第31話 『2年前の真相』





クレセアはソレを望んでいた?


ディルは先師の言ったその言葉が信じられなかった。

『意味がわからない!
・・・です』

先師は少し落ち着いたディルを見て
ゆっくりと話し始めた。
あの時2年前に何があったのかを。




時は3年ほどさかのぼる


医術師ログスの長兄として生まれたディルは
現在の医術先師である父ロストルの後継者として
だれもが認める技術と知識を持っていた。
ただ、足りなかったのは、道徳教養であり
ログス特有の教育方針により
、全くの世間知らずに育てられたところにあった。
妹であるアンと、弟であるクレイルは
その点はディルの存在が大きかったため
道徳教養を多めに教育されていたこともあり
バランス的にはディルより優れていた。

そのバランスを危惧したロストルは
一定の期間ミディにて診療所と命して
ディルに世間勉強を学ばせることにした。

この時までのでディルの知り合いといえば
ログスである家族はは当然のこと
あとはフォラミューズ(ノイズ)達しかいなかった。
一方で同時期に
フォラミューズの方も、知識より人脈を広げるという意味で
後継者候補であるシェルをミディにある別荘で
一定期間生活させることになっていた。

実質ディルもそこにお世話になる形であった。
そしてこの頃からシェルに付き合う形で
剣術の稽古等をするようにもなっていた。
結果は当然というべきにシェルが勝ち続けた。
そのシェルはある程度昔から
あちこちに移住生活していたため
このミディに移動した時点でも実はかなりの人脈を持っていた。
といってもこの時まだ12歳である。
人脈というよりは、お世話してくれる大人と同世代の友達といったところか。
だが、それが今のシェルの財産になっている。

ディルは最初の頃は全く別荘から出ようとしなかったものの
シェルに誘われる度に、次第に町に溶け込もうとしていた。

それから数ヶ月がたったある日、運命の日がやってくる。






ミディの一角にディルの診療所はあった。
人付き合いは苦手だが、その腕は確かということで
この頃になると、そこに尋ねてくる人は増えていた。

そこに見慣れない一人の女性が入ってくる。
腰の辺りまで伸びた赤茶色に近い髪の毛に
それより印象的なのは
大きくて、うすい青緑色をしている目。

『あの〜ここ、病院ですよね?』

『いや、診療所だが、どこか悪いのですか?』

正確に言うと診療所ではある。
病院と診療所の大きな違いは
患者を収容出来る数ぐらいなものである。
しかし、この時のディルも細かいことにこだわっているため
そういう返し方をした。

『いえ、特に大丈夫なんですけど・・・』

大丈夫?
何を言っているんだ?
そういう表情をディルはしたのだが
その女性は診療所の周りを見渡している。

『ここって、アシスタントとか雇っていませんか?』

『アシスタント?
あなた、看護士か何かなんですか?』

ディルは完全にその女性を不審がっていたのだが
その女性をそれお構いなく話を続ける。

『あ・・・いえ。
ただ、将来のために医療について学びたいかなぁと』

看護士でもなく、医者でもなさそうなこの女性の行動を見て
ディルは一つため息をする。

『すまないけど、うちはそういうのはお断りですよ。
それに元々医者関係の仕事をしたいのなら、こういう場所じゃなくて・・・』

『あ・・・いえ。
私、旅してるんですよ』

・・・?
で?どうしたの?
そうディルが言いかけたのだが

『どうも、お邪魔しました』

そういうとあっさりと出て行ってしまった。


-シェルが言っていたけど
世間には変わった人はいるんだな-

頭をかくと次の患者を呼び入れた。




夕方

シェルが診療所にやってきた。

『おう!ディル元気してるか?』

この頃のシェルはやはりまだ子供ということもあり
今の彼とは大きく異なる。

『どうかしたのか?』

『おう!今日の夜にさ、俺も参加してるバンド演奏やるんだけど見に来いよ』

『シェルも演奏するのか?』

『まぁね。
といってもメインじゃないけどね』

『・・・こっちの時間が空いたら行って見る』

『空いたら・・・っていうか、絶対来いよ!
じゃあ!ライブでな』

勢いよくドアを閉めてシェルは駆け足で走っていった。
あいつは気ままだな。
ディルはそう思いつつも、見に行ってみようとは思っていた。
これは、ここに来る前の彼では絶対考えられない事であった。






