■アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA |
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フォルセール谷に、トールハルという金持ちがいた。
この男の屋敷の近くには、かねてより化け物が出るという話があり、なかなか人が集まらなかった。そこで、あるじトールハルは民会に出かけ、信頼のおける羊飼いを紹介してくれないか、と、議長スカプティに相談する。
スカプティは、グラームという男を紹介してくれた。無愛想だが、何も恐れない男だった。
男はトールハルに雇われ、やがてクリスマスの前日になる。キリスト教徒としては、本来、この日は断食なのだが、グラームは自分には関係ないといい、いつもどおり食事をして羊の世話をしに行く。
そのうち雪が激しくなってきた。
人々は、いつまでも戻らないグラームを不審に思い、探しにゆく。そして、…変わり果てた男の姿を見つけた。
辺りには激しく格闘した跡があり、真っ黒に膨れ上がった姿で転がっていた。人々は、グラームが化け物と戦って倒したが、自分自身も命を落としたのだろう、と考えた。
グラームの死体は、教会に運ばれるはずだった。
だが、運ばれる途中、死体は何度も見えない壁に阻まれ、司祭の前から消えうせる。仕方なく、正式な埋葬ではなく、死体の見つかった場所に塚を築くことで始末をつけるのだった。
グラームが化けて出るようになったのは、その直後のことだった。
トールハルの屋敷の人々は逃げ出してしまい、家畜は皆殺され、トールハルの娘は、恐怖と心労から死んでしまう。
そこへグレティルがやってきた。化け物の噂を聞きつけて、これを倒してやろうと思ったのだ。
トールハルの屋敷での一夜は、何事もなく過ぎた。二日目の夜も何事もないかに思えた。だが、グレティルの乗ってきた馬は骨を叩き折られて殺されている。三日目の夜、グレティルは、毛布を椅子にくくりつけて化け物の出てくるのを待ち構える。
夜の3分の1が過ぎた頃…、グラームはやってた。
激しい格闘になる。
グレティルとグラームの戦いは、さながらベーオウルフとグレンデルの戦いのように、素手と力に頼んだ荒々しい戦いは長く続いた。
そしてようやく、グレティルの剣は化け物を貫く。月の表には、雲が走っていた。
グレティルは、仰向けに倒れた化け物の眼を見た。…それは、恐れることを知らなかった彼が、始めて知った「恐怖」だった。
死に行く化け物は、おぞましい声で告げる。
”グレティルよ、俺に会わなければ、お前はさらなる力を得られただろうに。
今の俺には、お前の力を奪うことは出来ない。
だが、お前が今よりも強くならないよう、呪ってやろう。
今までお前は己の力で功名をたててきた―――
だが、これからは、殺人と追放がお前の災いとなるだろう。
お前は世間に見放され、一人さ迷わねばならなくなる。
そして孤独を知るだろう。ついには死に引きずり込まれるだろう”
化け物の死とともに、グレティルを縛っていた言い知れない恐怖は去った。だが、彼は、化け物退治の代償に、呪われた運命を背負い込むことになった。
倒れたグラームの首をはね、焼いて灰にした後も、その呪いは決して消えることなく、…
このときから、グレティルは、闇を恐れ、一人で歩く闇の中に幻影を見るようになったのだった。