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はしらのはなし・営業日誌(2007年秋) その3

・営業その5 

次も、予定外の書店へ。
電車の車窓から見えたので、喜多見駅でヒョイと下車してみた。

外観は、平屋だが大きな書店である。
しかし、中へ入ってみると、棚と棚の間隔がやけに広い。
壁際には雑誌が表紙を向けて並べてあり、
一般書が充実しているようには見えない。
ゴルフの本とか、子ども向けの本が目立つ。

それでも、本を置くか置かないか、決めるのは書店だと思い、
レジの女性に声をかけてみた。その人が店長らしい。
説明をすると、3冊注文をしてくれた。無表情で。
飛び込みの営業に対しては、
この表情がスタンダードなのだろうと悟る。
こちらはもちろん、ニコニコ、ペコペコです。

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・ 営業その6、7

次の狛江駅で下車。
調べたところによると、この町には書店が3つほどあるらしい。
しかし、1つは閉店していた。

商業ビルの2階にある書店へ。
棚の整理をしている女性に声をかけると、
「店長は今日休みなので・・」とのこと。
チラシだけ受け取ってもらう。

次に、駅の反対口にあるはずの書店に向かうと、
古本屋さんだった。

電車の高架下にある、もう1軒の書店へ。
レジに所にいる女性に声をかけると、
奥の事務所へ行き、戻ってきて
「えーと、社長に電話をして話してもらえますか」と言う。
店長ではなく、ここは社長なのか。ふうーん。

社長さんの自宅の電話番号を教えてくれたが、
「10時過ぎには店に出ていますので、そちらでも
かまいません」と言う。
「エッ、夜の10時過ぎ、ですか?」
そうだと言う。店の電話も教えてもらい、店を出た。
その時に話しかけた女性も、レジにあと二人いた
若い店員さんも、こちらを見て微笑んで会釈してくれた。
まあ、若いのにずいぶん愛想の良い人たちだこと。
と思ったが、ちょっと不思議な感じもした。

その日の夜10時過ぎ、店に電話すると、社長さんが出た。
夕方に伺ったということと、本の内容の説明をすると
「おもしろそうだね、10か15入れるよ。明日新風舎に
電話注文します」と言ってくれた。
郷土の作家さんのコーナーに一緒に置いてくれるとのこと。

それだけの話なのだが、すごくおしゃべりが
好きな社長さんで、次から次へとオヤジギャグ混じりに
自分のことやお店のことをお話ししてくれるので、
こちらはなかなかお礼の一言も差し挟めないのだった。
夕方の、店員さんの不思議な微笑みの意味がやっとわかった。
「すみませんねー、うちの社長、ちょっと
変わってますけどビックリしないでくださいねー」
そういう意味だったのね。

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・小さな本屋さん

この日最後に、和泉多摩川駅下車。もう一つの書店へ向かった。
ネットで調べていて知った店で、
ちょっとこだわりのある店主さんと猫がいる、
変わった雰囲気の書店らしい。
私はなんとなく、全共闘世代くらいの人が自分の趣味にこだわって
やっているような書店かな?なんて想像していた。

小さい、静かな商店街を歩き始めるとじきに見つかった。
間口の狭い、古ぼけた2階建ての建物。
とても小さく、正直入りづらい本屋さん。
手前のレジの所に店主が立っている様子。
よく見ると、長いスカートをはいた女性のようだ。
女性客が一人見えた。
男性客が入ったので、私もあとについて入った。

女性客は幼い子を連れた母親で、
絵本などをめくっては明るく笑っているので一安心。
店主は眼鏡をかけたおばあさんで、レジ台に
寄り掛かるように立って文庫本を読んでいる。

新本の書店のはずなのに、色が褪せた本。
少し空いた棚にうっすらかかる、蜘蛛の糸・・。
残念ながら、猫は見あたらない。
店の奥の壁に、猫の大きな絵が掛けてあった。
奥の戸が開いており、薄暗い物置のような空間に
「○○書房」と書かれた大きめの看板が立てかけてあった。

店を出ようとしたころ、絵本を見ながらはしゃいでいた
幼な子が、コロコロコテン、とコケた。
母親は「まったくもう」と苦笑混じりに怒り、
顔を少し上げた店主と私はなんとなく微笑んだ。
夕暮れた初めて訪れた町で、不思議な時間をいただいた。

もちろん、「私の本を置いて下さい」という話は
一切しないまま、店を後にした。
あの店の棚の中に自分の本が収まって色褪せてゆくのも
悪くないかなあ、なんて思ったけれども。