夜のライブということもあり
シェルは1番最初の演奏で登場した。
だが、ディルはまだ診療所で明日の準備等をしていた。
時間はとっくに過ぎて、ディルが診療所を出ようと時計を見る。

『もうはじまってる』

ディルは駆け足でライブ会場に向かう
ところが、シェルは肝心なものを忘れていた。
このライブのチケットをディルに渡し忘れたのである。
当然というべきなのか、ディルはチケットというものを知らず
、そのままでライブ会場にやってきた。

そこにいた受付風の男がディルを見つけて

『ん?あんた医者のディルだよな。
こんなところで何してるんだ?』

『今日、ここでシェルが演奏するって聞いたから
見に来たんです』

『あぁ。王子なら、もう帰ったぞ。
デビューにしては、結構やったほうだぜ
あれは王子にしておくのはもったいないな』

『そうか・・・
それなら用はないようです』

シェルに悪い事をしたと思いつつ
受付の男の話をろくに聞きもせず
ディルはそこから立ち去ろうとした・・・


その目の前に

『あれ?港にいたお医者さんですよね?』

そこには昼間に診療所で医者になろうとしていた
あの女性が立っていた。

『・・・
そうだが・・・
まだ、何か用でもあるのですか?』

あまり関わりたくないと思っていたのか
敬遠するように彼女との距離を遠ざけた。
ところが

『お医者さんもライブ見に来てるんですか?』

『いや、知り合いが出るといっていたので来たが
もう終わったと聞いたんで、帰るところです』

するとその女性はなぜはうっすらと笑い

『そうなんですか?
たまには、こういう場所での息抜きも必要ですよ。
時間がなければ結構ですけど、一緒にライブ見ませんか?』

時間はあるわけではない。
それにこの女性は妙に怪しい。
その印象が大きかったためか、断ろうとすると

『実はチケットが一枚余ってるんですよ。
せっかく買ったのに、もったいないので・・・』

『チケット?』

この時ディルは初めてチケット(パス)の存在を知る事になった。
その光景をみて、受付の男が

『医者君さぁ、これっていいチャンスだと思うんだよ。
"どっちにしても"シェルのライブを見れなかったわけだし
一度経験しておくのも人生勉強になるぜ』

いろんな意味で勘違いしているこの男だったが
人生経験といわれて、ディルも考えを変えてみた。

『あとでチケット代はお支払いするよ』

『・・・え?
あ、いいんですか?
って、チケット代はいいんです。
私の分だけしか払ってませんので』

また、何を言ってるんだ?
という表情をしたが、後の話でもう一つのチケットは
もう一人、来る予定だった人からお金をもらっていたのだが
結局これなくなったので、チケットが余ってしまったということらしい。
ともかくディルにとっては、初めてのライブと
彼女?付きという経験をすることとなった。
だが、この時は本人にはその自覚はなかった。


