
■初心者のためのインフォメーション■
現在使用されている王朝や時代の区分は、エジプト人の神官マネトーという人が書いた、「エジプト史」という本を元にしています。
マネトーはプトレマイオス王朝に、王家のために”エジプトの偉大な歴史を纏めて世間に公表しますよ”という意味で歴史書を書いた人で、いわば政府の雇われ知識人。マネトーはギリシャ語で本を書いていたので、ヒエログリフなどの古代エジプト語の読み方が忘れられてしまっていた時代でも資料として使うことが出来ました。
しかし実は、それ以外にも、「王名表」と呼ばれる歴代王の名前を記録した壁画・石碑・パピルスなどがあり、お互いに矛盾したり、補完したりする部分があります。歴史というのはその時代ごとに都合のいいように書き換えられたり、時が経つうちに一部間違えたり忘れ去られたりしていくものなので、どれが一番正しいのかは分かりません。
左の写真は、アビドスにあるセティ1世葬祭殿の壁に書かれた「王名表」。初代から、セティ1世に至るまでの歴代ファラオ名が廊下いっぱいにズラリと書き並べられている壮観な場所です。それらの名前に向かってささげ物をする王が一番はしっこに立っています。
王名表は、王家の歴史の長さを世に知らしめる威信材だったということでしょう。(そのため、都合の悪い王様の名前を省略している場合もあります^^;)
マネトーの『エジプト史』
マネトーは、プトレマイオス1世(前367−283、プトレマイオス朝の創始者)の治世時代に生きた人物。
プルタルコスによれば、この人物は2人いた王の神官顧問の1人で、セラピス神信仰の導入に関わったという。セラピス神は、エジプトのオシリスとギリシアのゼウスを習合させた、医療や豊穣の神だ。マネトーはギリシア生まれのエジプト人で、エジプト・ギリシア双方の文化に精通していたという。
『エジプト史』は、現在の「王名表」の根幹を成す書物(おそらくパピルスに記録された)で、それ自体は現存はしない。ただし、プルタルコスはじめ、多くの歴史家の書いた本の引用が残されている。
古代エジプト王国を、支配者の家系ごとに「王朝」に分類する考え方は、ここから来ているが、プトレマイオス時代に書かれたものだけに、他の王名表との食い違いも多く、古代の王たちの名前もギリシア風に訛っている。当サイトの王名表内で「マネトー名」と書かれているものがこれに当たる。
『パレルモ石』
現存する中では最古の碑文。第5王朝の頃に作られたものとされる。シシリー島のパレルモ博物館に大元があり、その欠けたカケラがカイロ博物館とロンドンのピートリー博物館にある。この石は、両面に王名が並んでおり、前3150年以前の初代王朝晩期の王たちから、第5王朝のネフェルイルカラー王までの王名を記している。
『カルナク王名表』
ルーブル美術館所蔵。初代王からトトメス3世までの歴代の王を記している。他の王名表では削除された、第2中間期の他民族の王たちのことを記しているのは、この石だけだ。
『アビドス王名表』
セティ1世の葬祭殿内の、「祖先または記録の間」という廊下壁面に在る。初代王から、セティ1世とその息子(のちのラメセス2世)の時代まで76人の王をリストに挙げている。第2中間期の王たちは省かれている。また、第18王朝末期の「異端王」たち、アクエンアテンやツタンカーメンなどの辺りも、正当な王とは見なされず、省かれている。
『ラメセス2世の王名表』
上記、アビドス王名表の複製品。かなり痛んでいる。ラメセス2世の建てた神殿で発見された。
『サッカラ王名表』
サッカラに首都を持っていた王の書記、テンロイの墓から発見されたもので、第1王朝のアネジブ王からラメセス2世まで47個のカルトゥーシュが記されている。(元は58個あったが、11個破損) ここでも第2中間期の王たちは省かれている。
『トリノ・パピルス』
ラメセス時代の長いパピルスの裏に書き綴られた膨大な歴史資料。歴史は、神々が地上を治めていた時代から始まる。(12人の神王が出てくる。)各治世の正確な年数と、時には年月日までを記した詳しい史料。もともとサルディニア国王のものだったものだが、輸送中に痛んでしまい現在ではボロボロの状態。完全な形であったなら、第一級資料となり得ていたはずだけに非常に残念である。
こうした資料をもとに、さらに、実際に発掘された遺物などからその王が実在するかどうかの裏づけをとって少し修正したものが、現在知られている「古代エジプトの歴史」です。
もちろん、在位期間が短かったり正当な王と認められなかったりで、いずれの王名表にも記されず、居なかったことにされてしまった王がいる可能性もあります。あまりに昔の王のため人々の記憶自体が曖昧になってしまって、名前や即位年を間違って記載されている王などもいるはずで、現在の王名表が完全かどうかは分かりません。
遺跡に記された王の名と、王名表の名前とが違っている場合は、「たぶんコレは同一人物だろう」とすり合わせていることもあるので、実は、けっこう曖昧な部分もあります。兄弟や親戚で似たような名前をつけて連続して即位していて一人とカウントされている人物もいるかもしれません。歴史は、何度でも書き換えられるのです。