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アイスランド・サガ
−ICELANDIC SAGA
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みずうみ谷家の人々 1
初代 トルステインの冒険
これは、人々の間に「みずうみ谷家の人々」として語り継がれた、ある偉大なる家系の物語である。
なぜそのように呼ばれたのは後から分かるとして、まずは始まりの一人から語り始めよう。
アイスランドのヴァツ谷の神殿屋敷に住む有力な一族、「みずうみ谷家」のそもそもの始祖、ケティル・ラウムは、北ノルウェーのロムスダールから来たのであり、若い頃は剛勇の士として知られた男でもあった。
彼には一つの悩みがあった。それは、息子トルステインが、力においても率直さにおいても自分に全く似ていないことで、彼は、息子が臆病者なのではないかと思っていた。
やがてトルステインが成人したときのことだった。
ロムスダールとイェムトランドを区切る荒野に、盗賊が住み着いているとの噂が立ち始め、人々がその荒野が姿を消すようになった。ケティルは今はもう老人で、かつてのような力は無い。自分で出かけていって、その盗賊を倒すことは出来なかった。
人々は、首長であるケティルがことの始末をつけられないことを嘆き、陰口をたたくようになった。そのことはケティルの耳にも入り、ある時、彼は息子を前にして思わずこう漏らした…
「まったく、わしの若い頃はもう少しマシだった。昼間っからビールで腹を冷やしていることなんぞ無かったものだぞ。お前の年頃には、わしはもう、富と名誉を手に入れていた―――ところが、お前ときたら、大きくも逞しくも無いではないか。これでは、お前に勇気など期待することは出来そうもない。」
これを聞くなり、トルステインは怒って家を飛び出してしまった。トルステインにも、思うところはあったのだろう。
数日して、彼はひとり荒野に出かけていった。盗賊が出るとの噂が立ってからは、誰も通らない荒野の道。彼は、大きな森まで来ると、道から逸れて一本の細い小径が出来ていることに気が付いた。辿ってみと、森の奥には一件の小屋が建っている。
入ってみると、小屋はきちんと整備されており、誰かが住んでいる気配があった。テーブルにはクロスがかけられ、ベッドが整えられている。何より驚いたのは、部屋の四方の隅に、財宝が積み上げられていたことだ。
トルステインは、ここが盗賊の家だろうと確信を持って、天井まで届く財宝の袋の蔭に身を潜めた。
やがて夜も更ける頃、外でひづめの音がして、誰かが、小屋の中へ入って来る。それは、美しい金色の巻き毛をした、堂々とした体格の男であった。
男は暖炉に近づき、そこに残る燃えさしが、いつもより多いことに気付く。
「どうやら、俺のいない間に誰かがここに来たらしい。」
外は寒く、トルステインは冷えた室内で待っている間に、薪を追加してくべてしまったのだ。
男は剣を持って部屋の中を探し回った。トルステインは小柄な体を生かしてこっそり屋根の上に抜け出し、男が諦めて武器を置くまで待っていた。
やがて男は床に入り、眠りにつく。トルステインは、男が壁にかけておいた武器、一目で素晴らしい業物と分かるその剣を取り上げると、眠っている男の胸を力いっぱい刺し貫いた。
剣は男の体を抜けて、寝台のマットまで届いていた。しかし、男はそれでも死なず、目を見開くと逞しい二本の腕で襲撃者の肩を掴む。トルステインは壁にしっかりと押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまった。
「貴様はどういう奴だ。なぜこんなことをする」
トルステインは自分の氏族を答え、盗賊を退治しに来たのだと答える。
男は、トルステインの父、ケティルのことを知っていた。かつて名を馳せた勇士だったからか、それとも、地区の首長だったからか。
「俺はあんたの父親のことは知っている。しかし、俺はあんたたちに直接悪いことをしたわけではない――それでこんな目に遭わされるとは思ってもいなかったが」
胸に剣を刺したまま、男は言った。
