古今東西・北欧神話
ヴィーザルの誕生
この物語は、オーディンの息子のひとりヴィーザルの誕生にまつわるものだ。
ヴィーザルは、古き森に住み、森を守る無口な神だ。「エッダ」ではほとんど活躍しないが、ラグナロクではフェンリル狼を殺し、父オーディンの仇をとの、再生した新たな世界にも、生き残るとされている。
ヴィーザルの母親は巨人族で、名は、グリッド(グリーズ)と言った。
あるとき、オーディンは、全世界を見渡せる高座フリズスキャールヴの上から世界を見渡しているとき、荒涼とした大地の真ん中に、ぽっかりと口を開く洞窟を見つけた。その中には美しい女が一人で暮らしている。
まわりの野原には木も生えず、草も無く、花も咲かなければ鳥も歌わない。オーディンは、この女が一人でどうやって暮らしているのかと、さっそく、訪れてみることにした。
だが女は、オーディンの来訪などさして気にもかけない。一人で寂しくないのかという問いに、「自分には多くの友達がいるから」と、答える。
友達とは、広野を吹き抜ける風、そよぐ痩せた草たちのことであった。
これを聞き、オーディンは、なんと粗野で獣のような女だろうと思うのだが、美しいことにかわりはなく、足しげく通うようになった。そうして、最初は無関心だった女の態度も、少しずつ、親しげになってきた。
やがて、ふたりの間には、男の子が生まれた。
ヴィーザルである。(この名前は森を意味する)
ヴィーザルは成長すると、アスガルドへゆくことを決心する。すると母グリッドは、息子に、鉄のように硬いごつい靴と脛あてとを渡して、こう言った。
「アスガルドへ行くのなら、これをもってお行きなさい。今は栄えている神々の世界にも、いずれ、秋(※)は来るのよ。そのときには、お前のお父さんも殺されるだろう。」
巨人族の女性たちが、巫女や予言者として登場する物語は、ひとつではない。運命の女神ノルニルもまた、巨人族の出身とされている。
彼女たちは未来を知りながら、息子たちを戦場へと送り出す。
しかし、それは、諦めとして運命を受け入れるという意味ではない。
ヴィーザルは、母にもらったこの靴を履いて、ラグナロクに生き残るのだから。
出典は不明。ヴィーザルがラグナロクに生き残るのは、「巫女の予言」にも述べられている通りだ。
なお、ヴィーザルの母親は、「グリーズの棒」という魔法のナナカマドの杖(マジカルステッキ…?)も、持っている。
通常、自分で作ったとされる「靴」が、この物語では、母にもらったことになっている。その靴というのは、靴をつくるときに切り落とす皮の切れ端をつないだもので、鉄のように硬いんだとか。あまりものを利用して自然にも優しく、パッチワークなので手作りの温かみもある逸品。現代のリサイクル精神にも通じるものと言え…ないか^^;
※秋・・・ いわゆる「ラグナロク」、神々の黄昏のこと。
ラグナロクという言葉自体に、黄昏という意味があるわけではない。この言葉の意味の解釈について色々議論された結果、昭和初期くらいまでは「秋」という単語が和訳に当てられていた。妖精という言葉がなかった時代に、フェアリーを「天女」と訳していたのと同じようなものだ。
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