わたしに尋ねようとしない者にも わたしは、尋ね出される者となり

わたしを求めようとしない者にも 見出される者となった。

イザヤ65・1

 

 

 

主を求めよ異邦人の教会

生まれ出る前父親を見た人は誰もいない

 

 

 

 

 

1.聖書

2.ヴァッスーラ

3.サンダー・シング

 

 

 

 

1.聖書

 

 

イザヤ45・15

 

まことにあなたは御自分を隠される神

 

 

 

イザヤ65・1−2

 

わたしに尋ねようとしない者にも わたしは、尋ね出される者となり 

わたしを求めようとしない者にも 見出される者となった。

わたしの名を呼ばない民にも わたしはここにいる、ここにいると言った。

反逆の民、思いのままに良くない道を歩く民に 絶えることなく手を差し伸べてきた。

 

 

 

ローマ10・20

 

イザヤも大胆に、

「わたしは、わたしを探さなかった者たちに見いだされ、

わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した」

と言っています。

 

 

 

 

2.ヴァッスーラ

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/2巻P231

‘88.6・2

 

♡ もう三日間、ロザリオ一環を唱えています、もちろん主がお望みの三つの祈りも。 ―主よ?

♡ 私です、我がヴァッスーラ、その努力で(*)悪魔は力を失い、悪が弱まる、聖なるロザリオを覚え、我が教会を飾りなさい ♡

 

    お望みに従って、聖なるロザリオを祈り聖マリアとイエスを一所懸命お喜ばせしようとすることで。

 

主はロザリオを唱えていない東方教会、プロテスタントや他の教会もそれを覚えるように望まれています:

こうして聖なる教会を豊かにし 悪魔を追いやり、つぶすようにと。不忠実と不従順による教会内の異端や背教もなくなるでしょう。

 

そう ヴァッスーラ、愛がいや増し 悪が弱められよう ♡ 私が言った(*)のではないと議論する者は その議論のいかに空しいかを示そう、その熱意は間違った方向に逸れ 私の正しさがはっきりと見えないかのように、勝手な考えを宣言する。 彼らは進んで私を否認し(**)、私を顕すのに選んだ貧しい器に驚いて、あなたが私に遣わされた者ではないと言う、聖書にどう書かれてあるかを忘れて(***)。「私を探し求めていない者たちによって私は見い出され、私の助言を求めていない者たちに自らを現した」 ♡ ゆえに私主は言う、頭でなく、心を開きなさい! ♡

 

 *聖なるロザリオを覚えるようにと

 **この中で神によって書かれた内容の多くは都合が悪いため、書物は神からでないと表明します。

 ***イザヤ書65・1−2

 

 

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/3巻P69

‘88・11・15

 

今日は肩にイエスの十字架を感じました。主の御心が恐ろしいほどの痛みで満ちているのが感じられます。主はなんとお苦しみでしょう・・・(それは世が主を拒むからです。)

 

♡ 私です、十字架を感じ、私を休ませてくれるように、我が光の子よ、本当に疲れ果てた、そばにいてほしい、この悲しみのさ中 慰めてもらう必要がある。 我がヴァッスーラ、聞いて書くように。 ああ 被造物よ! 我が種子よ! 私はあなたの聖なる者、しかしあなたは私を 悪者にしている、はるか永遠から愛し続けてきたが、あなたは私を 蔑んでいる、死から救ったが、それでいて私を攻める。 日々あなたを我がパンで養い 我がぶどう酒で満たしてきた しかし悪をもって あなたは私に背いている。 私は愛に渇いているが、あなたは私を渇いたまま 放っておく、あなたが疲れているのを見ては 迎え入れ、我が心のうちに 休ませてあげる、それでいて 私が疲れている時は、拒む。 我が心を開いて、あなたがどう傷つけたかを 見せるが、悪に眼がくらんだあなたは、私を刺し続け、幾度となく 我が心を貫いている。あなたを迎え入れ 抱擁しようと 腕を広げているが、あなたはそっぽを向き、背中しか見せない、優しさをこめて 暖めようと 我が聖心を開き、あなたを訪れても、私の面前で心の扉を閉ざし、外の寒さに 置き去りにする。 物乞いのように一日中 あなたを呼び続け、引き上げ 癒そうと、手を差し伸べている、しかしあなたは、代わりに、私を無視し 拒絶する。 私の眼も 母の眼も 苦しみで疲れ果て、体はもとの姿をとどめないほどに 傷で痛めつけられている。 あなたに求めるのは、平和と愛だけだが、あなたは私の嘆願を聞こうとしない・・・ 私はまず 私自身の者たちのもとを訪れた、しかしここでも、彼らに拒まれ、蔑みと迫害を受けた。 あなた方は私を追跡し、道化のように扱い、裏切った・・・(*) その裏切りによって 私に残された 最後の一滴の涙も 流し尽くした、あなた方の悪意は 永劫を貫き、悪魔たちでさえその悪意に唖然としている ♡

