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新王国時代 第18王朝

アイ

Ay/Aya

在位年代;前1323−1320年
誕生名;アイ・イトネチェル Ay itnetjer (神の父)
即位名;ケペルケペルウラー Kheperkheperure' (永続するものはラーの出現)
治世;4年

王朝の首都;テーベ
埋葬地;王家の谷 KV23 
出身地;テーベ?

家族構成; 姉妹?/アメンホテプ3世の妻ティイ  妻/ティ 孫? のちの妻/アクエンアテンの娘アンケセンアメン 息子/ナクトミン 娘?/アクエンアテンの妻ネフェルティティ、ホルエムヘブの妻ムトノジュメト(※不明点が多く、家系図は一説による。)


アクエンアテンの先代、アメンヘテプ3世の時代より、長らく神官として王家に仕えて来た人物。同時に、宮廷内の権力を牛耳る人物でもあった。王による改宗、王の死後の急激な変化、王の手が離れた政治を、影で支配して来たのは、この人物かもしれないといわれている。
家族関係として、アメンホテプ3世の妻ティイの兄弟だったのではないかと推測されている。また、アクエンアテンの妻として有名なネフェルティティがアイの娘だった説もある。

ツタンカーメンの葬儀を執り行った直後、アマルナ王家直系の最後の一人、場合によっては自分の孫にあたるアンケセンアメンと(強引に? それとも地位救済のため?)結婚し、王位を継ぐ。若い妻は、結婚直後に夭折(この人こそ暗殺された可能性がありそうなんだが…政治的な意味では)。高齢だったアイ自身もわずか4年で死に、王権はさらに次の権力の手へと移って行く。

アクエンアテンの即位後も権力の座に居座り続けたということは、王の宗教改革に表立って反対はしていなかった人物なのだろう。しかし、その死後、あっというまにアメン信仰を復活させた手際からして、実は裏でアメン神官団との繋がりがあったのではないかという説もある。世渡り上手で狡猾な人物のように思えるが、王のブレインともなればそのくらいの素質は必要かもしれない。
ただしアイもまた、アクエンアテンからツタンカーメンまで続く「アマルナの異端の王たち」の中に含められ、後世に名を消される運命にあった。

本当は怖いアマルナ王朝 ツタンカーメンの嫁が鬼嫁に見えてくる呪いをかける


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