北欧神話−Nordiske Myter

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古今東西・北欧神話

フォルセティの島



 むかし、フリースランドには定まった掟というものがなく、事件や諍いが非常に多かった。
 血の気の多いゲルマン人は、意外かも知れないが、裁判や法律というものが大好きである。喧嘩っ早いだけに、掟がなければ殺人や略奪が横行する。
 人々は、どうにかしてまとまった掟をつくり、正しい裁判が行えるようにしなければ、と考えていた。
 そこで12人の賢い人々を選び出し、この者たちに、むずかしい仕事を任せることにしようと考えた。人々は彼らのことをアセガイル(年長者、の意)と呼んだ。

 アセガイルたちは、多くの部族から成るフリースランドを歩き回り、それまでにあった多くの雑多な掟を収集すると、これらをひとつにまとめる作業に移ろうとした。しかし、この作業は難航した。集めてきた掟の数が、あまりにも多かったためである。
 そこで、船に乗って、離れ小島へでも移って、ゆっくり協議しあおう、と、いうことになった。ところが…

 船は海に漕ぎ出すや否や、激しい嵐に巻き込まれてしまった。12人は震え怯えながら、フォルセティに助けを求める。
 そして、ふと気がつくと、船の中に、見知らぬ男がひとり紛れ込んでいた。
 男は、嵐に怯える人々をよそに一人黙々と舵を取る。船はやがて嵐を抜けて、どこかの島へとたどり着いた。
 「さあ、上陸するがいい。」
男は言って、さきに島へと上がっていく。12人があとに続くと、男は、斧で地面を割って泉を沸き立たせているところだった。
 この泉から湧き出る清水はきよらかで、人々の喉をうるおすのに十分すぎるほどだった。

 こうして疲れを癒とたあと、人々は輪になってすわり、協議を開始する。
 見知らぬ男は、低い声でゆっくりと法律について語りだした      もちろん、その男とは、フォルセティが姿を変えたものである。
 人々が掟をひとつにまとめられず困っているのを見て、まさしく助け船を出しに来たというわけだ。

 アセガイルたちは、これまでどうしてもまとめられなかった掟が立派にまとめられているのを聞いて、いたく感動した。
 そして、フォルセティに深く感謝し、神から授けられた法を堅く守っていくことを誓ったのである。
 このとき協議の行われた島は、ヘリゴーランドと名づけられ、何人であれ、ここで口論したり、血を流させたりしてはならない、と定められた。泉は聖なるものとして、大切にされたのだそうだ。



 フォルセティは、オーディンとフリッグの息子で、一般的には光の神と言われるバルドルと、純潔の女神と言われるナンナの間に生まれた息子である。
 この神は、チュールが調停のための右腕をフェンリスヴォルフに食いちぎられてしまったあと、正義と法を司る役割を受け継いだ。争いを鎮める役目を持ち、言葉は権威を持ち、人々は、それに従わなければならなかった。

 この神に関する神話は、これ一篇だけで、しかも出典も分からない。ただ、フォルセティに対する信仰は確かにあったようで、古いサクソン人によって特に信仰された神だとも言われている。「法律の神」とは、人々の導き手となる首長のような存在を指すのかもしれない。
 ゲルマン人は、多くの小さな部族に分かれていた。部族ごとに、人気のある神が違っていたのだろうが、最初に法律というルールの制定を考え出したのがどの部族だったのかは興味深い。

 なお、ヘリゴーランドは、英語でHoly Land(聖なる島)を、意味するという。
 最初の法律が神から授けられるというのは、ありがちな話だが、もしかするとフォルセティは、誰か実在した優れた法律家を神格化したものだったのではないか、とも思える。


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