『ずいぶんうるさいん・・・です・・・な』

その言葉を聞いた彼女は笑いながら

『お医者さんって丁寧語って苦手みたいですね。
私のことは気心のしれた人だと思って
普通に話してくださいね』

『そう・・・か?
一応努力はしているんだが、やっぱ不自然か・・・
いや、ですか』

それを聞いてさらに彼女は笑う。

『ご、ごめんなさい。
そういえば自己紹介がまだでしたね。
私はクレセアって言います。
病院・・・じゃなかった診療所で言ったとおり旅してます』

なぜ、笑われるのかと
ちょっと不思議そうにディルは思っていたが
彼女の勢いに押されて、言葉を返す。

『俺・・・僕・・・いや、私はディルです。
・・・』

『だから、普段の言い方でいいですよ。
というより、昔からあの場所で診療所をやってるんですか?』

また彼女は笑っていた。
ディルはやけにテンションが高い彼女の様子が変だと思い
飲み物を見てみると、アルコール系だということに気がついた。

『ん?
クレセアさんは・・・まだ未成年だよな・・・ね?』

『成年になるまでには夢をかなえたいんですよ』

このあともこの2人、全く会話がかみ合わずに時間が過ぎていく。
それでも不思議と会話が続いていく。
そういう事では
ある意味息が合っているのかもしれない。


『その人はですね!
最近私のことが足手まといになったようなんですよ。
だから、私も言ってあげたんです。
私だって、いつまでも遺跡ばっかりまわりませんよって!』

ライブも終盤に近づくと
ずいぶん彼女は出来上がってきていた。
さすがにここまで来ると、ディルも引き始めている。


『はぁ・・・』

『はぁって!
ディル君も私のこと足手まといにしてるんでしょ?』

『いや、足手まといって・・・』

『あ
そりゃ、そうだ。
まだ私、ディル君の助手になったわけじゃないんだ』

一人で言って勝手に納得している彼女を見て
ディルは改めて、世の中には変わった人がいると実感した。
あまりにも話が食い違うので、適当に相槌をしていたが
そのうち話をしなくなったので、彼女を見てみると

寝ていた。


-彼女はどこに宿があるんだ?
どうするんだ?、
あの診療所にはベッドがないからおいて置けないし-

完全熟睡する彼女を尻目に、ディルは焦っていた。

そしてとうとうライブも終わり
寝ているクレセアを呆然と見ながら、ディルもそこを動けずにいた。


『ん?医者君。
彼女、寝ちゃったんだね。
悪いことは言わないけど、そのままお持ち帰りなよ』

受付の男が近づくなりそう言ったが
お持ち帰り?
意味はわからなかったが、言葉で内容を把握した。

『それは冗談だけど、このままおいて置くわけには行かないから
とりあえず、王子のところに連れて行きなよ。
今、医者君もそこでお世話になってるんだろ?』

『そうだな・・・』

クレセアを背負うと一礼してそのライブ会場を出た。
あと余談だが
この受付の男とは,ガイルという男のことである。


そうしてディルは
彼女をスノーバイクに乗せて別荘に向かった。

別荘の前では、まだ起きていたシェルと
その当時も管理していたライトが待っていた。

『ディル!どこいってたんだよ・・・
って!おいおい!』

ディルが一人でないことにシェルもライトも驚いた。

『そうか、ディルもそういう年頃になったか・・・』

感慨深くライトがうなづくが
ディルの表情は固まっていた。

『冗談はやめてください。
ある事情で、彼女に付き合わされて
その本人は勝手に寝てしまったんだ』

ライトはわかってるよ。
という表情をするとディルの肩を軽く叩き

『私は邪魔しないから、今日は私達がいないと思って自由にここを使ってくれ
もし邪魔なら私は・・・』

『ライトさん。
本当に冗談はやめてください』

『あぁ・・・わかってるって。
でもびっくりするだろ・・・
まさかディルが女を連れて帰ってくるなんで想像できないしな』

『やっぱ俺より、女のほうがいいだろうしな〜ディルもよ』

まだ眠ろうとしないシェルもディルにちょっかいを出したが

『シェル様は早く寝なさい。
これからは大人の時間です』

ライトに言われて、仕方なく部屋に戻った。


とりあえずクレセアは別の個室で寝かせた。

『今日はシェルには悪い事をしてしまった・・・』

ディルはライトにそういうが

『いいんだよ。
シェルもわかってないように見えて、意外に大人なとこがある。
今回見に来てくれなかったことはショックだろうけどさ
これぐらいでディルのことを嫌いになる王子じゃないよ。
それにどちらにしても、チケットを渡し忘れてたみたいだからな・・・』

