アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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ケニングの使用(1)

ソナトレク<子を失いて>


 これは、「エギルのサガ」の主人公、スカラグリームの息子にしてアイスランドきっての英雄、エギルが晩年に作ったとされる歌である。
 スカラグリーム(単にグリームとも)の一族は、ハラルド美髪王と仲が悪く、それによってアイスランドへの移住の道を選んだ、いわば一族そろっての跳ねッ返り。エギルの兄は壮絶な戦死を遂げているし、エギル自身も、自分を毒殺しようとしたバールズ公を刺し殺して逃げている。
 それだけではない。彼は豊富な詩才をも併せ持ち、巧みなケニングで人々を感動させ、斬首台に引き出されながらも死なずに済んでしまうという恐るべき人物である。ただの乱暴ものではないのだ。
 彼の詩は魔力を持ち、ルーンによる呪術も良くしたとまで言われる。
 だが、そんな彼でも、老いを避けることは出来ず、息子ボズヴァルの溺死を防ぐことも出来なかった。
 これは、息子に捧げられた、「ソナトレク」と呼ばれる、ゲルマン文学の最高傑作のひとつとされる詩だ。かなり長いので、間を端折りながら紹介する。



 『歌の秤のかくる息の重さもて舌を動かさんとするは
 難し
 オーディンの獲物(詩の蜜酒、すなわち詩作)ののぞみも今はかすか
 魂の隠れ家(胸)より
 そを引き出すは難し

 太古ヨーツンヘイマル(ヨトゥンヘイム、巨人の国)より連れ去られし
 フリッグの身内の嬉しき拾い物(詩作)をば
 心の住家より移すこと易からず
 深き悲哀がために

 詩の蜜酒は申し分なく残れり
 されどブラギ(詩神)は黙す
 巨人の首の傷(海)は
 身内の奥津城に押し寄す

 かくいうは さながら嵐に倒れし樹木のごと
 一門の危機に瀕しおればなり
 身内のなきがらを
 家より運び去る者の心は晴れず

<中略>

 ラーンは余より
 手荒くも奪い去れり
 海は一族の絆を、強固なる糸を断ち切れり

 事が剣にて決する事ならば
 麦酒の鋳造者(海神エーギル)は亡きものと知れ
 もし嵐の恐ろしきはらから(海)に刃向かうこと得るのならば
 エギルの花嫁(ラーン)に
 戦いを挑まんものを

 されど我が子を殺めし者と戦う力
 余に備わるとは思えじ
 老いの身の寄る辺なきこと
 衆人に明らかなれば

<中略>

 我は槍の支配者(オーディン)と
 親しき仲なりき
 彼を信ずることにより不安なかりき
 車の友、勝利を決める者(オーディン)が
 余との友情を断つまでは

<後略>』

アイスランド サガ/新潮社/谷口訳より



 ( )内に書かれたのがケニングであらわされる意味である。麦の鋳造者→エーギル、槍の支配者→オーディン、という具合に。
 ちなみに、「ラーン」はエーギルの妻で、海を荒れさせ、人の魂を網でからめとる女神の名前だ。嵐の時は、彼女が海に網をかけ、船員たちをからめとると考えられていた。

 この詩の中では、海で溺死した息子は海の神々に奪い去られたのだとし、かつて神は自分に勝利を与えてくれたのに、今はそのような信仰さえもゆらぎ、神を疑うことを知ってしまった、と述べられている。

 ものすごーく簡単に直すと、こう。

 「うちの息子は、ラーンのせいで海に攫われてしまった。殴ってすむことならエーギルを殺してやるのに! なんてことだ。オーディン、あんた、かつて俺を勝利に導いてくれただろ? 何で今度は俺の息子を助けてくれなかったんだ。あんたは俺に、色々な才能を与えてくれたけど…。
 俺は悲しみながら、ただ死を待つのみだ。」

 ここまで簡単にしてしまうと、かなり俗っぽい気がするが、要するに、言いたいことをいかにカッコよく遠まわしに言うかがケニングなのだと。
 オーディンなど、神々の名を名指して直接文句を言うわけにもいかなかったので、このような遠まわしなケニングの技巧で運命を嘆いたのかもしれない。


 エギルは、アイスランド最高の詩人として今なお語り継がれる人物である。エギル・サガは、エギルの一族の4代にわたる記録と、エギル自身の誕生から死までの長い記録を細かく、勇壮に記している。
 その生涯はヴァイキングと呼ぶに相応しいほど荒々しく、しかしながら、子供たちに対しては人一倍の愛情を注ぐ根っからの詩人だった。



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