控訴理由書

第五 本案前の争点について

  一 本件異議申立についての決定を受けていない原告の訴えの適法性について

  1 原判決は、以下のように判示している。

   @ 法八七条の三第六項、八七条一〇項は、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画に不服がある者は、当該変更計画に対する異議申立についての決定に対してのみ、取消の訴えを提起することができると規定しており、いわゆる裁決主義を採用している。

   A これは、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画において定められる事項が専門的技術的な事項にわたるため、右異議申立についての行政庁の判断を経ないで直ちに当該変更計画の取消訴訟を提起し得るとすることが妥当でないことから、当該変更計画に不服がある者は、まず異議申立をし、異議申立を棄却する旨の決定を受けた後に、右棄却決定の取消訴訟を提起し、右訴訟において当該変更計画の当否を争うべきこととした趣旨を含む。

   B このような法の仕組み等に鑑みると、

    イ ある者が、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画に対して異議申立てをし、右異議申立てを棄却する旨の決定を受けた場合において

    ロ 当該変更計画に対し異議申立てをしておらず棄却決定の名宛人となっていない者が、右棄却決定の取消を求める訴えを提起しても、両者が当該変更計画に対し、一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、右異議申立てが同時に異議申立てをせず棄却決定の名宛人となっていないのに訴えを提起した右の者のための異議申立てでもあるといえるような特段の事情がない限り、右訴えを適法な訴えと解することはできない。

   としている(九三〜九五頁)。

  2 控訴人の主張

    前記1に記載した原判決の論理を前提にしても、異議申立てをして棄却決定を受けた者と異議申立てをしていない者との間に、本件変更計画に対し、一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、右異議申立てが同時に異議申立てをせず棄却決定の名宛人となっていないのに訴えを提起した右の者のための異議申立てでもあるといえるような場合には、後者に原告適格が認められることになる。

    そして、異議申立てをせず棄却決定の名宛人となっていないのに訴えを提起した者の中で、三条資格者については、本件訴訟において本件変更計画の違法を理由に本件異議申立てに対する決定を取り消す旨の判決がなされ、右判決が確定したときは、本件変更計画は、その効力を失うことになるので、三条資格者は、本件変更計画から受ける制約を免れることになり、また、本件訴訟において、控訴人らの請求が棄却ないし却下する旨の判決がなされ、右判決が確定したときは、三条資格者が本件変更計画に服することが確定することになる。したがって、三条資格者は、原判決のいう、一体的な利害関係を有する者として、原告適格が認められるというべきである。これらに該当する者が一九名存在する。

    さらに、異議申立てをしていない原告の中には、異議申立てをしていない三条資格者の家族も含まれているが、これらの家族も一体的な利害関係を有する者と考えるべきである。けだし、農家における農作業は、農家の世帯員の共同作業によって行われることが多く、誰が農業経営の中心的な役割を担い、農業経営における損益が帰着する者かの判断で三条資格者を確定することは困難であり、ましてやその判断を対象農家自体が行うことは一層困難である。

    また個別の同意取得の際に、誰をどのような理由で三条資格者と認定したのかの説明もされないのであるから、行政から三条資格者であると認定された者が異議申立てをしていなくても、その家族も実質的には、本件計画による制約に対して利害関係を有すると考えるべきであって、当然、これらの者も原告適格が認められるべきである。これに該当する者は二四名いる。なお具体的に誰が該当するかについては追って主張する。

 

 二 異議申立てはしているが三条資格者でない原告の訴えの適法性について

  1 原判決は

   @ 法八七条の三第六項、八七条一〇項の「不服がある者」とは行訴法九条の「法律上の利益を有する者」と同義であると解されるとし、

   A そして、「法律上の利益を有するもの」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上の保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。

   B そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである。

   としている(九七〜九九頁)。

  2 控訴人の主張

   (一) しかしながら、今日のように高度に複雑化した社会においては、単に国民相互の間の私法上の権利関係が複雑化するのみならず、微妙な事実上の利害が互いに因果関係を生じ、複雑多岐に錯綜し、かつ現実の生活に無視しえない結果を招来することも生じる。他方、行政の作用領域も質的、量的に著しく増大し、国民の日常生活は、多種多様な形式による行政活動に密着した関係に立ち、これに対する依存度も高くなり、したがって、一つの行政上の措置の効果は、直接の当事者のみならず、ますます広く多数の第三者の利益に複雑かつ深刻に影響を及ぼすに至っている。

     こうしたことを考慮すれば、ある公益目的達成のための行政処分をなすにあたり、右処分に伴い、直接に影響を及ぼすものとして現実に配慮されるべき事実上の効果は、それ自体処分と不可分のものと考えるのが相当であるから、これもまた法的効果というべきである。

     したがって、行訴法九条にいう「法律上の利益」は単なる実体法の権利ないし保護法益にとどまらず、事実上の利益をも含むものと解すべきであるし、その利益を侵害される者であれば、必ずしも処分当事者に限られず、第三者であっても、その処分を争いうると解すべきである。

   (二) そして、本件事業は、川辺川ダムの建設を前提としており、両者は密接不可分の関係にあるが、川辺川ダムが建設された場合、三条資格者でない者も、これまで享受してきた川辺川の豊かな清流を失い、ダムの放水による洪水の危険にさらされるなど事実上の多大な影響を受け、良好な環境を享受する権利を侵害され、あるいは財産権を侵害され、場合によっては生命、身体を損なわれる危険にさらされることになる。これらの権利や利益は、本件変更計画を決定するに当たっても当然に配慮されるべきである。

     したがって、原告適格を有する者を三条資格者に限定すべきではない。本件計画が抽象的な青写真ではなく、市民の生存権、財産権などに直接かかわる具体的計画であることからすれば、土地に利害関係をもつ農民の原告適格を認めなければならないだけでなく、控訴人ら全員に原告適格が認められるべきである。

   (三) 仮に、原判決を前提としても、

    イ 三条資格者ではなくても、対象土地に地上権、永小作権、賃借権等の権利を有する者

    ロ 当該三条資格者が原告となっていない場合のその家族

    については、原告適格を認めるべきである。

     すなわち、原判決の見解を前提としても、「法律上の利益を有する者」が三条資格者に限定されることにはならないのである。例えば,土地改良法六一条は、組合員でない者(三条資格者でない者)の権利に関する規定であり、少なくとも三条資格者ではないが、対象地に地上権や永小作権、賃借権等を有している者については、これらの権利を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解されるのである。本件において、これらの権利の存否を確認したとされる農家基本台帳の記載の正確性には大きな疑問があり、その把握が不十分であることからすればなおさらである。

   (四) また、三条資格者が原告となっておらず、その家族が原告となっている場合については、前記一、2項で述べたように、農家における農作業は、農家の世帯員の共同作業によって行われることが多く、誰が農業経営の中心的な役割を担い、農業経営における損益が帰着する者かの判断で三条資格者を確定することは困難であり、ましてやその判断を対象農家自体が行うことは一層困難である。また個別の同意取得の際に、誰をどのような理由で三条資格者と認定したのかの説明もされないのであるから、行政から三条資格者であると認定された者が原告となっていなくても、その家族も実質的には、本件計画による制約に対して利害関係を有すると考えるべきであって、当然、これらの者にも原告適格が認められるべきである。これに該当する者は五三名いるが、具体的に誰が該当するかについては追って主張する。