そう言いまた肩を叩く。

『そういっていただけると、少し安心です。
それでは』

ややうつむきながら部屋に戻っていった。


『このことはロストル先師に言うこともないかな・・・』

ややにが笑いしながライトも部屋に消えた。




次の朝

なかなか起きてこない彼女が心配になり
ディルと興味本位のシェルが部屋に入った。

『それにしても、ディルにも春がきたのか〜
このまま一人だったらどうしようかと心配だったよ、俺はさ』

おまえはどこの親父だ。
という突っ込みこそなかったが
同様の意味で、ディルは軽くシェルの頭を叩いた。

『しかし、取り合えず、目が覚めたら
自分の居場所に帰ってもらおう。
どうも俺は彼女とウマが合わない
・・・悪いがシェルが対応してくれ』

これには
シェルがあのなぁ・・・という表情をした。

『・・・。
冗談だ。
きちんと俺が対応する。
第一シェルに任せたら、余計ややこしいことになる』

『・・・って、どういう意味だよ!それは』

そう言いながらもディルの微妙な変化に
シェルも楽しんでいるようだった。


『・・・ん?
あ、あれ?
ここはどこ?』

『目が覚めましたね。お姫様』

クレセアが起きるなり
シェルは片手を壁につけて斜めによしかかると
もう片手で自分の髪の毛をなでて、カッコつける。

『シェルは黙ってろ』

後ろから,また軽くシェルの頭を叩くと話を続ける。

『クレセアだったよな。
昨日はあの場で寝てしまったから、ここに連れてきたけど
今日はきちんと自分のところに帰りなよ』

『ディル、いくらなんでも
いきなりそういう言い方はないだろう?
というか、俺だけ自己紹介してないみたいだから、言っておくけど
名前はシェル。
このノイズ国の王子さ』

それを言った瞬間にまたディルに突っ込まれるが
クレセアはそれを面白く見ている。

『お2人は漫才コンビですか?
ディル君は医者以外にもこういう才能があるんですね』

『違・・・』

ディルが否定しかけたところをシェルがかぶせる

『そう見える?
でも、残念ながら違うんですよ。
ディルは医者だし、俺は王子なわけ。
失礼だけど、見たところ地元の人には見えないけど
ノイズには観光にでも来たのかい?』

『観光・・・そうですね。
ここにあるといわれている秘境を探しに来たんですが・・・
あることで、仲間と分かれちゃいまして・・・』

まだシェルが話を続けようとするのは今度はディルが抑えて

『昨日の余ったチケットというのも
その人の分だということか。
だからといって・・・』

『いいから、クレセアの言うことを聞こうぜ。
きちんと聞いたうえで、俺らがきちんと送るべきだろ?』

シェルならそう言うだろうな。
ディルはそう思いつつも
、聞くだけなら聞こうと思い軽くうなづいた。


『話ですか・・・。
私、秘境を見るける事以外に
もう一つ見つけたいものがあったんです。
・・・
ここに医術師と呼ばれる医者がいるそうですね』

クレセアの言葉に2人は顔を見合わせる。

『これはほっとけなくなってきたな・・・ディル』

シェルがディルの横腹に肘を当てる。
そのディルは呆然としていた。

『え?
どういうことでしょうか?』

シェルの行動に動揺しているようなクレセア。

『このディルがさ
クレセアのお探しの医術師
・・・の卵』なんだよ』

この言葉にはクレセアは驚くが
すぐに

『あの時は断れましたけど
私、助手がしたいんです』

クレセアは真剣な眼差しでディルを見つめるが
その本人はそれを避けるように
一つため息をする。

『・・・
あの診療所でも言ったけど
俺自身もまだ医術を勉強している。
看護士で手伝ってくれるなら別だ・・・。
いや、仮に看護士だとしても
医術師の勉強は出来ない。
この技術はログスにしか与えられない秘術でもあるしな』

突き放すように話したつもりのディルだったが
それを聞いてクレセアはさらに目を輝かせる。

『ディルさんが、いやでなければ
私は、ログスの一員になります』


は!?

2人はまた顔を見合わせる。

『と言いますと・・・?』

シェルが確認のために
もう一度聞きなおすが

『ログスに嫁ぐってことです』

この言葉を聞く以前に実はディルは固まっていた。
そういうことを言う人に出会ったことが無いことは当然だが
ある意味でプロポーズとも取られる言葉を言われたことが
かなりの衝撃になっていたようである。


