■アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA |
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グレティルは、堂々とした威丈夫で頭もよく、魅力のある人物だった。
だが同時に気難しく、短気で、扱いづらい少年だった。
父親には嫌われたが、母親には愛された。末の弟は兄の追放後に生まれるので、このときはまだ、アースムンドとトールディースの息子は、兄のアトリと二人だけである。
力は強かったが、自分から進んで仕事をすることはしなかった。
ガチョウの番を頼まれれば、ガチョウがよちよちとしか歩かないことにキレてガチョウをみんな殺してしまうし、父親の背中をこする事を言いつけられれば、わざと羊の毛を梳く櫛でガリガリやって傷つける。父の大事にしていた雌馬ケインガーラを押さえつけ、背中の皮を剥いでしまう。
それでいて、決して謝らず、皮肉ったケニングの歌で答える少年だった。
グレティルが14歳になったとき、兄アトリは既に成人して一人前になっていた。グレティルはそれまで本気で誰かと勝負をしたことはなく、負かされることも知らなかった。
兄とともに、同年代の少年たちとの遊びの輪に加わったグレティルだったが、相変わらずの短気でもって、そこにいた少年の一人との喧嘩が始まってしまう。相手は、何歳か年上の、この辺りではいちばん強い少年だった。
取っ組み合いの結果、彼は負けてしまうのだが、実は意外に強いのだということを少年たちに知らしめるのであった。
英雄伝説は、ガキ大将時代から始まる。そう、これが、グレティルのサガの始まりだった。
そんなグレティルに、最初の試練が訪れる。グレティルにとっては母方の祖父、高齢のトルケルが、彼を父アースムンドのかわりに民会へ連れて行くことにしたのだ。その道中で、グレティルは些細な争いからトルケルの部下のスケッギを殺してしまう。
トルケルが仲立ちをしてくれたものの、民会では追放が言い渡され、グレティルは3年間、アイスランドを去ることになったのであった。
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グレティルは、父の友人ハヴリディの船に乗せてもらうことになった。父は息子と他人のように別れ、戻って来いと声をかける者も少なかったが、母親だけはグレティルに贈り物をした。祖父ヨクルの持ち物だった剣だった。(そしてグレティルは、のちにこの剣を手にしたまま戦いで死ぬ。)
追放を言い渡されてもグレティルの様子は相変わらずで、船の上でも仕事はせず、人をからかう詩ばかりを作っていた。
船員たちとの関係も悪かった。
だが、航海が続き水夫たちが疲れ果てる頃になり、ようやく彼は動き出した。船底に溜まった塩水を汲み出す作業で、人の何倍も力のあることを見せ付けたのである。
それからというもの、グレティルを悪く言う者は誰もいなくなり、グレティルのほうも、以前のようにはぐうたらしなくなった。
ある夜、船は、ひどい霧の中、ノルウェー沖に座礁した。そこは、ノルウェー本土から少し離れたハーラマル島である。船員たちは助かったが、ハヴリディの船は沈み、多くの商品が台無しになった。
ハーラマル島の領主はトルフィンといった。
ハヴリディたち商人は、一週間ほど世話になったあとすぐに発ってしまったが、グレティルはトルフィンのもとに残っていた。
トルフィンに食べさせてもらっていながら、グレティルは何もせず、自分からは関係を持とうともしない。そんな日が長く続いた。
グレティルは、トルフィンではなく、農夫アウドゥンと友達になっていた。
ある晩のこと、グレティルは、アウドゥンのもとから宿に戻ろうとして、岬に燃え上がる炎を目にした。その火はトルフィンの父、カールが宝とともに納められた塚から燃え上がるのだ、とアウドゥンは言った。カールは大変な財宝を持っていたが、死してからもそれを手放さないのだと。
それを聞いて、グレティルが興味を抱かぬはずもない。さっそく翌日、塚を掘り起こして中に入ってみた。
塚の中には多くの財宝とともに、ひとりの男が納められていた。
財宝を集めて持ち出そうとするグレティルと、死んでいるのに物凄い力で襲い掛かってくる塚の主。戦いは激しく、長く続いたが、ついにグレティルは、母に譲り受けたヨクルの名剣で化け物の首をはねて倒すことに成功する。
土の中に埋められたものについては、掘り出した者が所有権を有する。グレティルは財宝をトルフィンに持って行き、その中にあった見事な短剣を譲って欲しいと言うのだが、トルフィンは、それは父親が息子の自分にすら渡そうとしなかったものだから、何か目立つ働きをしてくれたら譲り渡そう、と言う。
トルフィンはその短剣を念入りに隠し、そのまま、冬は過ぎていった。
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ところで、オーラーヴ王が戦死したあと、ノルウェーはエイリーク公が治めていた。エイリーク公はノルウェーでのあらゆる決闘を禁じ、乱暴者はすべて国外に追放せよと決定していた。その会議の席にはトルフィンも出席していた。
このことで、荒くれの兄弟、トーリルとエグムンドはトルフィンを恨んでいた。そして、自分たちを追放したトルフィンに、いつか仕返しをしてやろうともくろんでいたのだった。
事件が起こったのは、グレティルが島にやってきた翌年の1014年のことである。
エイリーク公が国を離れたので、ノルウェーの国は、弟スヴェインが治めることになった。トルフィンは冬至を過ぎた後、別の屋敷で大勢の親戚を招いての宴をすることになり、ほとんどの手勢を連れて出発してしまった。グレティルの世話になっている屋敷には、たまたま病気を患っていたため動けなかったトルフィンの娘と、付き添いで残った妻、それに何人かの下女と使用人だけが残されていた。
そこへ、さきのトーリルたちが襲ってきたのである。
グレティルは、船が乗りつけるのを見るとさっそく飛び出して行き、トーリルたちにおべっかを使い始めた。グレティルが裏切ったものと思い込んだトルフィンの妻は、彼をひどくなじり、下女たちは自分たちが慰み者にされると思い込んで泣き叫んだ。だがグレティルはそんなことは気にした様子もなく、まるで、かつて欲しがった宝をトルフィンが分けてくれなかったことをうらんでいるかのように振舞いながら、トーリルたちをもてなし、いい気持ちにさせて酔っ払わせた。
グレティルを信用しきった賊は武装を解き、別館に閉じ込められているのにも気付かない。隙をついて、グレティルは武器を手に取った。
かくて戦いは始まった。グレティルは一人だが、相手は多い。いくら武装していても、これは危険な仕事だった。
おじけづいた下男たちはほとんど役にはたたず、グレティルはたった一人で賊のすべてを討ち果たす。
やがて、屋敷に戻ってきたトルフィンは、自分がいない間にグレティルが命がけで家族や屋敷を守ってくれたことを知ると、大いに喜び、これまで以上に丁寧に彼をもてなした。
もちろん、あの短剣も彼のものになったのだった。
…グレティルの冒険は、さらに続く。