主な称号
悲嘆にくれる未亡人、偉大なる女魔法使い、王座を守るもの
主な信仰
エジプト神話における、最も有名な神々のうちの一人。オシリス神の妻、ホルス神の母。家系図についてはページ下部の家系図を参照のこと。
ほぼいつも人間の姿だが、夫オシリスが死んで嘆く姿の際にはトンビに化身していることがある。
妹ネフティスと二人セットで扱われることも多く、どっちがどっちか分からないとよく言われるが、頭の上に乗っているモノが違うので見分けが付く。姉イシスは「玉座」(夫オシリスの玉座を守るものという意味。現世の王権)、ネフティスは「祠堂」(死後・儀礼的な権威)である。ちなみにここの部分が欠損している像も多く、その場合は台座に名前が書いていなければどちらなのか見分けがつかない。
起源については定かではない。イシス単体を祀る神殿や町は初期には存在せず、常に夫オシリスの陪神として扱われた。ピラミッド・テキストには既に名前が繰り返し登場しているため古い神には間違いないが、そこでの役割は死者の復活である。このことから、農耕の神、また死と再生を繰り返す豊穣神の妻、としての役割が最初にあり、のちにホルス神の母としての母性を付け足されて王権に関わるようになっていったとも考えられる。(王母という属性はハトホル女神のほうが古く、ホルス神は元々はイシスの息子ではなかったと考えられている。)
●オシリスの妻・ホルスの母として
イシスは兄オシリスと結婚していたが、オシリスは弟セトに殺されてしまう。(オシリス神話)
セトによってバラバラにされた夫の体を拾い集め、復活させて息子ホルスを身ごもるが、オシリスは生者として地上にとどまることは出来ず、冥界に下って死者の世界の王となった。夫の死後、イシスは息子ホルスが成長するまで守り、ホルスの成長後は、セトに奪われた地上の王位を息子が取り戻すために影に日向に力を尽くすこととなる。
>>詳細は
エジプト神話ストーリー 「神々の争い」の項を参照。
この神話において、イシスが演じる役割は以下のようなものである。
・夫の死を悼む「嘆きの女神」
・死せる夫を復活させる「再生の女神」
・息子を守り育てる「強き母」
・王位を継ぐ息子の「後見人」
これらの役割が、代表的な称号にそれぞれ現れている。また、彼女が頭上に頂く玉座は、夫オシリスのものであり、のちに息子ホルスが継ぐことになる神々の王の座である。また、死せる夫によって身ごもるというモチーフは、のちにキリスト教に取り入れられて処女懐胎の原型となったとも考えられる。
イシスとネフティスは、オシリスの死の場面でトンビに化身するが、これはトンビの鳴き声が、死者の葬送を送る際に付き添った「泣き女」と呼ばれる職業の女たちが上げる泣き声に似ていたからとされている。トンビの鳴き声=嘆きの声、というわけだ。
●魔術の女神として
強い魔力の力とを持つ女神として信仰を集めたイシスは、神話の中でセトに殺された夫オシリスを復活させたり、息子ホルスを王位につけるためセトと壮絶な魔法バトルを繰り広げたりしている。その戦いには奸計も大いに含まれ、一筋縄ではいかない気の強い女性であることを物語っている。「よき母」ではあるが、間違っても家庭に篭りっぱなしの主婦ではなく、政治的策略をめぐらす王家の女性というイメージである。
ただし、イシスはあくまで「魔術の女神」であり、同じく戦う母であるネイトやセクメトなどとは違い、刃物や弓矢を手にすることはなかった。装備品としては、魔術を意味するヘカ杖やパピルスの杖、楽器シストルムなどがメジャーどころ。
母性を持つ女神たちの一人としては、幼児ホルスを膝に抱く姿で表現されることも多い。ホルスを抱くイシスの姿は、のちに幼いキリストを抱く聖母マリアの姿として転用されていく。
→
ホルスの「幼児ホルス」の項を参照。
●死者の守護女神として
死者の守護女神の筆頭としては、墳墓の意匠に使われることも多い。有名なツタンカーメンの石の棺の外側にいる、守護の翼を広げた四隅の女神たちのうちの一人がイシスである。下の図は黄金の棺の外側にいるイシスとネフティス。頭の上に載っている標章でどちらがどちらの女神なのか分かるようになっている。
なお、死者の守護女神は全部で四人おり、「ホルスの息子たち」と呼ばれる四柱の神とペアになって死者の四方を守護するようになっている。
>>対応表は
カノポス壷と守護精霊にて
また、死者の書での登場回数は多く、冥界の王オシリスの傍らにはべる姿や、死者を導く存在として表現されている。
>>死者の法廷でのイシスは
オシリス の項の図を参照。ネフティスと二人でオシリスの後ろにいる。
ネフェルティティ王妃の墓の壁画にある美しいイシスの図は有名。ネフティスとセットで表現されるときは頭に玉座を乗せる姿で描かれることが多いが、新王国時代ごろにはハトホル女神同様に、ツノの間に太陽を載せた冠を被る姿で描かれることも多くなっていく。ハトホルは髪型が特徴的で耳が牛になっていることが多いため、被り物が同じでもある程度は見分けがつくようになっている。
●農耕の女神として
