第四 本件決定に固有の違法性の有無について
一 本件決定が土地改良法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無について
1 原判決は、「法八七条七項はいわゆる訓示規定と解するべきであり、本件決定が同条項所定の期間を経過した後になされたからといって、また、その期間の徒過が長期間にわたるからといって、本件決定に取消原因となるような違法があるとはいえ」ないと判示している。
しかしながら、原判決の認定には、事実誤認及び法令解釈(憲法解釈)の誤りがある。
2 土地改良法八七条六項は、「縦覧期間満了の日の翌日から起算して十五日以内」に異議申立てを行わなければならないと規定している。行政不服審査法による異議申立ての期間は、「処分があったことを知った日から起算して六十日以内」とされているが(同法四五条)、土地改良事業については速やかに法律関係の安定を図る等の必要があるため、行政不服審査法の定める期間を短縮して、縦覧期間満了の日の翌日から起算して十五日以内と規定している。
そのため、行政不服審査法は、裁決をなすべき期間について特に定めを置いていないにもかかわらず、土地改良法八七条第七項は、「縦覧期間満了後六十日以内」に決定をしなければならないと規定して、決定期間を法定している。
土地改良事業について、速やかに法律関係の安定を図るという土地改良法の趣旨から考えれば、六十日以内という決定期間は、十分に尊重されなければならず、例外的に決定期間を徒過する場合であっても、速やかに決定が下されなければ違法な決定として取消原因になると考えるべきである。
3 原告最終準備書面(平成一二年三月六日付)の異議申立ての経緯(九八頁以下)で述べたように、異議申立人は、被控訴人が口頭による意見陳述の期日の設定を行わないので、再三にわたり口頭審理の実施を求めた(甲第八、九号証第6項、甲第一一、一二号証第3項、甲第一三号証第6項、甲第一四号証第3項、甲第一六号証第6項、甲第一七号証第4項)。そればかりか、被控訴人は、「平成六年一二月二九日付けで提出したと述べている口頭審理申立書は、未だ到達していないため、当該申立書を誰が、どこへ、どのような方法により提出したのか、また、申立ての内容はどのようなものかについて明らかにすること」(甲第一○号証)と称して、発送後一カ月近くが経過しているにもかかわらず、口頭審理申立書が到達していないとする不誠実な対応にでた。
そこで、異議申立人は、「異議申立書の補正書(2)」(甲第二五号証)をもって、具体的に口頭審理の実施方法について提案し、その後も法律に従い法定期間内に手続きを行うよう申し入れるとともに(甲第二六、二七号証)、それまでのやり取りの経過を記載した「口頭審理実施についての意見書」(甲第二八、二九、九五、九六号証)を送付して、早急に口頭審理の機会を設けるように求めた。
ところが、被控訴人は、縦覧期間満了後から一年三〜四カ月が経過した平成八年三月二九日に至って、本件決定を行った。
したがって、法定期間の徒過は、もっぱら被控訴人の不誠実な対応に由来するといわざるをえない。
4 加えて、行政不服審査法は、前述のように、行政処分に対する異議申立て期間を法定しており、また、行政事件訴訟法は、行政訴訟の出訴期間を定めている。
行政訴訟の出訴期間は、不変期間とされ、「正当な理由」(同法一四条三項)がない限り、出訴期間の徒過は不適法とされる。そして、「正当な理由」については、本人の出張、病気、事務の繁忙などの主観的事由はこれに該たらないとされている。
このように、国民が行政に対して不服申立てを行う場合には、「正当な理由」がない限り期間の徒過は許されないとされる一方で、行政が決定を下す場合には訓示規定という理由から法定期間を徒過しても救済されるという解釈は、国民主権を基本原理とする日本国憲法のもとでは成り立ちえない解釈である。
とりわけ、土地改良法は、三条資格者の財産権に対する制限を内包する規定であり、同法の定める法定期間の解釈は、より厳格に行われなければならない。
5 以上のように、本件決定は、土地改良法八七条七項が定める法定期間(六十日以内)を大幅に上回る縦覧期間が満了した一年三〜四カ月後に下されている。
したがって、土地改良法の定める期間内に本件決定が下せなかったことについては、被控訴人から「正当な理由」についての主張・立証がない限り、違法と判断すべきである。
二 本件異議申立人全員に行政不服審査法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無について
