■アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA |
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*注釈として、簡単に、この時代の法律について述べておく
「民会(その最も大きなものが”全島集会”)」に参加することを許されたのは全ての自由民。
公の場であるとともに、社会参加の場でもあった。ここでの「追放」宣告は、社会からの追放を意味し、彼が殺されても誰も裁かず、誰も罰せられず、誰も復讐することは許されていない。社会の一員ではない者に対し、どんな行為を行っても、罪には問われない。
ましてアイスランドは島国、孤島の上で追放を宣告されて長く生きていられる者はいない。
そのため「追放」された者の多くは、島の外に出て行くよりほかなかった。
なお、この刑罰は判決によって期間や程度が変わり、何ヶ月、あるいは何年かすると、追放が解け、コミュニティへの帰還が許される場合が多かった。また、一部地域のみからの追放という場合もあった。
グレティルを匿ってくれたトルギルスの元には、さらに二人、トルゲイルとトルモードという義兄弟も居た。
この、気の荒い三人の男たちを喧嘩させないで家においておくことは、トルギルスにとっても大事だった。しかも二兄弟は、何かとグレティルに喧嘩を売りたがり、一度など刃物を抜いて、危うく暴力沙汰になるところだった。
そんな三人だったが、それぞれには、性格の違いがあった。
全島集会に出たスカプティという男が、トルギルスに尋ねた。君のところにいる暴れん坊のうち、いちばん豪胆なのは誰かね、と。
トルギルスは答えた。
「みな申し分のない剛の者。だが二人は恐れることを知っている。
トルモードは神を恐れる男、信心深い男だ。
だがグレティルは暗闇を恐れ、日が暮れてしまうと、出来ることなら外へは行くまいとしている。
そこへ行くとトルゲイルは、何ひとつ恐れることを知らぬ。」
この集会では、野放しになっている暴れ者、グレティルをどうにかしないか、という話も出た。
グレティルの兄アトリと、その殺害者トルビエルンの死に対する裁判が行われたときだった。
「追放」された者は、法によって守られないかわり、法に罰せられることが無い。文字通りの「無法者」だ。
グレティルがトルビエルンを殺したのは、彼が追放を言い渡された一週間後のことだった。グレティルの一族は、彼の行った殺人のために、賠償金を払う義務を負わなかったのである。
逆に、トルビエルンの一族は、アトリ殺害に対する多額の賠償金を払わなければならなかった。
この時、郡代のスノッリは言った。その金を払うかわり、グレティルの追放を解いてやったらどうか? と。
殺されても文句は言えないかわり、人を殺しても罪にならぬ男だ。そして誰が、グレティルを殺すことが出来るだろうか。
このままでは、恐ろしい男が野放しになってしまうぞ――と、警告したのである。
大方のものは賛成した。だが、息子たちを焼き殺されたと思い込んでいるガルドのトーリルは、決して承知しなかった。
それどころか、グレティルの首には前代未聞の賞金をかけてやる、と意気込んだ。また、兄トルビエルンに対し何の賠償も得られなかった、トーロッドという男も、トーリルの話に乗った。
二人は共同でグレティルの首に銀六マルクの賞金をかけた。これまで、三マルク以上の賞金がかけられた者はいなかったのに、である。
スノッリは、あの男を追放のままにしておけば、のちに多くの者が報いを受けるだろう、と言った。
さてグレティルは、トルスカ・フィヨルドを越え、略奪を行いながら暮らしていた。
財産も家もなく、そうする以外に暮らしていく方法を持たなかったのは、確かである。
彼は我が身の安全など考えてはいなかった。そして、そのために痛い目に遭う。
見知らぬ大男が小屋に入り込んでいる、と知った農夫たちが、皆してやって来て、グレティルが眠っているところを見計らって縛り上げてしまったのである。
だが、捕まえてみてグレティルと分るや、みな怯えだし、どうしようかと顔を見合わせるばかりだった。
生かしておいて、復讐されたら皆殺し。ここで殺してしまおうかと相談しているところへ、領主の妻トルビエルグが通りかかった。
トルビエルグは、グレティルを助けるかわり、この土地の者に暴力を振るわないこと、この土地でいざこざを起こさないことを誓わせ、領地から送り出す。
命は助けても、やはり、法に逆らってまで追放された者を匿おうとは思わなかったのだ。
放浪の旅は続く。
多くの家を回ったが、手に負えない暴れん坊、グレティルを匿いたがるような者は、いなかった。
一時、血縁者のトルステイン・クッガソンのもとに身を寄せるが、ここでも長くは住むことが出来ず、再び荒野に放たれる。
トルステインは言った、「あまり人を信用しすぎるな」と。いまやアイスランド全土から狙われ、多額の賞金をかけられたグレティルの命を狙うものは、少なくないはずだったからだ。
この時もずっと、幽霊グラームから受けた呪いはグレティルをさいなみつづけていた。人里はなれた場所に居れば命は安全だが、出来ることなら一人ではいたくない。
人の気配を求めながら、側に暮らすことは許されていない。
闇への強い恐れを抱きながら、日暮れとともに、それは必ず毎日やってくるのだった。