2.アカハラダカの繁殖

 韓国の研究者によれば、5月ごろ朝鮮半島にやってきたアカハラダカは前面に農耕地や草地が広がる林縁の高木に営巣する。そして5月末から6月始め頃に、3〜5個を産卵するが通常は4個が普通である。抱卵の時期は、普通25,6日で(時に30日ぐらいになることもある)、6月末ごろから7月初めに孵化する。そして孵化後、最短19日から25日ぐらいで巣立つ。時期は、7月末から8月初めになるという。 そして巣立った後も、幼鳥は8月いっぱい頃までは親のテリトリーで生活する。しかし9月の渡りでは親子は別々に渡るという。
 それはともかく、アカハラダカは9月中旬をピークに9月一杯対馬の内山上空を渡っていくので、
今年生まれの若鳥は孵化からわずか1月から1月半で、東南アジアの越冬地まで数千キロの旅をすることになる。

・なお、アカハラダカのテリトリーは、何かの書物で約1平方kmとあったように覚えていたが、 この話を伺った崔さんによると繁殖をしているペアのテリトリーは約2ヘクタールで、 繁殖している巣と巣の間は500mしか離れていない例もあったと聞かされ驚いた。

・もうひとつ面白く思ったのは、食物連鎖の頂点に位置する大型の猛禽が産む卵の数はせいぜい2〜3個であるが、アカハラダカはツミやハイタカと同じ3〜5個ということで、これらはこうした小型のタカの捕食する餌の種類と量によるものなのだろうか。

・餌といえば、アカハラダカの主たる餌はカエルだったのが、近年はバッタなどの昆虫類が主になっているという。カエルに比べると栄養価は格段に落ちると思われるが、アカハラダカの繁殖にどれぐらいの影響を与えているものだろう。近年、内山峠で観察するアカハラダカのカウント数は、かつてのようにあまり伸びないが全体の生息数が減っているのではないかと気がかりである。

・また、今年の繁殖について興味ある話も伺った。2005年は、アカハラダカの繁殖では平均して3つの巣、12個の卵の内11個が孵化した。ところが今年は同じ3つの巣12個の卵でいうと孵化したのは6個だったという。6月の長雨で繁殖を失敗するペアが多かったらしい。そう言えば、今年の渡りで見るアカハラダカは幼鳥が少ないという感じがあったが、どうもそれを裏付けている話であるように思った。



3.アカハラダカの渡りのコース

◆対馬で見られるアカハラダカの渡りは、秋には10数万羽に達するアカハラダカが内山上空を通過していく。
 この内山上空で観察されるアカハラダカの群れは、ほぼ南南東方向に走っていく。また、内山峠が渡りに不向きな北東の強風のときは、内山より北の厳原上空から飛び出したり、反対に南の豆酘の上空から飛び出していくこともたびたび観察されている。さらに地元の漁師の方々の話では海上を大きな群れが通過しているのをたびたび見るという。これらのことからアカハラダカの渡りは必ずしも内山峠に限らないと思われるが、渡るアカハラダカにとっては高度を稼ぐ上昇気流などが安定して発生するなどの地形的な特徴を感知して峠上空に集まるのではないかと考えている。
 さて内山上空を通過し玄界灘を渡った群れは、一般的には、九州の西沿岸を掠めるように南下し薩南諸島〜琉球列島を経由して台湾、フィリピン、インドシナ半島あたりに達するというコースで渡っているのではないか思われる。
 ところで対馬を発ったであろうアカハラダカの群れは佐世保の烏帽子岳や諫早の五家原岳あるいは長崎の稲佐山上空で観察されるが、その日に対馬を発った群れの数に遠く及ばないことが多い。一方、アカハラダカの群れは五島列島でも観察される。このことから、玄界灘に出たアカハラダカは九州沿岸からその西方海上にかけて扇形に広がるように分散していることも考えられる。あるいはいくつかの群れは東シナ海を横切り中国本土に回るのもいると思っている。

◆一方、このように秋にはまるで川がながれるような壮観さで渡っていくアカハラダカも、春には単独かせいぜい数羽の群れが観察される程度で、秋の渡りとは比べようもない。
このことからも、アカハラダカの渡りコースは春と秋とでは違うことがわかる。つまり春のアカハラダカの北上は、秋のような海上を選ばず中国大陸を北上し、直接、繁殖地に到達するのではないだろうか。そのように考えると春の対馬でアカハラダカが少ないことが説明できる。中国大陸を北上した群れが黄海あたりを横切って朝鮮半島に達するが、その一部がジェット気流などに流されて対馬に姿を見せると考えれば納得がいく。
 では何故、春と秋で渡るコースが違うのかといえば、秋の渡りにはその年生まれの幼鳥が混じっていることが海路を選ぶ最大の理由ではないかと考える。内山上空で観察していると、渡るアカハラダカを狙ってハヤブサが遊弋している場面をたびたび観察する。そしてこのハヤブサはアカハラダカを狩るのである。そのため上空にハヤブサが現れるとアカハラダカの群は一斉に散らばる。このことから考えても、幼鳥たちにとっては、こうしたハヤブサなどが待ち構える大陸沿いのコースの方は危険が大きく、海路の方が比較的安全であるということではないだろうか。


4.内山峠での渡り

 内山峠でアカハラダカの渡りを観察していると、一日のうちでも渡る数に特徴がある。アカハラダカは日の出とともに渡り始める。最初に渡り始めるのは午前6時過ぎ、前日までに島内に到着していた個体だと思われる。周囲の山々から飛び出し上昇気流を探しながら群になっていく。羽ばたきながら上空を目指すアカハラダカは、朝日を受けて白い裏羽がキラキラと銀色に輝いてとても美しい。
 この渡りのラッシュが一段落するのが8時〜9時ごろである。観察数がガクンと落ちるこの時間を過ぎると再び渡るアカハラダカが増えてくる。この群は早朝の群に比べると群が格段に大きく数千の群がいくつも通過する。この群は直接朝鮮半島を飛び出して内山上空に達した個体群と思われ、一般にいきなり高高度で飛来する。峠の天候の様子ではここで上昇気流に乗って高度を稼ごうとして数千の群のタカ柱を作ることもしばしばである。そして高度が十分上がるとタカ柱は解け、一斉に滑空し始める。小さいのにまるでB29の編隊飛行のように、堂々とそして決然という感じで大海原に飛び出していく。
 ところで、アカハラダカの飛行速度は約50km/時程度と言われるので、日の出とともに朝鮮半島から海峡に飛び出すとすると、対馬到着は9時から9時半ごろになる。しかし、この半島からの第一陣のピークは10時から11時台である。国内の一部の有志によって韓国からの飛び出し口の調査が行われたが、釜山付近では確認できなかったらしい。もしかしたら韓国からの出発は海岸地方からではなく、上昇気流が発達する内陸部が飛び出し口になっているのかもしれない。そうすると、第1陣の到着の遅れも何とか説明できる。
 それはともかく、晴れて北西の緩やかな追い風となった日は、第2陣が12時過ぎぐらいから対馬に到達し始め、玄界灘に抜けていく。普通は午後3時近くまで渡りは続くが、それ以降に到着した個体はおおむねその日は島内に下りて休息するようである。
(参照)


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