啓示からでないことには触れないように、この啓示と 聖書にあるみことばを用いなさい、私はあなたの師です、慎重に振舞いなさい ♡ 私に頼っているように。 私は(I am)あなたの救い主。 あなたの聖なる者(I am)。 私は(I am)在りて在る者です ♡ そこで私に頼っているとよいではないか? 微笑みかけるなら 私を喜ばせる、子どもっぽい信仰を愛している ♡ ヴァッスーラ、勇気を持ちなさい、敵をすべて打ち倒そう、勇気を 娘よ、追放の地 そして死の谷で生きるのが辛いのは分かっている、しかし私の愛を確信していなさい、傍らにいて 最も些細な事柄であっても助けよう。 愛があなたを愛している
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/4巻P154
‘90・5・12
世代よ、悔い改めなさい・・・口を開いて話す前に よく考えなさい。 頭でなく 心で私を探し求めなさい。 あなたの神 私に倣い、我が足跡につき従いなさい。 話す前に自らこう問うてみるがよい: 「この場合キリストはどう仰しゃったであろう? 」 あるいは: 「この場合キリストはどうなさったであろう? 」 口を開く前によく考え、口を破滅の原因とはさせないように、霊に過ちを犯させてはならない。 私を真似て 我が象りの全き反射となりなさい。
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/10巻P15
‘99・2・5
我が高貴な心は霊の貧しい者たちを高め、私は 乏しい者 みじめな者たちを引き上げて高貴な衣装を与え我が王宮に行き来させる。 その態度が我が王の威厳にふさわしいよう 私は彼らを祝福して その全身に私の名を刻印し 徳の門を開く。私に教育された彼らは 罪のない生き方を学ぶだろう。
ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/10巻P16
‘99・2・5
では恐れるな。 誰に押しつぶされようと、私がふたたび立ち上げる。 すでに我が教え子としてあなたを立ち上げた。 それは私、あなたの花婿、さあ来なさい、あなたの主の歓びのうちに 入ってきなさい!
3.サンダー・シング
サンダー・シング/聖なる導きインド永遠の書/P160
人の中には無数の性質を備えた種子があるが、これらは現世では発芽できないものである。成長、発展、完成にまで導く手段が現世にはない。人は、完全なものとなるのに必要な環境を来世に見出すだろうが、成長はこの世で始めなければならない。完全なものとなった暁にはどうなるのかを今語るのは、余りに早計というものである。しかし、いずれわたしたちは「天の父が完全であるように完全になる」(マタイ5・48)のである。