 

 

  イエスのお声は苦しみに溢れていました。

 

 

あぁ ヴァッスーラ・・・ 同情と深い憐れみにより、注意を与え 死から救い出そうと、私はやって来た、私自身の者たちに あなたを遣わしたが、彼らは私の声を 押し殺してしまった、明るみに出て 己が非が露になるのを怖れて。 私の声を押し殺し、真理の霊を迎え入れないので、私は彼らの罪を よそ者たちによって暴かせる。 あなた方の家の屋根の上で ラッパのように我が声を響かせよう・・・(*) 私のことを全く知らない よそ者たちによって 私は受け入れられた。 戸を叩くと 中に入れてくれた。 貧しいながら、彼らの糧を分かち合い、その貧しさゆえに、私を探し求めてはいなかったが、それでいて、私を見出した。一番の友人たちによって 出来た傷を彼らに見せると、それを見て、彼らは私の傷の前に 膝を屈め、傷の深さに打たれ、私の体に加えられた 暴行に打たれ、心は蝋のように溶けた、泣かないでよい 我が子よ、

♡ ・・・私の声は よそ者に運ばれて行く、そのこだまを聞いたなら 私から発せられたと知るように。 私を求めたことのない よそ者によって 私は高められ、それまで私を知らなかった人びとから 栄光を受ける、そして私は 彼らの師となり 教えを説く、彼らの欠点を 私は消し去り、道理を説き、彼らは私を理解するであろう。 彼らが私の傷を癒そう ♡ 私は牧者、羊飼いたちに打たれ 散らされた、仔羊たちを集める、 ♡ ああ ヴァッスーラ、このすべてはもう 本当に間もなく成就する。 来なさい、私のうちに憩い、私もあなたのうちに 休ませてほしい、愛に結ばれ 分ち合いながら ♡

 

はい、わが主よ。

 

「私たち」

 

いつまでも、アーメン

 

*間があり、それから悲しみを込めて。

 

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P8

‘90・10・20

 

