アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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グレティルの災難


 グラームとの戦いの後…。
 アイスランドに、王権交代の知らせがもたらされる。ハラルド王の息子、オーラーヴが即位し、一芸に秀でた者を召抱えるため、各地から優れた者を集めている、というのだ。
 アイスランドの若者たちは、栄光を求め、こぞって海を渡った。グレティルもそうするつもりだった。
 その頃、グレティルの父アースムンドはすでに老衰し、家の切り盛りは兄アトリが行っていた。兄の人望のお陰で、家も繁栄している。グレティルには、アイスランドに居残る理由が無かった。

 時を同じくして、血気盛んな船乗り、トルビエルンという男がいた。
 この男は何かとグレティルに挑戦したがり、自分のほうが優れていると思い込んでいた。同じ船でノルウェーへ向かうことになった時、トルビエルンは、ここぞとばかりグレティルを罵倒し、さらにグレティルの父、アースムンドのことも愚弄する。
 怒ったグレティルは、一刀のもとにトルビエルンを斬り捨てる。そして、船はノルウェーに到着するのであった。


 さて、トーリルという男がいた。
 トーリルにはトルゲイルとスケッギという二人の息子がいて、彼らもまた、王の召抱えを期待してノルウェーへと渡った。
 だが、折りしも嵐が近づき、しばらくは様子を見なくてはならなくなった。グレティルたち一行も、同じ頃、立ち往生して、土手に避難している。
 グレティルたちは、火種を持っていなかった。だが、向かい側の岸には、火が燃えている。
 誰か、この嵐の中を、行って火をもらって来る者はいないか、という話になり、グレティルがその任に立った。
 グレティルは、嵐の中を、入り江を泳ぎ渡ってトーリルの息子たちのもとへたどり着く。

 ここで、悲劇が起こった。
 人が尋ねてくるはずも無い嵐の中、びしょ濡れで現れた大男を見て、トーリルの息子たちはうろたえ、いきなり、襲い掛かったのである。
 火をふりまわす人々に慌てたグレティルは、夢中で火種をひっつかんで小屋を飛び出す。仲間たちのもとへ戻ったグレティルは、人々に感謝され、その夜は何事もなく深けていったのだった。


 翌日は、晴れていた。
 昨夜、火種をわけてくれた人々に礼をしようと、グレティル一行は入り江のむこうへと渡る。ところが、そこにあったものは、焼け落ちた小屋と焼け死んだ者たちの人骨ばかり。
 あっというまに、グレティルは「殺人犯」にされてしまった。商人たちはグレティルの言い訳を聞こうともせず、あちこちで、この話を言いふらした。
 身の潔白を証明したいグレティルは王のもとへ向かい、一通りの事情を説明した上で、ことを神明裁判に委ねようとする。それは、断食で身を清めたのち、焼けた鉄を掴み、やけどしなければその者は無罪、という、古代の儀式だった。

 時が過ぎ、裁判の日がやって来る。グレティルは堂々として裁判の場に向かった。
 ところがそこへ、身なりの汚い子供がどこからともなく現れて、真っ向からグレティルを罵った。最初は我慢していたグレティルだったが、生来の短気、ついには、あまりの口汚さに怒って、子供を殴り倒してしまう。

 神明裁判に向かう途中の者が、乱暴狼藉を働いた。
 これによって、グレティルの身はまたも穢れてしまったわけである。
 裁判によって潔白を証明することのできなかったグレティルは、不運な男だと哀れまれながら、オーラーヴのもとを去る。彼には、王の元で栄光へ至る道が閉ざされてしまったのである。

 グレティルは、兄トルステインを尋ねるつもりで南へ向かった。
 その途中、持ち前の豪腕でならず者を倒し、娘を助けたりしながら。

 兄トルステインはその話を聞き、もしも不運がついてまわらねば、お前は優れた英雄となるだろうに、と言う。
 トルステインは、弟の強い腕を見て、言う。「どんなに力の強い腕でも、幸運に見放されては意味が無い。力よりも、幸運を持つ腕なら良かったのに」と。
 グレティルは、兄の細く長い腕を見て言う、「兄貴の腕は女みたいだ。」
 「だが、お前の仇を討ってやれるのは、この腕なのだ。そうでなければ、お前は永遠に復讐してはもらえまい。」
 「さあて。そんなことはあり得ないように思うがね。」

 トルステインは、先見の明のある男だった。
 このときグレティルが笑い飛ばしたことは、やがて現実となる。女のように細身のトルステインが弟の仇を討つことになろうとは、誰が予想しただろう?

 やがてグレティルは兄のもとを発ち、アイスランドへ向けて出航するが、その後、生きて二人が会うことは、無い。


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