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湘南軌道を歩く  二宮側へ再訪3

 次に、一色停留所跡と中里停留所跡が残っているとのご指摘について。

 中里停留所ですが、残念ながら私には確認することができませんでした。
秦野から二宮へ向かって軌道跡が新幹線をくぐる手前、軌道跡と新道が交差する付近であるらしいことは資料の地図などからわかるのですが、確たる物証は見つけられませんでした。
 私は本編の12で「葛川ぞいの道に軌道跡は続く」と書き、低いホームのような構造物があると書きましたが、今思うと私の思いこみの確率が高いです。軌道跡とバイパスが合流した後は、小田原厚木道路をくぐった少し先まで軌道跡はバイパスと重なっているようです。

 一色停留所は、一色分校の裏側を見てはとのご指摘でしたので、校舎の回りをぐるりと歩きました。
そうしたら、地面に埋まっている物を見つけました。(下の写真参照)
まるでレールのような、錆びついた長いもので、2本見えました。
 長く露わになっている方は、端の方に何か引っかけるような形状とねじ穴のようなものがついており、途中にも留め金のような物がいくつかついていて、レールのような断面は確認できませんでした。
もう一つの方は、表面だけ見るとまるで軽便のレールのようです。
もし、これらが軽便鉄道に何か関わりのある物であるとしても、軌道跡と垂直方向に埋まっているので、そこが一色停留所であったとは思えません。それに、先に書いたように、分校と湘南軌道は同時代に存在していたと思われますから、分校のすぐ裏が停留所ということはなかったのではないかと私は思います。

 ちなみに、『二宮町郷土誌』131ページに「軽便鉄道路線図」が掲載されており、そこには
「一色停留所(現在消防器具置場)」との記述がありますが、それらしい場所は確認できませんでした。
 また、『ふるさと見つけた軽便鉄道 秦野の軽便鉄道小史』にも「湘南軌道の停車場一覧」という地図が掲載されていて、駅があった付近の写真というのが載っています。ただ、この地図は道路と川の区別がつきにくく、秦野駅と台町駅の図示が誤っているなど、やや見にくいです。

(分校跡の裏側にて。正面奥を左右に走る道が軌道跡)


(残念ながら、レールではなさそうです)


(こちらもレールではなさそうに見えます)