ところで、ルーン文字といえば、日本のファンタジーや占いの影響もあってか、「呪術的な文字」と、いうイメージが強いかと思いますが、実際は、魔法的な性格は二次的なものだったようです。
もちろんルーンが魔法を帯びたものとして考えられていたのは事実でしょうし、限られた人にしか扱えなかった特殊技能であったことも事実でしょうが、それはルーンに限られたものではなく、たとえば中国の漢字なども、呪術的な意味合いは持っているものです。
紙に呪いの文字を書けば呪術が成立し、亀の甲羅に漢字を刻んで火であぶれば、吉兆を占う神事になります。東洋人の私たちにはそうでもないですが、西洋からすれば、漢字はルーン以上に【神秘の文字】であるといいます。
文字というものは、どんな種類のものでも、多かれ少なかれ神秘性を帯びています。識字率の低い時代ならなおさらのこと、特別な人だけが扱える文字は、魔法と変わらない感覚でもって見られていたかもしれません。ルーン文字だけが、特別に呪術的なものであったとは、言い切れないのではないでしょうか。
ただし、呪術に使われたという記録も、確かに存在はします。
最初に書いたとおり、ルーンは、紙に書くものではなく、石や木に「刻む」ものです。ちょうど、市販されている「おまじないグッズ」のような具合に、木切れに特別な文字を掘り込んで、誰かにまじないをかけるということもあったようです。また、「エッダ」には、守護の文字や、巨人に呪いをかける文字なども登場します。
文字には力があり、掘り込むことによって、モノに神秘な力を与えられるという信仰もあったようです。このあたり、なんとなくエジプトの「ピラミッド・テキスト」など、思い出してしまうのですが…。
もっとも、個々の文字に対する現在のような即物的な意味づけ、たとえば「シゲルは太陽のシンボルで、木は月桂樹だ」などという、細かい設定は、ルーンが使われていた時代の資料には見当たらないので、後からデッチ上げた可能性が高いです。さらに「この文字は、勉強が出来るおまもりです」なんてことが書いてあると、思いっきり眉唾物です。商売のためにルーンを利用したとしか思えません。^^;
日本だけでなく、北欧ですらルーン占いがあるそうですが。
大英博物館に収蔵されている装飾品などを見ていると、ルーンは、作った者の銘、所有者の名前、石碑なら過去の偉業の記録など、実に実用的な使われ方をしています。製作者・所有者を示す、実用的な使用法です。
ゲルマン人の神話に、小人のレギンや巨人族のヴェルンドなど名工が登場することから想像して、装飾品を加工する技術者の間で、完成品に銘を入れることによって自らの技を自慢し、名を高めようとする習慣があったのかもしれません。
しかし、これらについては、実用的なだけではなく、人物名を文字で入れることによって、その品になんらかの力を与えようとする、呪術的な意味も多少は持っていたかもしれません。
実際の使い方の推測を困難にしている大きな原因は、ルーン文字のサンプルがあまりに少なく、新発見も無い、と、いうことです。
金属に掘られたルーンでさえ残っていることは稀なのですが、初期に木に彫り込まれたルーンは、木が腐るとともに消滅してしまい、さらに現存数が限られています。サンプルが少ないのですから実証の仕様も無く、多くは推測の域を出ません。どのように使われていたのか、ということはおろか、その意味さえもです。
ちなみに、神話やサガの中にも、ルーンを使用するシーンが、幾つか出てきます。
●歌謡エッダより「シグルドリーヴァ(シグルドリファ)の歌」谷口幸男 訳 5節〜9節
「戦の樹(「戦士」のケニング)よ、力と名声の混ぜられた麦酒をお持ちしましょう。その中には呪文と医療のルーネと効目の強い魔法と愛のルーネがいっぱい入っているのです。
勝利を望むならば勝利のルーネを知らねばなりません。剣の柄の上に、あるいは血溝の上に、また、剣の峰に彫り、二度チュールの名を唱えなさい。
信じている女に欺かれたくなかったら、麦酒のルーネを知らねばなりません。角杯の上に、手の甲の上に彫りなさい。爪にナウズのルーネを記しなさい。
角杯を清め、災いに対し身を守り、飲み物の中に韮を投げ入れなさい。そうすれば、あなたの蜜酒に災いがまぜられることは決してないのをわたしは知っている。
妊婦の分娩を助けたければ安産のルーネを知らねばなりません。手の平にそれを彫り、関節を伸ばし、それからディースたちの加護を願いなさい。…(以下、略)」 |
戦乙女であるシグルドリーヴァ(ブリュンヒルドの別名)が、自らの元を訪れ、眠りを覚ましてくれたシグルズに教える知恵の言葉です。
そこには、ルーン文字の使い方が事細かに語られ、どんなときに、どんなルーンを刻めばよいのかが指摘されています。
ちなみに、全く同じセリフは
「ヴォルスンガ・サガ」にも登場します。
●アイスランドサガより「グレティルのサガ」 松谷健二 訳 61節
浜に連れて来られると、彼女は何かに導かれるようにびっこをひきながら渚を歩き、男が肩にかついで運べるほどの大きさの木の根っこの前にたちどまった。しげしげとそれを眺めてから、ひっくり返すように命じた。
裏は焦げ、こすられているようだった。彼女はそのこすられた所を少しばかりたいらに削らせた。やがて小刀をとりだすと、その根にルーネ文字を彫りつけ、自分の血で染めてから、なにやら呪文をとなえた。そうしてから、後ろ向きに、太陽の動きとは逆の方向に根の周囲をめぐりながらも、絶えず呪文を口ずさんだ。
それがすむと根っこを海へ投げ込ませ、ドラング島に流れ着いてグレティルの大災難となれと命じたのである。 |
これは、グレティルに何度も挑戦するが、討ち取ることが出来ないでいるトルビエルンという男の、呪術に長けた養母が、木の切り株にのろいのルーンを刻んでグレティルの住まいに向けて流す場面です。
木はグレティルの下男によって拾い上げられ、それを薪にしようとグレティルが斧を振り下ろしたとき、斧の刃が木を逸れてグレティルの足を傷つけます。
もちろん、これらは「使用法の一例」に過ぎませんが、参考にはなるかと思います。
当時の人々の行っていた民間信仰らしい呪術を、神話やサガの中に探してみるのも面白いかも。