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【エジプト限定】オーパーツコレクション

古代ミイラはニコチンを所望するか


ツタンカーメン毒殺説を信じる学者はミイラから砒素が検出されることを望んでいるが、実際にミイラを科学検査したら出てくるのはニコチンとコカインかもしれない。

ことの始まりは、1990年代のはじめ、ミュンヘン大学のフランツ・パルシェという人類学者が、ファラオ統治時代の薬物使用について興味を抱いたことにある。推理小説などでおなじみのとおり、人間の毛髪や爪は摂取した薬物を長い期間とどめることが出来る。もしもエジプトのミイラを毛髪検査したら、何が出てくるのか。

ちなみに、古代エジプト薬草学で取り上げているように、古代エジプトの時代に麻薬のひとつであるケシが医療に使われていたのではないかという説もある。また、ツタンカーメンがマンドレイクと思しき植物を握り締めた絵が、墓からの遺品に描かれている図は有名だ。ただ、エジプト人に麻薬中毒者がいたという証拠はない。

もしも古代人が常習的に麻薬を使っていたら? ――それは髪の毛に何かの痕跡を残しているかもしれない。と、いうわけでドイツで毛髪検査に信頼を置かれていたスヴェトラーナ・バラバノーヴァ女史によって、毛髪検査が行われた。その結果、ニコチンとコカインが検出された。また、アメリカ・オクラホマ州のラリー・カーメトル氏の再検査によっても、この結果は裏づけされている。

コカインの原料となるコカはマダガスカル原産だから、まあ、エチオピアと交易していた古代エジプト人が手に入れるのは、まだ、それほど大きな問題はない。もしかしたら類似種がアフリカにも昔は生えていたのかもしれない。
問題なのは、ニコチンのほうだ。ニコチンはタバコからとれるが、南米原産なのである。ヨーロッパに伝えられたのは15世紀。つまり、古代エジプト人がタバコに触れるには、15世紀より2000年以上も前に、直接アメリカ大陸と交易しなければならないわけだ。タバコが無かったなら、ミイラからニコチン、それも人の代謝によって化学反応を起こしたあとのニコチンが検出されるだろうか。タバコ以外の何かが古代人の体にニコチンの痕跡を刻み付けられるものであろうか――?
これは紛れも無く、「古代に在ってはならない物質」であり、目に見えないオーパーツである。(…まぁ、タバコ自体は植物だから、その成分が工芸品か? と言われると、厳密には表現がおかしいが^^;)

ちなみに、ニコチンに対する陽性反応を示したのは一体や二体ではなかった。ラリー・カーメトルの検査では、実験に使われたサンプルの、実に四分の三、つまり過半数以上が陽性反応を出している。

この結果が世間に公表されたとき、当然ながら驚きの声とともに批判も挙がった。古代のミイラからニコチンが出たというだけで、アメリカ大陸を最初に発見したのは古代エジプト人だ、とか、古代エジプト人は大西洋を葦舟で越えた、とか、一足飛びな空想論も展開された。エジプト人が南米に来てたとなれば南米のピラミッドも即・結びつくというわけで、超古代文明を信じてる人たちなんか、そりゃもぉ自分たちのそれまでの主張と食い違うことも忘れて狂喜乱舞ですよ(笑)


…ただし、ここに落とし穴がある。
それは、「ニコチンに陽性反応を示した数が多すぎた」ということだ。老若男女のミイラから無作為にとられたサンプルの大半がニコチンを含むというのは、多すぎないか。現代人だって皆してタバコ吸ってるわけじゃあるまいし。
このことから、

仮説1)ミイラの防腐処理に使われた樹脂に、ニコチン成分を含むものがあったのでは?

まず、この可能性が挙げられる。
ミイラの防腐処理に使われた樹脂と呼ばれる薬品について、完全に成分が分かっているわけではない。何しろ何千年も前の物質なのだ。化学反応を起こして変化しているものから原材料を分離するのは、かなり難しい。ちなみにニコチンには防腐作用があるそうで、ニコチンに近い成分を持つ植物が古代に自生していたなら、ミイラづくりに使われた可能性はある、ということだ。
ただし、これだと人間の体が代謝した物質はできないため、若干可能性が低くなる。

仮説2)ニコチン濃度の低さからして、タバコ以外の植物が原因では?

