正しいデートの誘い方(扉・かけら)

「遥奈。明日、暇?」
 放課後にぼんやりしていると声をかけられた。驚いて顔をあげると、久生が笑いながら立っている。
「ううん、忙しい。柚麻と遊ぶから」
「そっか」
 実は柚麻と遊ぶのは別の日だ。
 けれども、いつもいつも小間使いのように使われているこの状態を続けてなるものかと固い決意をする。この前も、この前も、この前も。宿題やら、部屋の掃除やら、買い物やらにつき合わされて散々な目にあったのだ。
(買い物は……悪くなかったけども、さ。「彼女なの?」とか聞かれたりして)
「……どうしたの? 誰か他の子に手伝ってもらえば?」
 敵に塩を送る真似をしたところで、今さら痛む懐も何もない。どんなに頑張ったって、彼女たちは幼馴染にはなれないし、遥奈は恋する少女として告白なんかできない。
 お互いの立場で頑張るしかないのだ、結局のところは。
 悟りきった考えにひたっていると、目の前で久生がにっこりと笑う。
「らっきー。柚麻ちゃんも一緒なんだ。呼んでもらう手間も省けたぜ」
「……はい?」
「あ、あのさ。ここだけの話なんだけど」
 ちょいちょいと手で招かれ、遥奈は身を乗り出した。耳を久生の口元の近くにすると、久生が声を落として囁いてくる。
「柚麻ちゃんのことが気になってる奴がいてさ。デートしたいんだって」
「はぁ?」
 その言葉に驚いて声を荒げそうになった遥奈に、久生が口元に指をあて静かにするように促す。
「だから、デートしたいんだってさ」
「なんで私に言うのよ、それを。てか、柚麻。彼氏いるって」
「俺だって言ったんだよ、それくらい。けど、デートしたいっていうからさ。だから、ダブルデートで」
「ダ、ダブルデートってだ、誰とよ」
 驚きすぎて、声がどもった。誰と、なんて聞いているが実際のところわかっている。けれど、どうしても信じられない。
「そいつと俺と柚麻ちゃんとお前。別に変じゃねえだろ。映画行って、飯食ってそれで終わりだからさ」
(それって、もしかして私と久生がカップル…?)
 あまりのことに心臓がバクバクしている。顔が熱くなって、湯気がでそうだ。こんなのを見られたらきっとからかわれるだろうと思い、下を向いて顔を隠す。
 その上空で、久生ののんきな声がした。
「まあ、遥奈もデートしてみたかっただろ? こんな機会めったにないし。それに俺も遥奈だったら気を遣わなくてもいいし」
 熱かった頬はすっと冷たくなり、ドキドキしていた心臓はおとなしくなった。代わりに、指に力が入り、目が据わってくる。
(お前までドキドキしろとは言わないけど…!)
 ドン、と立ち上がって久生を見下ろすと、「うわ」と慌てているのを尻目に冷たく言葉を言い放つ。
「………悪かったわね。彼氏いなくて」
 そのまま教室から出ると、遥奈は一目散に走り去った。


