イシュプールプヴェック; とかなんとかで、第三の館まで来ちまったワケだな。 ここは”ふるえあがる館”、別名”寒冷の館”と呼ばれる極寒の地だ。心してかかりな。山間の夜は冷えるぜぃ。 |
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プフユー; マヤだけに寒いのはまァ、ヤだわ。なーんちゃって。 はっ・はっ・はっ。 |
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イシュプールプヴェック; さすがプフユー。いいね、人間どもの引きつった顔が見えるぜ。 そんじゃー始めるぜ。この館では俺様が、”神話の原典”についてミッチリと語ってくれる。 |
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プフユー; そしてオレ様が薄ら寒い茶々を入れるというわけさ! |
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イシュプールプヴェック; …入れんでよろしぃ。 |
*ポポル・ヴフとは?*
最初の館でも言ったとおり、正しくはポップ・ヴフ(Pop−Wuj)という。
何をもって正しいとするのかって? そいつを説明するには、まず、この書物がキチェー語の草稿を書き記したモンだというところから入らなきゃならねぇだろう。
何、マヤ語じゃねぇのかって? マヤってのは、厳密には、民族の名前じゃーないんだな。色んな民族の集合体が”マヤ”で、そん中の一派がキチェー族だ。と、いうか、”マヤ文明”のあった辺りってェのは、いろんな少数民族がごっちゃごちゃ集まってる地域なんだよ。キチェー以外にも、ヤキ、トルテカ、オルメカ、神話にはもっともっとたくさんの民族名が登場する。
ま、面倒だから説明は省くが。
ざっくり言っちまうと、ポップ・ヴフは、マヤ・キチェー族に伝わる言葉だ。
現在のキチェー族はグァテマラに住んでるから(おおっと、グァテマラが何処か、なんて質問はナシだぜ。さっきの館で地図見せたよな?)、ま、言ってみりゃあ、メソアメリカに古くから伝わる地方言語ってワケさ。
発見されたのは、18世紀だ。
スペインからやって来たカトリックの伝道師、フランシスコ・イメネスが、現地民から不思議な書物を見せられる。
それが、キチェー語をスペイン語のアルファベットに置き換えた、神話物語の筆写だった。
マヤ語っつったら、石碑や遺跡なんかに記された不思議な絵文字を思い浮かべがちだが、ありゃア、北欧でいうとこの、ルーン文字と同じだ。魔術的で、刻まれてはじめて意味を成すもので、もちろん描くのに手間かかるから長文の記録になんか向かない。
キチェー語は、音声のみの言葉だったんだ。
だから、アルファベットでの置き換えで記すことが可能だったというワケだな。宣教師どもは、現地の人間どもにムリムリ、スペイン語を教え込んでたから、誰かが、その教えられた言語を使って、口伝だった自分たちの神話を綴ったんじゃないかと言われてる。
イメネスは、この草稿を書き写して自国に持ち帰るが、あんまし話題は呼ばなかった。
だが、それから150年後…、大学の書庫にぐっすり眠ってたイメネスの写しに目をとめた男がいた。そいつが、フランス人宣教師、シャルル・エティアン・ブラシュール・ドゥ・ブールブールだ。
ポップ・ヴフのタイトルに勝手に「L(ル)」を付け加えた張本人だな(笑)。
だが、ブラシュールのおかげで、この写しが日の目を見たンだから、感謝すべきところだろうか。
ちなみに、「ポップ・ヴフ」の別名は、発見された土地の名前を取って、「チチカステナンゴ文書」という。
チチカステナンゴとは、メキシコの言語であるナワトル語で「チチカステ(イグサの)ナンゴ(土地)」と、いう意味だ。
何でグァテマラにメキシコの言語の名前がついてるのかッつーと、古来より、この辺りは民族移動の盛んな地域だったからだ。
「ポップ・ヴフ」に記された神話の世界観も、キチェー族「だけ」のもんじゃーない。
当然、他の民族との交流はあったし、人々は移動しながら都市を作っていたもんだ。そもそも、キチェー族自体、いったんグァテマラを離れたあと、世代を経てメキシコから渡ってきた”出戻り移民”だという説もある。何より、神話の思想には、マヤ文明とはちょいと毛色の違う、メキシコの古代文明、トルテカの影響も大きいとされる。
それゆえ、マヤ・トルテカ文明という言い方をする学者もいるな。
だが、ポップ・ヴフを記したのはキチェー人だ。この本は、キチェー語の発音を、アルファベットに置き換えたものになっている。
たとえるなら、日本語の「さくら咲く」を「SAKURA SAKU」と書いてるよなモンだろうから、意味不明な語句が大量に出てくる。書き写し間違いもあれば、アルファベットには無い発音のキチェー語をむりやりアルファベットにしたために、何をあらわしてンのか分からないっつー部分もある。
そういうところを研究していくのが、ま、専門家の役目ってワケさ。
現地の学者たちによっても、色々な研究書が出ている。その一部が日本でも紹介されてるから、探してみるといい。
今、日本で手に入る訳は、このキチェー語からいっぺんスペイン語に直したモンをさらに日本語や英語に直してるのが、いま世間に出回ってる本だ。ま、その点、意訳になってる部分もあるぜってな話だな。
イシュプールプヴェック; …と、いうわけだ。とりあえず、”ポポル・ヴフ”がどんなモンなのかについては、分かったか? 要するに、北欧神話で言うとこのエッダみたいなモンだってことさ。 |
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プフユー; あぁ、ちなみにエッダの館はココだ。 クリックすると、吸血蝙蝠のカソマッツが巨人族の館まで吹っ飛ばしてくれるんで、気をつけて行くんだな。 |
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イシュプールプヴェック; いいのかい? カソマッツに任せちまったら、到着するまでに細切れになっちまうんじゃないのかい、人間ども。 |
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プフユー; いいってことよ。ここは寒冷の館、はるか北の神話世界に吹っ飛ばすのも拷問のうちってことさ。 |
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イシュプールプヴェック; なるほどね。 ま、教養を得るのはいいことさ。知恵がなくちゃあ、六つの館の試練は乗り越えられない。 ”ポポル・ヴフ”もエッダと同じく、唯一の神話資料ってワケじゃないが、中心的なものではある。エッダが北欧すべての地域で信じられていた神話ではないように、”ポポル・ヴフ”も、ユカタン半島のすべての地域・民族に受け入れられていた話ではない。 |
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プフユー; と、いうわけだ。どうだね。寒くなってきたかね。 ひひひ、じゃぁお次の館へ行ってみようかね。次はもっとハードだぜ。なんと、豹(じゃぐぁーる)の館! ほら、もう、ぐるぐるいううなり声が聞こえてくるだろう。 お前たちはおしまいさ。なにせ、この聖なる書物のダイジェストと神々の紹介を受けなきゃならんのだからね。 |