次の問題は、検出された量は髪の毛1ミリグラムにつき0.2ナノグラム以下、と非常に低かったこと。
ニコチン成分は、タバコだけではなく、ナス科の植物のうち50種類程度に含まれていることが分かっている。つまナス科の植物を日常的に食べていた古代エジプト人なら、体の中に微量のニコチン成分を蓄積していても、おかしくないのでは? という仮説がある。

さらにもう一つ、

仮説3)陽性反応を示した物質は、実はニコチンではないのでは?

毛髪検査は、そもそも現代人に対する検査として誕生した。何千年も昔の、化学変化を起こした遺体に行って正しい結果が出るものかどうか、その保証はない。もしもニコチンではない物質が、何千年もかけてニコチンに似た分子構造になっていたら、そりゃ誤った結果が出てもしょうがないんじゃないか。という懐疑的な見方もある。ミイラづくりに使われた薬品自体、多くの成分を混ぜ込んだものなので、何千年もかけた化学変化で別の物質に変化していても不思議はない。


以上、三点の仮説があるが、調べた限り、他にあんまり有効な研究結果は見つからなかった。
飛躍的な結論を出したがる人々がいて面倒なのは良く分かる。この研究自体、慎重な研究者たちによってほとんど表ざたになされることなく、ひっそりと進んでいるのかもしれない。それとも、世の中に信じられない事実が出てきたときの良くある例に倣って、いったん完全に忘却され、数十年後に「再発見」されるのかもしれない。
この、「見えないオーパーツ」にまつわる伝説は、まだ始まったばかりなのだ。

古代エジプト人は、「もしかしたら?」南米と取引したことがあったのかもしれないし、もっと合理的で納得のいきやすい、仮説1〜3のどれかが正解なのかもしれない。
学者たちの結論は出ていない。「学者は満足のいく説明をつけられない」という、オーパーツ信者の主張も、この件に関して言えば当てはまる。(ミイラから検出されたニコチンやコカインについて、満足のいく説明をできる学者は、現段階ではほとんどいないだろう)
世の中のオーパーツ大好きさんは、このくらいのネタに食いつけばいいんですよ(笑)

学者が「ありえない」と退けようとする、まだ解決されていない問題を突付いてこそナンボ。既に解決した終っているネタを突付きまわしても何も出ませんが、こっちは、まだまだ発展の余地がありそうですからね。


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余談1

1975年、フランスの考古学チームがラメセス2世の腹部からタバコの葉にそっくりの植物と、タバコにつく小型の甲虫を見つけた、という情報がある。ただし当時の学者たちは古代エジプトにタバコがあるとは考えていなかったので、「誰かパイプくわえたまま仕事したんじゃねーの」ってことで片付けてしまったようだ。なので現物は、おそらく残っていない。

だが、在るはずのないタバコの葉がラメセス2世の遺体とともに存在したのなら、工芸品じゃないけどオーパーツの仲間に入れたくなるネタだろう。

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余談2

ミイラから検出されたコカインについても、もし古代人がコカインを使っていたことになれば薬物使用の歴史が大きく変わることになる。ここでは二つ取り上げると話がややこしくなるので、おもにニコチンに焦点をあてている。

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余談3

私自身は、ミイラからニコチンやコカインが検出されても別に驚きはしない。
「お前は思考が固い」という一部の批判とは裏腹に(笑) 意外と受け入れゾーンは広いのです。この事実が、一足飛びに古代エジプトとアメリカ大陸の大陸間交流を意味しないことを判断するくらいは出来るから、落ち着いて他の可能性を考えられるわけです。

もし実際にタバコやコカインが使用されていたなら貴族墓の内部のような、あの活き活きとして人々の生活風景に必ずその場面が存在するはずだということ、生前に使っていたものは耳掻きまで墓に持ちこむ古代エジプト人なら、パイプや吸引機などの器具を墓に持ち込まないとおかしいこと、などなど考え合わせれば、古代エジプト人が現代人のようにタバコをふかし、コカインでトリップしていた居た可能性は、今のところ限りなく低い。(ケシやマンドレイクでトリップしていた可能性は多いにあるわけですが…^^;)

ただ、確固とした証拠が見つかり、あらゆる反証をぶつけてもそれが揺ぎ無いのだと分かった時には、アッサリ受け入れるでしょう。10年前は誰も信じなかったことも、10年後には常識になる。それが世の中ってものです。


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