『い・・・
いや〜、それにしても〜
なんで、クレセアは医術師を目指してるの?』

その不思議な間を消すようにシェルが聞きなおす。
相変わらずディルは固まっている。

『助けたい人がいるんです・・・。
一人はダメでしたけど・・・
でも私は、
自分の力で助けたいんです』

クレセアは真剣そのものだった。
それを2人も感じてたからこそ
余計目が点になっていた。


『・・・。
医者ではなく医術師にこだわるのは
・・・現代では治らない病か何かか?』

一つ深呼吸をして
冷静にディルが聞きかえす。
しかし
これにはクレセアは答える気配が無い。

『誰かを助けたい・・・
それだけの理由じゃダメですか?』

クレセアは最後にそう言うと
ベットから降り、ディルの前に立つ。

ディルにはそのクレセアが今にも泣きそうに見えた。
しかし、それ以上に
クレセアの最後の言葉が心に引っかかった。


『取り合えず、手伝ってもらってから・・・
考える』

ディルはクレセアを見ないように
そのまま部屋を出た。

今度は残された二人が顔を見合わせる。

『クレセアさ、
この部屋はしばらく貸してあげるよ。
ディルは結構世間知らずのところがあるからさ
色々教えてあげてよ』

軽く笑うとシェルも続いて部屋を出た。

そのシェルに軽くおじきをして
クレセアはそのベットに座り込んだ。




それから

クレセアがディルのもとで働き出した。
意外に、医療関係の勉強をしていたらしく
ディルが思うほどクレセアは足手まといではなかった。

そしてクレセアが来てからというもの
ディルの診療所はさらに活気づいた。


ある日

『ディル先生。
ちょっとイイですか?』

仕事が終わったあと
クレセアが突然何かを持ってきた。

『ん?
どうしたんだ、これ?』

それは今のディルがしている朱色のバンダナであった。

『何か忘れてませんか?
今日はディル先生の誕生日ですよ』

誕生日?
そんなことはすっかり忘れていたディルにとって
思いがけないプレゼントだった。
何よりそういう行事ごとにディルはあまり興味が無かった。

『あぁ・・ありがとう』

そうは言ったが、ふと思った。
確かに前髪が少し長かったので
うっとうしくは見えていたかもしれないが
手術等は白頭巾に似たもので頭を覆っているため
問題なかった。
しかし、せっかく貰ったものだと思ったことと
何よりクレセアが早くつけてみてという顔をしていたため
仕方ないように額につけてみた。

『やっぱ似合うね。
いいよ!イイ』

一人で喜んでいるクレセアを横目に鏡を見たディルは

-色合い悪くないか?-

とだけ思った・・・。




その日

クレセアがディルのもとで手伝い始めて
半年近くになろうとしていた。

仕事も終わり2人は、港にある飲み屋へ向かった。
ディル自身はほとんど酒は飲まないため
クレセアに付き合う形であった。

二人用の小さな席を見つけると
クレセアは一目散にそこに座る。
それをゆっくりと追うようにディルが座る。

いつもと同じようにクレセアはアルコール
ディルはソフトドリンクを注文する。

『医術師になるにはお酒はご法度ですか?』

『いや・・・ただ、オレは・・・』

下戸なんだと言おうとしたが
分かってるよというような表情をしたので
その言葉を引っ込めた。


『ねぇ・・・
いつ家に帰るの?』

急にまじめな表情になったので
一瞬とまどったが真面目な時は
きちんと言葉を返そうと思いクレセアの方を見た。

『フフッ
真面目な顔してるね。
うん・・・そこがディル先生のいいところだよ。
でもさ・・・
仮に私が病にかかっても同じように対応できる?』

・・・。
即答できなかった。
ひと昔のディルなら即答できたこてであろう。
そんな不思議な感情をディルは苛ただしく思った。
そしてこたえようと一呼吸した時

『ディル・・・?
なんか体が変なんだけど・・・』

そのクレセアを見ると明らかに体が震えている。
中毒でも禁断症状とも考えにくい。
というよりまだ飲み始めて数分である。

『どうした?
しっかりしろ!』

目が閉じたクレセアに呼びかけるが
彼女が目をあけることは
この後、無かった。

しかし、そういうことになるとも知らず
ディルは無我夢中でマネキンのように固くなったクレセアを
スノーバイクに乗せるとそのままシェル達のいる別荘に向かう。


『ライトさん!フェアリーバイクを出してください!』

入るなりディルには珍しい大声で叫んだ。
その声に当然に驚いてシェルとライトがそれぞれ部屋から出てくる。
事情を話し、ディルはクレセアを乗せログレスに向かった・・・。

