■アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA |
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話は、グレティルのもう一人の兄、アトリに移る。
その頃、長患いの床にあった、父・アースムンドが死んだ。アトリは父のとむらいを済ませ、家長となった。
末の弟、イルギはまだ子供なので、物語の本筋には、登場しない。
グレティルがノルウェーへ向かうとき殺した、口の悪い「船乗りトルビエルン」の親戚、「牡牛のトルビエルン」は、血縁者の死を知って、グレティルの身内に意趣返しすることを望んでいた。そこで、アトリが仲間たちと出かけた時を狙い、グンナルとトルゲイルという二人の仲間たちとともに、待ち伏せして襲った。グンナルは、過去に裁判の席でアトリの身内を斬り殺した男でもある。
アトリは弟グレティルほどではなかったが、そこそこの腕を持つ男だった。グレティルから譲り受けた名剣、イェクルスナウトで戦い、怨恨のあるグンナルを打ち倒す。
この件は訴訟に持ち込まれるが、先に武器を抜いたのはトルビエルンの側だったとして、アトリに有利な判決が下る。
表面上は和解したが、トルゲイルはなおも、アトリを恨んでいた。いつか、仕返しをしてやろう、と。
だが、アトリが用心深かったためなかなか手出しが出来ず、日が過ぎていった。そして次の年。
真夏も近い、ある日のことだった。
その日は雨が降っていた。アトリの家人たちの多くが出払い、残っているのはわずかな人数だけだった。
トルビエルンが着いたのは、正午ごろのことだった。彼はまず、ドアを激しく叩く。下女が現れると、すぐに扉の陰に姿を隠してしまう。
下女がいぶかしみ、誰もいなかったとアトリに告げると、ならば、それは自分に会いに来た者だろう、と言い、次にドアが叩かれた時、自分で出た。
トルビエルンは、扉の陰に身を隠していた。そして、アトリが身を乗り出し、こちらに気付くか、否か、というところで、彼の胸めがけて、槍を突き立てたのである。
「幅の広い槍が、流行っているようだな」
一言だけ残して、アトリはその場に倒れ、息絶える。トルビエルンは自分が殺したことを言い放つや否や、あっというまに駆け去ってしまう。
アトリは父の側に埋葬され、多くの人が彼の死を嘆いた。
訴訟は、まだ行われなかった。それは次男グレティルがすべきことだと考えたからである。
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グレティルが島を離れている間に、状況は大きく変わっていた。
まず、例の焼死事件で息子を失ったトーリルが、グレティルの言い分も聞かないまま、強引に彼を「追放」の刑にしてしまう。これは最も重い罪、地区からの追放ではなく、「アイスランドからの」追放だった。
さらには、賞金までかけて、グレティルを討てと人々を炊きつける。
これには、少々常識を逸していると思う人も少なからずいたが、土地の勢力家であるトーリルに意見できる者は、いなかった。
夏の終わり、島に帰り着いたグレティルは、父と兄の死、自分の追放の報せを一度に聞かされる。
だが、それほど大きな報せを受けても、彼の表情は変わらなかった。いつもと同じように見えたそうである。
人目を避けて、知人トールハルの息子グリームのもとに隠れたグレティルは、グリームから詳しい話を聞く。
グレティルが追放刑に処された後も、グリームは変わらぬ友情を誓った。だがグレティルは、友人に迷惑をかけることを嫌って、すぐに発つ。
彼が向かった先は、自分の家。闇にまぎれて母と再会したグレティルは、そのまましばらく家に滞在し、時を待つ。
だが、グレティルが戻っていることを知る者は、いなかった。
トルビエルンの家が手薄になっているという報せを受け、向かったのは、よく晴れた日のことだった。
トルビエルンの家人たちは、相手がグレティルとは知らず、トルビエルンの居場所を喋ってしまう。トルビエルンは、16歳になる息子アルノールとともに草を刈りに出かけていた。
と、向こうから見慣れぬ大男がやってくる。
噂に聞くグレティルだと踏んだトルビエルンは、息子に、「あの男を背後から襲え」と言いつけて、自分も武器を構える。
だが、武装さえしていない父子は、二人がかりでもグレティルには敵わなかった。グレティルは二人を、それぞれ一撃のもとに打ち倒し、家に帰る。
母親は言った。
「お前の放浪の旅は、ここから本当に始まるでしょう。
トルビエルンの一家は、お前を狙うでしょう。
お前は一体、どうする気なの?」
グレティルは答える、迷惑はかけない、と。
殺されたトルビエルンの身内、トーロッドが手勢とともに押しかけて来たのは、グレティルの発った後のことだった。
母親は気丈に言い放つ。「息子はもう、ここには居ない。私だってアトリを殺されたんだ。これでおあいこさ」
トーロッドたちはその後もグレティルの隠れ場所を襲おうとするが、逃げられてしまい、捕まえられない。
グレティルは、兄トルステインに言われたとおり、レイキヤホーラルのトルギルスという男をたずね、そこに匿われることになる。
類稀なる強力と武勇を持ちながら、暗闇を恐れ、一人で過ごす夜は恐怖に耐えていた男の放浪が始まる。
そして彼は、命尽きるその時まで決して安住の地を持つことが出来なかったのである。