アトランタのバスディーポでバスを待っている時、横にいた黒人の女の子が話し掛けてきた。「日本人なの?」とか「どこまで行くのとか?」いろいろ聞いてきた。話しをしていると彼女もメンフィスに行くことが分かった。メンフィスまで従兄弟に会いに行くそうだ。なんか陽気な子だ。少し酒のにおいがする。実際の年は分からないが、かなり童顔なのか、見た感じ10代に見える。どこかで飲んできたんだろう。ぼくにいろいろ質問してくる。そして日本人が珍しいのか、日本のことを聞きたがっている。彼女はまだ海外旅行に出た事がないらしく、ぼくの事をしきりに羨ましがっていた。しかし楽しく話しをしていたはずなのに、何故だか彼女の感情がだんだん高まってきて、そのうちに泣き出してしまった。ぼくには何が何だかわからないが、「お父さんが・・・。」、「お父さんが・・・。」と言っているのはわかった。周りの人が不思議そうに彼女とぼくを見るが、ぼくも困っているのだ。何故泣き出したのか理解出来ない。そのうちにバスの案内が流れて、乗客は一列に並び出した。ぼくも列に並び、彼女も遅れて並んだ。ぼくは後ろの方の席に座り、彼女はその2つ前に座った。そして乗客がみんな座って、出発しようとした時、彼女はその場で吐いてしまったのだ。周りの客は席を立ち、彼女に罵声を浴びせて、運転手さんに何か言っている。運転手さんも彼女をバスから連れ出そうとするが、彼女は泣いたまま「すいません」と謝っている。「大丈夫だからバスに居させて」と言っても、周りが納得しないので、運転手さんは無理矢理彼女を引っ張りだした。その時にまた吐いてしまったのだ。近くの人にも被害がおよび、もうバスの中はぐちゃぐちゃになってしまった。運転手さんが彼女を連れ出す時、彼女はぼくの方を見ていた。しかしぼくは何にもすることが出来なかった。そのうち乗客がこんな臭いバスには乗れないと言って、どんどん降りていく。みんな降りてしまった。確かに臭い。ぼくも降りた。トイレかどこかにいるのだろうか?見える範囲には、彼女はいなかった。すぐに代わりのバスが来て、彼女以外のみんなが乗って、そのままバスはメンフィスへ出発してしまった。
バスに乗っている間もずっと彼女の事が気になっていた。そして何も出来なかった事も・・・。彼女は最後に訴えるようにぼくを見たのだ。ぼくは何も出来なかった、というよりやろうとしなかったのだ。バスの中ではほとんど寝れなかった。
朝の8時ごろメンフィスに着いた。少し雨が降っていたので、待つことにした。なんて運がいいのだろう。一時間もすると雨はやんだ。メンフィスはダラスに行く途中で、時間が少しあったから寄ったのだ。しかし、そんなにのんびりしている時間はない。今日の夜のバスでダラスまで行かないといけないのだ。ガイドブックも何もない。バスディーポで地図を貰って観光案内所を探した。しかし地図に載っている位置に観光案内所はない。周りの人に聞いても知らないという。さて困った。とりあえずプレスリーに関わるものと飛行機のメンフィスベルだけは見たいのだ。とりあえず、地図に載っているプレスリーの銅像に行く。・・・気休めにもならない。プレスリーの生まれた所なので、プレスリー博物館みたいのがあると思っていたが、どうやらなさそうだ。一応、近くにあった美術館の人に聞くが、生家はバスで30分の所にあるが、ここには博物館はないそうだ。そんな感じもする。一つの通りだけ賑やかで、あとは寂れた雰囲気を感じる。ここはナッシュビルと並ぶ、ブルース/カントリーの町なのだ。その賑やかな通りにはブルースを聴かせてくれる感じのよさそうな店がたくさん並んでいる。ハードロックカフェもある。しかし通りをはずれてミシシッピ川沿いを歩くと、石壁があり、大砲みたいのが置いてある。ここで本当に戦争があったのかはよく分からないが、石壁の上からミシシッピ川を見ると、何か感慨深いものがある。
時間もないので、プレスリーの生家を諦めて、メンフィスベルを見に行く。メンフィスベルはマッド・アイランドという小さな島に置いてあり、モノレールみたいなものに乗って行くのだ。メンフィスベルは白いドーム状のものに覆われていて、外からは見えないようになっている。そのドームをくぐると映画で観た実物があった。すごい迫力だ。映画の内容はよく覚えてないが、側面に描いてある、あの女の絵は覚えてる。同じものがそこにあった。メンフィスベルの歴史が書いてあるが、全部英語なので読む気にならない。ぐるぐる2週くらいして、メンフィスベルとミシシッピ川が見える所に座ってボーッとしていた。心地いい。そして"なかなかいい町だな"と思った。
これら以外に、町の中には何もない。飯を食うところも困るくらい何も無い。
夜になるまで、ミシシッピ川をずっと見ていた。・・・来てよかった。