事情を聞いていたログスは
ログレスの門の入り口でアンを待たせていた。

『早くその譲さんを乗せなよ』

『ああ』

固いクレセアをアンの引っ張っているそりに乗せ
それにディルも乗せ走る。

『症状はわかっているの?』

『・・・。
モウドウの状況・・・や、
コウ系等からみて・・・
恐らく・・・ショック系の病だ。
アルコールに・・・反応している可能性も
・・・ある』

『ずいぶん慌ててるんだね。
その女性って、ディルの彼女なの?』

そのアンの問いには何も答えず
目を閉じたクレセアを見ていた。


建物入り口に着くとすでに
父であるロストル先師と、その親ドクトルが待ち構えていた。
クレセアはすぐに手術室に運ばれ
、ディルは別室で医服に着替える。

『ディル、準備できた?』

すでに準備完了したアンがその部屋に入ってくる。
しかし、ちょっとディルの様子がおかしい。

『震えてるの?
・・・体調がよくないなら、クレイルに任せようか?』

アンが言うように
ディルは医服に着替えたとたん、体が震え出した。
ディルはあのクレセアのセリフが引っかかっていた。


-「仮に私が病にかかっても同じように対応できる?」-


-クレセアは知っていたんだ。
自分が何かの病にかかっていることを。
・・・だが、誰を助けようとしていたんだ?-


クレセアはあまり自分以外の話はしなかった。
双子の妹がいるというぐらいだった。
この時のディルには冷静に考えるだけの心情ではなかった。
だが、それが腹ただしく、自分を責め立てる。


その体を誰かに叩かれて
それで一気に我に帰る。

『もう準備は出来てるよ。
自分でやるんでしょ?』

軽くディルはうなづくと
ゴムのような性質の手袋をアンに付けてもらう。

『絶対助ける。
クレセアはそれで、ここに来たんだ』


手術室

筋肉系統が全て麻痺してしまう状態。
S・D症。
普通の医術では原因不明といわれ
そのままで終わってしまう。
しかし、これは不治の病ではない。
それは医術師である、ログスでは当然のことであった。

『主事はお前だ。ディル』

そうとだけ言うとロストル先師はマスクをした。
そこにいる全員が軽くうなづき
手術が始まる。

しばらく大掛かりな手術をしてなかったのがウソのように
手馴れた手つきで手術をする。
ロストル先師は
そのディルの手法に改めて感心した。
しかし
ドクトルの表情は曇っている。

『ディルや・・・
焦りは厳禁だ。
だがすばやく作業することも大事だ。
お主は・・・
この女子を特別視しておらぬか?』

首を軽く横に振るディル。
しかし、その言葉を聞いたとたん手元が怪しくなる。

『ディル・・・おい』

ディルの助手という形で、弟のクレイルもそこにはいた。
ディルは明らかに動揺している。

『・・・ウソだ・・・』

ディルはその瞬間
そうとだけ言うと、手を止めた。

その後
周りが何を言っても耳には入ってこなかった・・・。




手術は終わった。
結果は・・・。


手術室からなかなか出てこないディルを
アンが呼びにいった。

『S・Dは絶対治る病じゃないよ。
ただ、免疫さえあれば・・・ね』

『喋るなよ・・・。
ドクトル先師代のいうとおりさ・・・
俺は冷静になれなかった・・・。
いや、何も分からない。
あの時、あの言葉を聞いてから
ほとんど何も覚えてないんだ・・・』

その場に力なくしゃがみ込む。
そして右拳を何度も床に叩く。

それを見てアンは何も言えず
その場から立ち去る・・・。


それに入れ替わるように
弟のクレイルがやってきた。
そして、ディルを見るなり何かを目の前に投げる

『兄貴は知らんだろうけどよ
今回の手術は俺がやるはずだったんだ。
兄貴はこの患者に関わりすぎてるからな。
だが、先師はお前を指名した。
先師もどういうつもりか知らないが、結果はこれだ。
・・・。
はっきり言っておくぜ。
ここに兄貴はいらねぇよ。
その剣は魔剣って言う魔城のアイテムだ。
先師がお前に渡せといって渡されたもんだ。
・・・
意味わかってるんだろ?』

そう言い畳み掛けるとクレイルもそこを出て行った。

-・・・魔剣。
シェルが言っていた・・・
未知の土地、魔城にある剣・・・
俺に、そこに行けとでも言うのか?-

口には出さず、剣を手にとると
その剣に何かを吸われる不思議な感覚を覚えた。

『伸びるのか?』

短刀ほどの剣先はディルがイメージするだけで
長刀になった。

『・・・これが・・魔剣
だが・・・これをどうしろと』

剣をもとに戻した瞬間誰かの気配に気づく。
振り返るとドクトル先師代がそこにはいた。

『ディルや・・・
その剣はここに帰ってくるための武器であると同時に
お主の力になってくれるだろう。
思ったとおり使いこなせそうだしな・・・
アンもクレイルも全く使えぬ。
お主が、ここの後を継ぐに相応しき才能だ。
だが、今ここに残るとは言えまい』