 ピロピロピロ。
 携帯の着信音が響く。屋上でぼんやりしていた遥奈は、あわてて携帯を取り出すと、画面に映る文字を見た。
『着信 今泉久生』
 少しの迷いの後、着信拒否をして、携帯を自分の横におく。今は冷静に話をできるとはとても思えなかったからだ。
「……短気だよなぁ、私」
 ふぅとため息をついて、空を眺める。
(でも、かけらでも私のこと思ってたら、あんなこと言わないよねぇ)
 ぼんやりと思いながら、けれどもその思ったことにまた打ちのめされながら、遥奈はただ時間を過ぎるのを待った。
 教室に荷物を取りにいかないといけないのだが、久生がいる場所にはいけない。このまま下校時間を過ぎるまでここにいようか、などと考えていると、また着信音が鳴る。
 久生だったら無視しようと思って画面を除くと、『着信 椎 柚麻』の文字。
 慌ててボタンを押して、耳元に携帯電話を近づけると、聞きなれている声がした。
『繋がってよかったわ。遥奈ちゃん?』
「うん。どうしたの?」
 本当はどうしたもこうしたもないのだが、遥奈がそう訊ねると柚麻はため息をつく。
『さっき、今泉くんから電話があって、いろんなこと言われちゃったから、遥奈がどうかしちゃったのかと思って心配してたの。大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ」
 えへへ、と笑うくらいには大丈夫だ。
『だったらよかったわ。そういえば、今泉くんが、明日の話って言ってたけど、何のこと? 次に遊ぶのは来週よね?』
「ああ、ごめん」
 久生はまだ勘違いをしたままなのだ。直接柚麻に頼んだのだろう、久生との会話がかみ合わない様子を想像して少し笑った。
「久生が何か頼んできたから、柚麻の名前だしちゃったの」
『それは構わないけれど、でも何だったの? よろしくって言われたけれど』
「あ……それはね。柚麻に明日デートして欲しいらしんだけど」
『そう……』
 柚麻の声が小さくなったのを感じて、慌てて遥奈はフォローをする。
「あ、けどね。Wデートでってことだったし、柚麻に彼氏いるって知ってる感じだったから」
『………』
 無言になってしまった柚麻に、遥奈は焦って声をかける。彼女にしてみれば、かなり勝手なことだから怒って当然だ。
「もちろん断るつもりなんだけど。断る前に久生に怒鳴っちゃって。でも大丈夫! ちゃんと断るから。ごめんね?」
『断るの?』
「え?」
 ぽつりと返された言葉に反応できなくて、聞き返す。
『だから、断るの?って。せっかく遥奈ちゃんと今泉くんの初デートなのに』
「ち、ちがうよ! そういうのじゃなくて! ほら、久生だって私といれば気を遣わなくて楽だからとか言ってたし」
 相手が目の前にいないのに、ジェスチャーを加えながら反論する。
『それで遥奈ちゃん怒っちゃったのね。それは仕方ないわ。今泉くんが悪いわね』
「て、てかそうじゃないし。だって、柚麻明日駄目でしょ?」
『別に、駄目じゃないわよ』
 そう言われた途端、柚麻の向こう側で声がした。よくは聞こえないが、明日は……と言ってるところからすると、柚麻が明日一緒にいる予定だった相手かもしれない。
『今電話中なの。静かにしてよ。……あ、ごめんなさい。こっちは大丈夫なんだけど』
 妙に冷たくて、けれど拗ねたような声は、電話の向こう側の人に言ったのだろう。いつもの違う柚麻を知ってなんだか得をした気分になる。
(彼氏……なんだろうなぁ)
『遥奈ちゃん?』
 ぼんやり思ってたのを不審に思ったのか、柚麻の心配そうな声がする。
「あ、ごめん。でも悪いよ。柚麻に彼氏いるしって断るから大丈夫」
『だから大丈夫よ。遥奈ちゃんも今泉くんとデートしたいでしょ?』
 う、と言葉につまる。
 もちろんしたくないと言えば嘘になるけれど、けれどもあんなことを言われた後で、すごくしたいかと言われればそんなこともない。
 だから柚麻にも悪いし、断ろうと思っているのに、そんなことを言われるとまた心が揺れてくる。こんなチャンスは確かにめったにないことだから。
『気を遣わない、なんて言ったことを後悔するくらい可愛くしていけばいいじゃない』
「無理だってそんなの!」
『じゃあ、私がやってあげるわ。それじゃ詳しい時間がわかったら連絡くださいな』
「あ、え、柚麻?」
『またね』
 プツ、ツーツーツー。
 無慈悲な音がして呆然としていると、扉が開く音がする。
 姿を現したのは久生で、なんでいつもこんなにタイミングがいいのだろう、なんて思ってしまう。彼の特技なのかもしれない。
 きっと遥奈のような普通の人間にはない、特技だ。
「お、いた」
「なによ」
 立ち上がって睨むと、ほい、と右手に持っていた鞄を渡される。
「忘れ物」
「今から取りに行こうと思ってたの。忘れ物じゃないんだから」
「明日嫌だったら、別にいいぜ?」
 心配そうに言ってくる久生に、遥奈はため息をついた。
 このタイミングで、そしてそんな顔で言うのは卑怯だと思う。
 柚麻がOKの返事を出している手前、断ることはできない。久生の友人だって断られるのは嫌だろう。せっかく勇気を出して久生に言っているのだから。
「……いいよ。何時?」
 了解の返事を返すと、久生が怪訝な顔をした。
「本当か? 無理やりだったら悪いけど」
「いいってば。それよりも何時?」
 言い返すと、久生が少ししどろもどろに答える。
「1時。駅前」
「りょーかい。柚麻に言っておかなきゃ」
 校舎内へ帰ろうと久生の横を通って扉へ向かう。ほら行くよ、と振り返ると、久生はそこに立ったままだ。
「どうしたの?」
「明日、ずっと俺の傍にいろよ?」
 逆光で表情がよく見えない。頬が赤く見えるのは、夕日のせいだろうか。
 あまりのことに遥奈が次の行動を取れないでいると、久生は真剣な声のまま言葉を続ける。
「Wデートなのに一人ぼっちは寂しいからな」
 ぷちり、と何かが切れる音がした。
 とりあえず久生の腹に向かって思い切り鞄を投げると、当たったかどうかの確認をしないまま遥奈は走り去る。そして、心の底から誓いを立てた。
(絶対にかわいくなってやる!)
 階段を駆け下りながら、ポケットにある携帯電話を取り出す。ちらりと見てリダイヤルボタンを押すと3回のコールの後に目的の人物が出た。
「はい?」
「明日1時から。10時私の家集合。よろしく」
 そのまま返事も聞かずに携帯電話を閉じると、遥奈は残りの階段を飛び降りた。

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