アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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みずうみ谷家の人々 2

二代目 インゲムンドへの予言



 ここから、物語は大海原へと出て行く。
 二代目インゲムンドは、武器の扱いがうまく勇敢で、名誉を重んじるが友達には気安い、人々に好かれる好漢であったらしい。彼はふたりの義兄弟、グリムとフロームンドとともに夏はヴァイキングに出かけ、冬は父の館で大きな尊敬を受ける客として過ごしたという。

 ある夏のことだ。
 彼は、義兄弟たちとバルト海でのヴァイキング航(つまり略奪旅)から帰ってくる途中、別のヴァイキング船と出会う。インゲムンドたちはただちにその船に漕ぎよせると、またたくまに戦いが始まった。
 血の気の多い男たちは一日中戦いつづけたが、いずれも勝利することはなく、日が暮れた。
 夜が迫り、互いに剣を引いた時、彼らは自分たちが戦った相手をはじめて見た。インゲムンドとセームンドのはじめての出会いだ。
 彼らは一目見て、相手がひとかたならぬ人物であるのを知り、話し合いをしようと言い出した。これ以上戦っても勝てるかどうかはわからないし、どうせなら味方のほうが良いからだ。
 セームンドは名乗った。「俺はソグンの出のセームンド。あんたの名前はよく知ってる、噂で聞くからね。どうだい、こうやって一日戦ったあとだし、和平を結んでもいいんじゃないかな。」
 インゲムンドはこれに応じ、ふたりは新たに義兄弟の契りを結んで、来年は一緒にヴァイキング航に出よう、と誓い合う。
 彼らはこの約束を守り、その後、三年つづけてともにヴァイキング航に出る。


 おりしも、この時代は、ちょうどハラルド美髪王がノルウェーの専制君主となるべく各地の集落を併合していた時代だった。ハラルド王は厳しい圧政で国をひとつに纏めた王である。この王に逆らった者たちが国を離れ、アイスランドへの移住を開始するのだ。

 三年目の夏の終わりのこと。
 インゲムンドが、彼の義兄弟たちとともに故郷に帰ってきたその時、故国では、ハラルド美髪王が東部ノルウェーを支配し、西部の首長たちを粉砕すべくイェダール周辺に船を集めていた。
 ハラルド王と、アグデの大キョトヴェ王を中心とした小王たちの連合軍とがハフルスフィヨルドで決戦の時を迎えようとしているのを知って、彼らは悩んだ。インゲムンドとセームンドは、どちらに加担すべきかで意見を交わしたが、彼らは和解しなかった…インゲムンドは、幸運に恵まれたハラルドはいずれ、さらに大きな力を持つようになるだろうといい、セームンドは、この戦いでハラルドに命を預けることは好ましくないと思っていたからである。
 彼らはここで別れた。
 セームンドは家に帰ったが、インゲムンドはそのままハラルド王のもとへ駆けつけ、加勢して勝利を収める。ハラルドはインゲムンドと友情を結び、その証しとして、彼にフレイ神の刻まれた銀の首飾りを与えることにした。これは、敗北したキョトヴェ王から奪われたもので、つねに高価な飾りとして称えられてきたものでもあった。

 こうして、インゲムンドは王のもとで地位と栄誉を得たが、セームンドは、結局ハラルドには従わなかった。
 服従をのぞまず、多くの家族が新天地アイスランドを目指す中、彼もまた、故郷を後にした。
 しかし、こうなってもまだ、彼らの友情は途切れてはいなかったのである。


 さて、あるときインゲムンドは、義兄弟グリムとフロームンドの父で、自分の養父でもあるイングヤルドのもとへ、お客として招かれることになった。この祝宴には魔法に長けた一人のラップ人も招かれており、人々に運命判断をして差し上げようと言い出した。
 未来を知りたい多くの人々が彼女のもとを訪れ、将来を予言してもらう。
 インゲムンドははじめ、運命など信じない、と言い、予言を拒むが、女は自ら告げる。
 「あなたはいずれ、アイスランドへ行く。そして、その地で最も尊敬される一族の祖となるだろう。」
 彼はあざ笑った。自分は故郷を捨ててそんなところへは行かない、大海の中の荒れ果てた島へなど移住してどうするものか、と。しかし女は退かなかった。
 「私の言葉が正しい証拠は、あなたの持っていたフレイ神の像が証明してくれる。神は、あなたの移住を望んでいるのだから。やがてあなたは、アイスランドの地で住まうべき土地を見つけたとき、再びその像と出会うでしょう。そうしたら、私の言葉を思い出しなさい。」

 彼女は、同じような運命を、グリムとフロームンドにも予言するが、インゲムンドはそれを信じず、女に腹をたてていた。
 けれど、後になって、ハラルド美髪王から貰った、あの銀の首飾りを探してみると、女の言葉どおり、確かに無くなっていたのである。

 春になって、インゲムンドが義兄弟たちに例年のようにヴァイキング航に出かけようと言った時、彼らは、運命に抗いたくはない、と言った。自分たちは、あのアイスランドへ行く。あそこはそれほど悪いところではない、何より、王の支配がなく、各人がそれぞれ首長をいただいて自由にやっている…と。

 こうして、インゲムンドは、ふたりの義兄弟とも道を異にすることになる。
 グリムとフロームンドはアイスランドへ渡ったが、インゲムンドは故郷へ帰り、父トルステインの死後は、屋敷を継いで、メレ伯<寡黙の>トリールの娘、ヴィグディスを娶った。
 やがて彼女は男の子を産む。この子の穏やかな目を見て、インゲムンドは「トルステイン」という名前を与える。やがてもう一人の息子が生まれたが、こちらは、長男と正反対に鋭い目をしていた。
 彼は、この子に、父トルステインの願いを受けた「ヨクル」の名を与える。父が殺害した男、すべての始まりの名前だ。

 長男は成人すると、賢くて落ち着きのある青年となり、誠実で、言葉も行動もつねに思慮深い人物となる。対して、次男は、荒々しい気性の一個の戦士となっていく。
 インゲムンドにはさらに何人かの子供が出来、ひとりは、母の父の名を取ってトリールと、もう一人はヘグニと名づけられる。
 長男トルステインは、「みずうみ谷家」の一族の、最大の栄華を築くことになる人物である。


 しかし、このような幸せの中にあっても、インゲムンドは、かつてラップ人の女の下した予言を忘れてはいなかった。
 予言はやがて成就され、彼はアイスランドに移住するが、その物語は、また別の機会に。



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