・・・。
ドクトルの言葉はディルに大きく重く突き刺さる。
別に力を欲しいとは思っていない。
ただ、今この場にいても同じ過ちを繰り返す
そう思っていた。


『あと、あの女子のことだが・・・
会えるかも知れんぞ』

ディルはその言葉に飛び跳ねるように反応し
実際立ち上がった。

『・・・クレセアはもういないんだぞ。
さっきまでは・・・』

『お主がお主をどうしても許せぬのなら
クレセアに会える場所がある。
七秘宝を探せ。
その一つ【生命石】がその思いを果たすだろう。
息子が魔剣をお主に授けたのはそういう意味だ』

『・・・そんな伝説・・・
信じる人はいるのか?
生命石は思いが強いものを蘇らせる奇跡の石・・・だったか』

それを聞いたドクトルはディルの肩を軽くたたき

『今のお主も伝説級だよ・・・。

わしらは人だ。
相手も人だ。
伝説を作ったのも人だ。
仮に自分が絶対誰でも治すことのできる人だと思っているなら
今の話しも、信じることも出来よう』

言いながらその場から消えた。

ドクトル先師代とは
ディルの関係は父であるロストルより深い。
しかし、彼のいう言葉はディルには意味不明のことが多かった。
それでも不思議と雰囲気でその意味を読み取っていた。


-オレは・・・絶対助けようと思った。
・・・だけど・・・
こんな自分じゃ、まだ誰も救えない・・・。
どうしたらいいのかも分からない。
ただ、クレセアに・・・-


そう思ったら、その剣を握り締め
自分の家を出る決心をした。

そしてすぐ荷物をまとめ外に出ようとした。


『どこに行くの?ディル。』

そこにはアンがいた。

『この剣・・・
先師はどういうつもりで渡したんだろうな・・・』

『・・・え?
私に聞いてるの?』

今までのディルは
親代わりに近いドクトル以外には
けして人に何かを聞こうとする性格ではなかった。
それがここまで変化していたことに、アンは驚きを隠せなかった。

『ここにゴーレムがいるって事は知ってるよね。
その魔剣はそのゴーレムに反応するように出来てる。
仮にここに戻ってきた時でも大丈夫って事じゃないのかな?』

『・・・そうなのか?
だが俺は、ほぼ勘当されてもいいような処置をしたはずだ。
なのになぜ・・・』

不思議がるディルにアンはうっすら笑うと

『期待してるって事だよ。
でも、プレッシャーには思わないでね。
私は、ディルにはもっと世界を見てほしいと思ってるから。
世界を見たときに、ここで学んだこと以外のなにかがあると思うから・・・。
って、私もそんなに他の世界知らないけどさ〜』

そう言うと振り返り建物に向かう。
少し歩いて止まると、また振り返る。

『ここがディルの家だからね』

そうとだけ言うと再び振り返り
建物に消えていった・・・。


それを見ても特に反応しなかったが
確かな何かを持ってディルは
ログ・ディルから、ただのディルになった。




2年後 現在

同じくログレス
ログスの建物前

『お前が手術をする前に
先に手術台で私とドクトル先師代が
クレセアに会っていたのは分かるだろ。
そのときに、信じられんがクレセアが口を開いたんだ』

『うそを言わないで下さい!
S・D症だったクレセアが
皮膚を動かすことすら出来ないはずです!』

感情的になるのは仕方ない。
そういった表情でロストルはそれを無視するように続ける。

『クレセアという女がいった言葉は
1.手術はディルにしてほしいということ
1.自分をS・D症の免疫として使ってほしいということと
自分と同じ病である双子の妹のために使ってほしい。
そういうことだけだ』


ありえない。
ロストル先師が作った、作り話だ・・・。
そうディルは思ったが
ロストル先師はクレセアに双子の妹がいることは知らないはず。
そう思うと、深く考え込んでしまった。

『私からの話しは以上だ。
さっさと手術室にこい。
また、同じ繰り返しをするのか?』

考え込んでいるディルを横目に
ロストル先師は先に建物に消えた。


・・・。
真実は後でわかればいい。
そう開き直ったディルは
ロストル先師にやや遅れつつ建物に入った。







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D・Tに戻ります。