オシリスとともに豊穣の女神としても扱われ、神話の中では、かつてオシリスとともに民に農耕を教えたともされる。また、ナイルの氾濫の始まりを象徴する星ソティス(シリウスのこと)は、彼女の象徴である。
ソティス自体はのちに神格化されたため、別個に独立した女神として存在するが、ソティスと夫サフはそれぞれイシスとオシリスになぞらえられ、「天のイシス」「天のオシリス」と呼ばれることがあった。
●グレコ・ローマン時代以降のイシス
属性がどんどん付加されていき、最終的にはエジプト内外で絶大な信頼を集める万能女神として扱われるように。エジプトが異国人の支配を受けるようになり、ギリシャ文化と融合していくプトレマイオス王朝時代以降のイシスは、主に女性たちに人気の密儀的な女神へと変貌していく。その過程でギリシャの農耕の女神デメテル(デーメーテール)と同一視されエレウシス秘儀とも関りあいをもつようになる。
また元々天の女神としての属性を持っていたが、
セラピス神 の妻として港町アレキサンドリアに神殿が作られるにあたり、「船乗りの守り神」として海神の性質も備えてゆく。とくにギリシア本土では、商人や船乗りたちの信仰が篤かったとされる。サポート範囲を変更して信者を逃がさない、時代に迎合する柔軟性が、イシス信仰を後代まで生き残らせた最大の要因といえよう。
魔術の女神としてのイシスの伝説は、エジプトが独立を失ったあと、さらにローマが消滅して以降も発展し続ける。下の図はヨーロッパで信仰されたイシスの姿だが、もはやエジプト関係ない、なんだかよくわからないことになっている。デニス・ホイートリの小説「黒魔団」でオシリスの体のパーツが魔術の道具として狙われてたりするあたり、最終的に黒魔術に関係するところまでいったようだ。
【参考】
プルタルコス「エジプト神オシリスとイシスの伝説について」 ーローマ化したオシリスとイシスの伝説の最終形。
バルトルシャイティス「イシス探求」 ーイシス神話の変容した姿を確認できる。もはや原型がない。
神話
・天空神ヌト、地の神ゲブから誕生した5人の子供のうちの一人とされる。
・兄弟たちのうち、長兄と思われるオシリスと結婚。だが弟セトによって、オシリスは殺されてしまう。ここからイシスの長い戦いが始まるのであった・・・
・太陽神ラーを毒蛇で苦しめ、その毒から救ってやるから真の名を教えるようにと迫ったことがある
・ローマ時代になるとローマで盛んに信仰されるようになり、これらの神話はより”ローマ的”に神秘性を付け足されていくことになる
・アスワンのフィラエ島におけるイシス女神は、隣のビガ島にあるオシリス神殿を定期的に訪問する通い妻的な性格にされている。これは後代にハトホル女神と習合したことにより、大ホルスとハトホル女神の通い婚の祭りを受け継いだためかもしれない。
・イシスは有名どころの神なので、時代が変わると家族関係も多少変化する。プトレマイオス朝のアレキサンドリアでは
セラピスの妻、メロエ時代のヌビアでは
アパデマクの母または夫である。
聖域
発祥地は不明だが、オシリス、イシスともにナイル河が氾濫し、緑の氾濫源が出来るナイル下流域の出身と思われる。
彼女への信仰は、その後、王権との結びつきによってエジプト全土に広がり、ローマ時代まで続いた。エジプト外のローマの支配地域の各地にイシス神殿が建設され、エジプトにおいても5世紀までナイル上流のフィラエ島イシス神殿が建設され続けた。
イシス信仰はローマの国教がキリスト教になって以降は禁止されるが、フィラエの神殿は異教信仰の最後の砦として激しい抵抗を試みる。最終的に紀元後553年(つまり6世紀)には、聖ステパノと聖母マリアに神殿を明け渡すこととなり、公式には信仰が廃れたことになっている。なお幼いイエスを抱く聖母マリアの姿は息子ホルスを抱くイシス女神が原型であり、聖母マリアの神話的起源の一つがイシスなので、ある意味、自分の後継者に神殿を譲ったようなものとも言える。
【参考】
フィラエのイシス神殿、最後まで守ってたのはどうやらヌビア人だったらしい
エジプトより上流地域のキリスト教圏にある「聖母マリア」伝説、もしかして一部はイシスかもしれない。
DATA
・所有色―黄
・所有元素―土、水
・参加ユニット―死者の守護女神<イシス、ネフティス、ネイト、セルケト>、三柱神<オシリス、ホルス、イシス>、ヘリオポリス九柱神<アトゥム・ラー、ヌト、ゲブ、シュウ、テフネト、イシス、オシリス、セト、ネフティス>
(※ヘリオポリス九柱神はメンバーが替わっている場合あり)
・同一化―ハトホル、ソティス
・神聖動物―特になし
・装備品―シストルム(楽器)を装備することがある。
◎補足トリビア◎
intermediate system to intermediate system―略して「ISIS」は、主に欧米のプロバイダ内部のネットワークで使われるルーティング・プロトコルの名前である。従ってISISのパケットは、日本ではなかなか捕まえる機会がない…残念。
◎補足トリビア2◎
エジプトの農家では、現在でも夏至の前に降る雨を「イシスの涙」と呼ぶらしい。イシスと結び付けられた星、シリウスの瞬きがナイルの氾濫時期に起きることと関係しているかも?
