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新王国時代 第19王朝

ラメセス1世

RamessesT

在位年代;前1292−1291年
即位名;メンフィティラー Menpehtyre (太陽神ラーは満たされる)
誕生名;ラメセス(ラーの創りし者)
マネトー名;メノフィレス Menophres
別綴り;ラムセス Ramsses/Ramses
治世;2年

王朝の首都;テーベ 埋葬地;王家の谷 KV16 出身地;テーべ?

家族構成;父/セティ 母/? 妻/サトラー 息子/セティ1世

Data;
さして大きな出来事もなく、嫡子の無かったホルエムヘブの跡を継いで王になった。父セティは、ホルエムヘブの宰相と軍指令を勤めており、王のお気に入りだったようだ。もともと王家の出身ではなかったこともあり、妻のサトラーは一般庶民(兵士の娘)。元々の名は「パ・ラメセス」だが、「パ」がつく名前は平民に多く、即位後にその部分を取って誕生名としたようだ。

彼の祖先は、この時代を遡ること400年前、ナイル下流のデルタ地帯北東部からやって来たヒクソス人であるらしい。この家系にやたらとセティという名前が出てくるのは、ヒクソス人が、自分たちの神バアルとセトを同一視して信仰していたためという説がある。言い換えれば、この王朝の王たちは、もとはエジプトの民ではなく、アジア人だったことになる。
(もっとも、400年も住んでればエジプト人と同化しているのだが)

ラメセス1世のミイラは盗掘者アブド・エル・ラスールによって盗み出され、王家の谷の対岸にある町ルクソールを訪れた観光客にわずか7ポンドで売却された。その後、カナダにあるナイアガラ・フォールズ・ミュージアムで動物の死骸コーナーに展示。(…それもどうかと思うが;;)
1999年に博物館が閉鎖され、収蔵物がアメリカのアトランタにあるマイケル・シー・カルロス博物館に買い取られた際にファラオのミイラと発覚。2003年にエジプトとの間で正式な返還の協定が取り付けられ、ぶじに帰国を果たした。ラメセス1世のミイラにはエジプトからパスポートが発行され、国旗が掲げられ、まるで国葬のように多くの人々が棺の到着を見守ったという。
ミイラは現在、ルクソール博物館にいる。

<建造物>
在位年は1-2年だが、多数の建造物を残している。

・アビュドスの神殿(息子が引き継いで造営)
・ブヘンの神殿
・カルナック神殿第二塔門
・王家の谷の墓(KV16)

Background;
のちの繁栄とは程遠い、地味〜な幕開け。18王朝末からの低迷をそのまま引きずっている感じで、王墓も未完成。王朝が変わるのは大抵は血の繋がりが途切れたと見做された時だが、18王朝の王家の血筋は、実質、ツタンカーメンの代で途切れている。

尚、この王朝と、次の王朝の王たちは誕生名に「ラメセス」をつけることが多かったため纏めて「ラメセス王朝」と呼ばれることがあるが、19王朝のラメセスと20王朝のラメセスの間に直接的な血のつながりは無い(もしくは、あっても薄い)。

”ファラオ奪還” ― ラメセス1世ミイラの返還と、現在の博物館建造ラッシュの裏にあるエジプト事情