1 原判決は、「(行政不服審査)法は、口頭意見陳述の方式について、補佐人の出頭に関する同法二五条二項のほか、何らの規定を設けていないのであるから、いかなる方式で口頭意見陳述を行わせるかは、同条一項ただし書の目的、趣旨に反しない範囲で、異議申立てを審理する処分庁の合理的裁量にゆだねられている」としたうえで、「申立てに係る口頭意見陳述の機会が十分に与えられていなかったということはできず、被告が口頭意見陳述を聴取するために実施した口頭審理の方式が、合理的裁量を逸脱又は濫用するものであったということはできない」と判示している。
しかしながら、原判決の認定には、事実誤認及び法令解釈(憲法解釈)の誤りがある。
2 行政不服審査法二五条一項ただし書が定める口頭による意見陳述は、書面審理の欠陥を補うために導入されたもので、異議申立人の権利利益の保護と公正な審理を保障するための手続である。
異議申立人は、全ての異議申立人について、各一〇分間ずつ意見陳述を行うよう求めて、口頭による意見陳述の申立てを行った。ところが、三回の意見陳述の結果、異議申立人のうち、のべ二八五名(陳述を行った異議申立人二五二名)しか口頭による意見陳述を行うことが出来なかった。そこで、異議申立人は、被控訴人に対して、四回目の口頭意見陳述の機会を設けるよう文書をもって申し入れた(乙第五八号証の一、二)。
しかし、被控訴人は、平成八年三月二九日、「国営川辺川土地改良事業計画の変更に対する異議申立てに係る口頭による意見陳述について」(8構改B第231号)をもって、更なる口頭による意見陳述については行わない旨の通知を行い(乙第五九号証の一ないし三)、その余の異議申立人については、意見陳述を行うことなく、本件決定は下された。
3 原判決は、「異議申立人に特有の事情がある場合において当該異議申立人本人に口頭意見陳述をする機会を与える必要がある」(二四三頁)ことを認めつつも、口頭審理の方式が、合理的裁量を逸脱又は濫用するものではなかったという結論を導いている。
しかしながら、異議申立人が同意署名簿に署名した際に錯誤に陥っていた場合を考えれば明らかなように、錯誤に陥った事情は、署名集めに回った職員の説明や異議申立人の対応の仕方により様々であり、具体的事情を陳述しなければ錯誤の内容は明らかにならない。
例えば、原判決においても、錯誤の成否に関して、錯誤の対応ごとに原告本人尋問を行った者を中心に検討を加え(原判決二○六頁以下)、「『あなたの農地は対象地域から除外された』旨の説明を受けた」とされる者については、同意の意思表示に要素の錯誤があるとして同意者から除くという判断を下している(原判決二一七頁)。
加えて、同意取得手続自体が極めて杜撰なものであり、どのような手続を経て同意が取得されたのかについては、異議申立人の陳述を聞かなければ明らかにならないはずである。
例えば、本件訴訟の審理が始まってから、同意したとされる三条資格者の中に同意署名を取得した時点ですでに死亡していた者が多数含まれていることが判明したが、これは、異議申立人の陳述を聞く過程で明らかにできた事実である。
とりわけ、土地改良法は、三条資格者の財産権に対する制限を内包する規定であり、同法に関する異議申立手続きにおいては、三条資格者の権利・義務が問題になることを念頭において、厳格な運用が行われなければならない。
そうすると、異議申立人全員の意見陳述を実施すれば、その過程で、同意の有効性、同意取得手続きの問題点などをつぶさに審理することが可能であり、三条資格者の権利・義務に配慮した口頭審理が実現したと考えられる。
そのため、被控訴人は、長期間の旅行・出張、病気など異議申立人本人が口頭による意見陳述が行えないことについて合理的な理由がある者を除いて、異議申立人全員に現実に意見陳述を行う機会を与えるべきであった。
4 また、被控訴人は、異議申立人全員についての口頭意見陳述を行うべきであったし、口頭意見陳述を行うことは容易にできることであった。
すなわち、本件訴訟における原告本人尋問は、平成一一年になって初めて実施されたが、本件変更計画のための同意取得手続が行われた平成六年からすでに五年間が経過していた。
人間の記憶に関しては、時間の経過とともに記憶が薄れていくことが常識的に知られており、正確な供述を得ようとすれば、供述者の記憶が新鮮なうちに供述の機会を与えることが不可欠である。そのため、行政処分に対する不服申立手続の際、異議申立人に対して、十分に陳述を行う機会を与えておれば、同意取得の経緯について新鮮な記憶に基づく陳述を得ることが可能であった。
加えて、被控訴人は、口頭意見陳述において、異議申立人の再三にわたる要求にもかかわらず、同意署名簿の開示を一切行わなかった。
もし、被控訴人が、同意署名簿を開示したうえで異議申立人全員に対する口頭意見陳述を実施していたならば、意見陳述の場で署名ないし印影(押印)の真正に関する陳述を得ることが可能であっただけでなく、前述の記憶の新鮮さと併せて、同意署名が取得された経緯に関して十分な証拠収集が可能であった。
