マビノギオン-Y MABINOGION

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ロナブイの夢

※「白い本」では完全に失われており、「赤い本」を原典として語られる物語。



 『この物語は「ロナブイの夢」と呼ばれている。そしてここに、だれ一人として、たとえバルズ(吟遊詩人)にせよ物語の語り手にせよ、一冊の本の助けなくしてはこの夢物語を記憶できないわけがある。』―――

 物語のしめくくりには、そう書かれている。「記憶出来ないわけ」とは、この物語が夢の中での出来事をテーマにしたものだったからだろうか。
 これはタイトルの通り、ロナブイが夢で見たアルスルの宮廷の物語で、ロナブイの生きている実際の時間では、すでにアルスルは過去の人となっている。ロナブイは過去を見、過去を旅し、メニオの息子イダウクの案内でアルスルの家臣たちの名を知ることとなる。


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 物語は、マレディズの息子マダウクが、弟イオルオウェルスと、遺産相続で争いになるところから始まる。主人公ロナブイは、仲間たちとともにマダウク側の討伐隊として参加する、ごく普通の、特別な能力は何も無い人物である。
 彼らは一夜の宿を求めたが、そこはとても人の住める場所ではないひどいところで、家の住人たちはロナブイたちに無愛想にあたる。寝床はぼろぼろで、蛆が湧いている。それでも、外はひどい嵐となってしまい、他に選択することはできなかった。
 二人の仲間たちは酷い寝床に我慢して眠りに就くが、ロナブイだけは眠れず、毛布は無くてもよいから、黄色い牛の皮の上に寝たほうがマシだろうと思う。

 こうして、彼は夢の世界へと旅立った。
 意識は、ハヴレン川に面したリッド・イ・グロイスへと向かう。そこで物凄い音を耳にして、彼は、まだ若い、奇妙な風体をした青年と出会う。これがメニオの息子イダウク、あだ名は「プリダインの撹乱者」だった。

 なぜ、そのようなあだ名なのか、というロナブイの問いかけに、イダウクは、以下のように答えた。

 「それも教えてしんぜよう。私は、アルスルとその甥メドラウトとの戦い、あのカムランの戦いにあたって、使者をつとめた者の一人なのだ。
 あのころ、私はなんと血気にはやった若者であったことか。なんとしても戦いにもちこちみたいと思うあまり、二人の間にいざこざを起こそうと画策したのだった。
 そこで、こういうふうにやってみた。皇帝アルスルが、自分が養父でもあり叔父でもあるということを思い出させ、プリダインの島の王の息子たちや貴族たちが殺しあうことがないように和解しようではないかと呼びかける提案を託して、私をメドラウトのもとへ送り、できるかぎり丁寧な言葉で彼に話してくるように、と命じたとき、私は、考えつくかぎりのもっとも汚い言葉でメドラウトに話しかけたのだ。」


 この話の中では、アルスルは王ではなく「皇帝」と呼ばれている。
 メドラウトはモルドレットのこと、カムランの戦いは、アーサーとモルドレットがともに命を落とす戦いのことである。彼はここで、その戦いの原因が自分であること、カムランの戦いが過去であったことを告白している。
 そして、カムランの戦いの三日前に戦場から退き、七年のつぐないをしたと語る。

 しかし、夢の中の世界ではアルスルは生きていて、プリダインの王として在る。
 未来を語りながら過去にいる、この人物は、むろん生身の人間ではない。
 ロナブイたちがいるのは夢の世界、この世のものではない、幻の世界なのだ。

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 イダウクに連れられ、ロナブイと仲間たちはアルスルの宮廷へと向かう。
 そこにはアルスルその人がいて、彼らを迎えた。

 「そなたたちに栄えあれ、イダウクよ、どこでこのような小さき者たちを見つけてきたのか。」

むろん、ロナブイたちは小人でもなければ小柄でもない。その意味は、次の会話にあらわれている。

 「殿、なにゆえ、そのようにお笑いになるのですか。」
 「イダウクよ、余は笑っているのではない。そうではなくて、かつてこの島を治めていたあのようなりっぱな人々に代わって、こんな小さな者たちが島を治めているのかと思うと、つい寂莫の思いにかられるのだ。」


 つまりアルスルも、ロナブイたちが現代…アルスルたちにとっては未来である時間からやって来たことを、知っている。そのセリフはまるで、主人公ロナブイが参加している戦い――マダウクとイオルオウェルスの兄弟間の争いを、あざけっているようではないか。

 ロナブイたちは、夢の中で、過ぎ去りしかつての栄光の騎士たちを目の当たりにし、説明を受ける。
 後のアーサー王伝承では消えてしまった、多くの名前や設定もある。が、一つ一つ挙げていくには多すぎるので、ここでは省略しよう。

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 その間に、アルスルとオウァイン(ウリエンの息子オウァインと同一だとしたら、何故争っているのかは謎)はグウィズウィズという盤ゲームで勝負をはじめた。盤上の駒が進むにつれて、オウァインの持つ烏たちの軍勢と、アルスルの持つ人間たちの軍勢とが、ヒッチコックの映画よろしく、壮絶な戦いをはじめる。盤上の駒は、そのまま現実の戦いを意味しているのだ。
 何度も使者が訪れ、アルスルとオウァインは休戦を結び、アルスルは、家臣たちを連れて協議へと出かけていく。

 最後にカイが言う。

 「アルスルさまに従うことを望むものは、今宵ともにケルニュウに来るがよい。望まぬ者は、この休戦の終わるときに、アルスルさまに会いにやって来い。」

 と。
 この言葉とともに人々が席を立ち、ロナブイは目を覚ます。そして自分が、三日三晩も眠り続けていたことを知るのだった。

 ぶっちゃけ夢オチですが、夢の中ででもアーサーの宮廷に行ってみたかった当時の人たちの気持ちが伝わる気がします。




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