ヴァッスーラ、婚姻の祝いの諺(*)を思い出させよう ♡ 娘よ、多くの者が呼ばれているが、選ばれるのはわずかです。 信仰は私の与える恵み、信仰を持つのも 与えている恵みによる。 今の時代は 恵みと慈悲の時代。 今の時代はあなた方の上に 我が聖霊が降り注がれる時代。 今の時代は我が聖霊が あなた方を重い背教から引き上げ、婚姻を結ぶ時代です。 時代の悲惨さは もうあなたから剥げ落ちるであろう。 私自身の手でその弔い布を脱がせ 婚姻衣装をまとわせるであろうから。 私の悦びを感じなさい 我がヴァッスーラ! この来たるべき出来事を すでに歓んでいるのを感じなさい! 我が聖霊は地上を訪れ 火をもたらそう、もうすでに燃え上がっているならとどんなに願うか! 今や我が聖霊が婚姻を結ぶ時: 今こそあなた方の平和の君は 地上の隅々に 僕たち、ご自分の天使たち、預言者たちを送られ ご自分の宴に そして王国に友人たちを招いて 天からのマンナを与えようとされる時 ♡ 私の再臨を宣言するために我が使者たちを 真の正しさのうちに はるばるその戸口まで送っている、しかし彼らの多くはこの者たちを ペテン師として扱い 信じなかった、ほかの者たちは私からの名誉の前に 人の名誉をおいた。 あなたを招いたのに私を拒み、懇願したのに顧みようとせず、私のあらゆる嘆願を無視して 愛の差し出すものを拒絶した、それゆえあなたの社会が拒んだ者たちで 我が家を満たし 彼らに我が王国を与え あなた方皆を混乱させよう、私は彼らに視力を返してやり 癒そう、彼らを中に入れるために 戸を広く開ける。 我が使いたちは通りやおおやけの広場で 声をあげて呼ばわり、街角ごとに出逢う亡骸が招かれる、そして私について知らされたことない人びとが私を見る、私について聞いたことない人びとは聴いて理解しよう。 私を探し求めたことない人びとによって 私は見い出され、あなたに我が聖なる顔を顕したと同じように、娘よ、私にたずねたことない人びとにも 私自身を顕そう。 私の霊を あなたは要らないと言う! 私の手にする我が心も 欲しがらない! 起る前に、今こう伝える、実際起った時に 私は在りて在る者 を信じるように:

我が王国はあなたから取り上げられ あなたが卑劣で愚かな民と呼んで、社会から締め出した人びとに与えられる そして単純な頭と呼ばれている人びとによって 我が家は建て直され 復興し、この者たちこそ、その愛をもって我が家の廃墟と荒れ果てたすべてを修復させる者たち、彼らを牧し 慰めるのは我が聖霊・・・高慢な者たちの砦はじきに塵の山となって崩れ落ちる・・・義は支配しよう。 この羊飼いたちのために、その改心のために祈りなさい。 祝福されるように、我が子よ、もうすぐ戻って来る、間もなく顔と顔を合わせて私を見るであろう。 私は在る

 

*マタイ福音書22・1−14.

 

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/5巻P248

‘91・10・29

 

私はそばに いかがわしい者たち、どの街角にもたむろする、ふさわしくない、無の中の無でしかない、みじめな者たち、そして私の名を聞いたことない者たちを 引き寄せようと決めた。 私を愛したことないみじめな者たちのほうに行き 彼らを 愛の国たみ、聖なる国たみとする、そして彼らは私の誉れとなろう ♡ 彼らは生ける神の司祭、アーメンの司祭と呼ばれ、この司祭職の上に 我が教会を建て直そう、これらの心のうちに あなた方皆を一致させ、こうして我がからだは憩う ♡ 

 

 

 

ヴァッスーラ/神のうちの真のいのち/6巻P93

‘92・6・18

 

我がヴァッスーラ、一度も私に思いを馳せたことない民、彼らを贖うためにしたことに 目をくれたこともない民のもとを 私は訪れ イザヤの預言(*)を実現させる: 「私に尋ねようとしない者にも私は、尋ね出される者となり 私を求めようとしない者にも見い出される者となった。」 そして死の谷はその死者や遺灰ともども 私ども二つの心に献げられよう ♡

 

 

 

3.サンダー・シング

 

 

サンダー・シング/聖なる導きインド永遠の書/P341

 

だが、わたしは愛の神に感謝している。自分が神を探し始める前から、神がわたしを探していてくれたからだ。わたしが神をみつけ神がわたしをみつけてくれたときでさえ、新生を体験するまでは神を十分に知ることはなかった。わたしは今、神を知っている。神の似姿がわたしの中にあり、世の初めから神はわたしのものであり、わたしは神のものだったのだ。わたしの心は平和に満ちている。真のイスラム、つまり十字架にかけられ、永遠にわたり生き続けるイエス・キリストを知ったからだ。わたしは残る人生を神への奉仕に使っている。