それにもかかわらず、被控訴人は、異議申立人全員に対する口頭意見陳述を実施することなく、本件決定を下している。このような被控訴人の審理態度は、異議申立人の声に耳を傾けなかったというに止まらず、異議申立人の本件異義申立手続における正当な主張を黙殺したというほかない。
5 さらに、被控訴人は、異議申立人の代理人に対してしか口頭による意見陳述の開催日程を通知していない。そのため、異議申立人のほとんどが、直接被控訴人から意見陳述が行われることを知らされておらず、実質的に意見陳述を行う機会を保障されなかった。
この点について、原判決は、「本件の口頭による意見陳述の申立てが代理人によってなされたものであることからすれば、口頭審理を行う旨の通知を代理人に対してしかしなかったからといって、口頭意見陳述の機会が与えられなかったということはでき」ないと判示している。
しかしながら、口頭審理を行う旨の通知について特段の申し入れを行っていないのであればともかく、意見陳述申立代理人は、口頭審理の実施方法をめぐるやり取りのなかで、被控訴人に対して、直接異議申立人本人に通知を行うよう申し入れている。
にもかかわらず、右申し入れを無視して、代理人に通知した以上、異議申立人本人に通知する必要はないという形式的判断のもとに口頭審理を実施した被控訴人には、行政不服審査法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を実質的に保障しなかった違法がある。
6 したがって、本件決定は、全ての異議申立人について、行政不服審査法二五条一項ただし書が定める口頭による意見陳述を行わせることなく下されており、決定手続きに重大な法律違反がある。
三 行政不服審査法二五条一項ただし書所定の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続(陳述録取書の作成)を経ていないことによる違法性の有無について
1 原判決は、「行審法四八条、一六条は、口頭で異議申立てがなされた場合に、異議申立人から陳述を受けた行政庁が、その陳述の内容を録取し、これを陳述人に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述人に押印させるべきことを定めたものであって、同法二五条一項ただし書所定の異議申立人等による口頭の意見陳述がなされた場合の規定ではない」としたうえで、「行審法は、同条項による口頭意見陳述がなされた場合に、陳述内容を録取するかどうか及び録取する場合の方法について定めておらず、これらの事項は、行政庁の裁量にゆだねられている」と判示している。
しかしながら、原判決の認定には、事実誤認及び法令解釈(憲法解釈)の誤りがある。
2 原判決は、文理解釈により行政不服審査法四八条、一六条は異議申立人の口頭意見陳述に関する規定ではないという結論を下している。
しかしながら、陳述録取書作成の要否は、行政不服審査法四八条、一六条の趣旨、不服の対象となった法令の内容及び意見陳述の内容などから具体的に判断しなければならず、安易に行政庁の裁量を広く認めるべきではない。
まず、行政不服審査法四八条、一六条が陳述録取書の作成を求めているのは、異議申立て内容を明らかにして、異議申立人が当該行政処分のどこに異議を唱えているかを明確にする趣旨である。そして、異議申立人による口頭意見陳述の際であっても、異議申立人が同意していない場合及び同意署名簿に同意の署名を行ったが同意には錯誤があるという場合には、意見の内容を明らかにして異議の具体的内容を明確にする必要性が認められる。つまり、異議申立人による口頭意見陳述の際に陳述録取書を作成することを否定する趣旨ではない。
次に、土地改良法は、三条資格者の財産権に対する制限を内包する法律であり、とりわけ三条資格者の同意手続きに関する規定は、三条資格者の権利を制限し、義務を課すことを内容とする規定であるから、異議申立人の陳述の内容を正確に録取する必要がある。
さらに、前述のように、異議申立人が同意署名簿に署名した際に錯誤に陥っていた場合を例に取れば、錯誤に陥った事情は、署名集めに回った職員の説明や異議申立人の対応の仕方により様々であり、具体的事情が陳述されるため、錯誤の有無を判定するためには特に正確な陳述の録取が求められる。
また、被控訴人が、異議申立人全員の記憶が新鮮なうちに、詳細な陳述内容を記録にとどめておけば、これを同意取得の経緯を知る資料として活用することができ、後日になって裁判の場で原告本人ないし証人の記憶が喚起できないという事態を避けることができ、真実の発見に資することが可能となる。
3 したがって、口頭意見陳述の場合にも、陳述録取書の作成が求められていると解釈すべきであり、第三回口頭意見陳述について、口頭意見陳述録取書を完成することなく下された本件決定には、重大な法律違反がある。