★NO MORE 黒い男たち
ISISで画像検索するとふざけたものばかり出てくる時代ですが、本来のイシスはこれ、
これなんですよ…!
【Index】
【イシスとオシリスの伝説】
オシリス・イシス夫婦の神話といえば、エジプト神話の中ではいちばん有名なものだろう。
兄オシリスの王位を欲した弟セトによる兄の殺害、悲嘆にくれる未亡人イシスの夫の死体を探す旅、死者の復活、死者から身ごもった息子の誕生、王位奪還と復讐のための戦い…。
おおまかな粗筋についてはよく知られており、結末も決まっている。だが、この物語には、ほかの神話と同じく、とても多くのバリエーションと分岐点が存在する。
そうなった理由は、何より、この神話が何千年という時間を越えて語り継がれて来たところにある。どんな物語でも千年の時を越えれば変わってゆく。最初のオシリス神話が記録されたのは古王国時代のピラミッド(墓)の内部だ。そこでは死者蘇生という信仰に重点が置かれており、セトとの王権争いのニュアンスも若干異なっている。しかし新王国時代になると、オシリスの復活よりも、ファラオの象徴でもある息子ホルスによる王位継承の物語が重要視されている。
現在残されているイシスとオシリスの神話の主なテキストは、ギリシア人プルタルコスが1世紀ごろに記した「イシスとオシリスの伝説について」(邦訳あり、岩波文庫)や、もう少し古いものでも新王国時代、第19王朝の「ベッティ・パピルス」というものになる。それより古いものになると、断片的にしか残されていない。
物語によってバリエーションが異なるのは、たとえば、オシリスの殺害方法、遺体の処理方法、復活のさせかた、ホルスの誕生の仕方などだ。日本で例えるなら、「異説・桃太郎(親不孝な桃太郎)」「異説・金太郎(金太郎が意気地無し)」のようなものだろうか。
神話は時を超えて変化していくものなので、物語の断片がすべて一つにつながるわけではない。
たとえば、息子がなかなか一人前にならないことにヒステリーを起こしたイシスが息子ホルスを幼児虐待するという神話もある。聖母のイメージの元にもなった「母性の象徴」としてのイスシからはかけ離れている。
母親が傷ついたセトにトドメをささなかったことに腹をたてたホルスが、イシスの首をちょん切ってしまうという親不孝なパターンがあるかと思えば、死んだはずのオシリスが、一時的死の国から生身で戻ってくるという、生と死の境界概念に反する物語もある。つまり、最初に挙げたプルタルコスの著作やベッティ・パピルスは、一つの代表的な例に過ぎない。
イシスとオシリスは、エジプト神話では珍しく家系図をかける神様だ。ギリシャ神話などでは、異なる起源をもつ神々を最高神の系統につなげるために後付で親子関係や親族関係を作っていくので、有力な神々がほぼ一つの家系図にまとまる。しかしエジプト神話は最低限の親子関係くらいしか作らず、最高神を家長とはみなしていない。祖父や甥などの親族が設定されいてるのは、イシス・オシリス神話の周辺だけである。
彼らの両親は、基本的に天空の神ヌトと大地の神ゲブだった。(最初の神々が天と大地から生まれるという神話的モチーフは世界各地にあり、これも、その一つと考えられる。)
しかし、セトとイシスが父の違う姉弟だったという話もあり(セトがイシスに「片親違い」と呼びかける)、話は若干ややこしい。
兄弟は五人いて、イシス・ネフティス・オシリス・セトの四人は兄弟姉妹かつ夫婦。
もう一人、ホルスという名を持つ神が兄弟として生まれたが、これはイシスとオシリスの息子としてのホルスとも、そのホルスの叔父にあたる別のホルス(大ホルス)とも言われている。「ホルス」という名前は一つの神の名前ではなく派生した多くの神に共通する名前だったため、子供の姿のホルスも、年老いた姿のホルスもおり、双方の解釈があったためにエジプト人自身が混乱していたようだ。
彼らに家系図が存在するようになったのは、太陽神ラーが最高神とされて以降だろうと思う。
ラーが最高神にしてすべての神々の父とされるようになると、天の女神ヌトと地の神ゲブはラーの家系に連なる「孫」とされるようになり、イシスはラーの「ひ孫」とされることがあった。これは、ホルス神の化身である人間の王を、太陽神ラーの系図に組み込むための、いわば天孫信仰のためだと思われる。