「俺の名はヨクル、ゴートランドのインゲムンド伯の息子だ。いま、あんたの命は俺の手の中にある。俺の言うとおりにすれば、あんたの命だけは助けてやろう。」
もろともに死ぬか、生き残るかの瀬戸際で、トルステインはヨクルと名乗る男から、指輪を受け取ることになる。その指輪は彼の形見で、彼は、形見の指輪をヨクルの母親に届けるよう言い残されたのだ。
さらに、ヨクルは言う。
その指輪を母に渡したら、母は息子の殺害者と父とを和解させてくれるだろう。そうしたら、おまえは妹と結婚し、子供が出来たら自分の名前をつけてほしい、と。そうすることによって、血を伝え、名を残そうとしたのだろう。
トルステインがすべてに承諾したことを確かめると、ヨクルは力尽きて死んだ。
死んだヨクルを埋葬したあと、トルステインは財宝を纏めて家路についた。
村まで戻って来たところで、彼は、ちょうど彼を探しに出ようとしていた父と村人たちに出会う。心配していたという父に対し、彼は、「あんなひどい別れ方をしたあとで悲しまれるとは思ってもみなかった」と、軽口をたたき、持ち帰った財宝を人々に見せる。
彼はヨクルを殺したことを話した。
人々は再び、安心して森を通り抜けられるようになり、父親のケティルは、息子のことを少し見直したのである。
さて、この事件からしばらく経ったある日のこと、トルステインは、ヨクルとの約束を果たすため旅に出ることにした。殺害者が被害者の家族のもとへ行くのだから、当然、気はひけるはずであったが、彼は約束を破るようなことはしなかった。
指輪を持って現われたトルステインに対し、ヨクルの母は訊ねた。なぜ、そんな悪い知らせをはるばると告げに来たのか、と。彼は答える、それは自分がヨクルを殺したからで、ヨクルが死ぬ前に約束をしたからなのだ、と。
ヨクルの母は悲しみと怒りで顔を真っ赤にした。「あなたは不敵な男だわ。そんなことをわざわざ言いに来るなんて――ここでしばらく待っておいでなさい。夫と話をしてきます。」
彼女は夫のもとへ行き、息子の死を告げる。指輪を見せ、ヨクルが死ぬ前に言い残したこと…自分の殺害者と和解し、妹と結婚させることを話した。
ヨクルの父であるインゲムンド伯は深い溜息をついて、言った。
「なんと難解なことだろう。息子を殺した者に友情の贈り物をせよというのか。しかも、それが殺された本人の望みとは。」
伯は、息子の命の代償として、トルステインも殺してしまおうかと思った。だが、妻はそれを押し留めた。彼らには、他に息子はいない。老齢になったら、きっと支えとなるものが必要でしょう、と。
トルステインには才能と幸運があった。ヨクルは、それを見抜いていたから自分たちのとへ寄越したのだ…と。
最初の怒りが収まってから、インゲムンド伯はトルステインを連れてこさせ、謁見した。トルステインは言う。「私は進んであなたに身を預けよう、それが、名のあるものの成すべきことだ」と。
インゲムンド伯は彼をじっと見、そして、彼の中に息子ヨクルが見つけたものと同じものを…天賦の才を見つける。
「なるほど。ならばわしは、お前の申し出を受けよう。お前はわしの息子の代わりとなるがいい」
こうして、トルステインはインゲムンド伯のものとなり、息子として伯のもとに留まって、あらゆる賢明さと優雅な動作を身に付けた。
それから間もなく彼はヨクルの妹トルディスに求婚したが、これが一族にとって好ましいことと判断した伯は、この求婚を快く受け入れる。かくしてヨクルの遺言は、ほぼすべて達せられた。
この結婚から間もなくして、インゲムンド伯は老齢のため病に倒れ、帰らぬ人となる。
トルステインは妻を連れて実家に帰り、やがて、妻トルディスは男の子を産む。彼は、この子の繁栄を願って、母方の父の名「インゲムンド」をつける。
インゲムンド少年はやがて、恐れ知らずで戦いを好み、友情にあつい冒険者へと成長していくが、その物語は、また別の機会に。
…ちなみに、「ヨクル」という名前の人物は、このあと家系の中に何人か現われるようだが、トルステインの息子の中にヨクルという名前の子供はいなかったようだ。
ヨクルの名をもつ息子得るのは、父の望みを継いだ息子のインゲムンドで、彼の次男の名前が「ヨクル」である。
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