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本件もまたパトリック・シェリルに代表される「ポスタル・キリング」の1つである。但し、このたびはシェリルやジョセフ・ハリス、トーマス・マクルヴェインのケースとは趣きが異なる。ジョン・テイラー(52)は真面目で温厚な人柄で知られていたのだ。精神異常の兆候もなかった。動機らしい動機が全くと云っていいほど見当たらなかったのだ。
1989年8月10日、カリフォルニア州エスコンディードでの出来事である。午前7時30分、ジョン・テイラーはいつものように勤務先であるオレンジ・グレン郵便局に出勤した。住所は以下の通り。
「Orange Glen post office, Escondido」
テイラーはこの局で長年に渡って郵便物の仕分け係を務めていた。
彼はまず郵便物の搬入口へと向かった。そこでは同僚のロナルド・ウィリアムス(56)とリチャード・ベルニ(38)がコーヒーを飲みながら一服していた。シフトが交代するのは午前8時である。それまではここで一服するのが彼らの日課だったのだ。いつもなら話の輪に加わるところだが、テイラーはその日はそうしなかった。おもむろに拳銃を取り出すと、彼らに向けて引き金を引いたのである。2人共即死だった。
やがて局内に入ったテイラーはその後も銃を撃ち続け、職員数名に傷を負わせた。うちの一人はこのように証言している。
「彼は如何なる感情も示しませんでした。無表情なだけでなく、何も話しませんでした。ただ銃を撃つのみです。腕を撃たれた私は慌てて外に逃げ出しました。そして、自問しました。どうしてジョン・テイラーが? なんでこんなことを?」
シェリルたちが如何にも人を殺しそうな連中だったのに対して、テイラーは意外なキャスティングだったのだ。
騒動を聞きつけた局長は何事ぞと局長室から顔を出した。そこに銃を手にしたテイラーが現れた。彼は云った。
「あなたは撃ちませんよ」
事実、彼は局長を撃たなかった。
そして、ひとしきり撃ち終えると、銃口を己れのこめかみに当てて引き金を引いた。恰も何かに取り憑かれたかのような犯行だった。
間もなく警察は郵便局から数ブロックしか離れていないテイラーの自宅でリズ・テイラーの遺体を発見した。テイラーの2人目の妻である。彼女は頭を1発撃たれていた。
さて、動機である。かつて刑事コロンボは云った。動機なき殺人などは存在しないと。ところが、このたびは困ったことに見当たらない。職場での人間関係は良好だったし、上司からも模範的な局員として評価されていた。
ただ、ここ数日は元気がなかった。
また、彼は親類に仕事の不満を述べていた。但し、それは「肩こりが絶えない」というレベルの不満で、同僚を殺す動機にはなり得ない。
聞き込みを続けた捜査当局は、テイラーの前妻からこのような供述を引き出した(彼女は1977年にテイラーと離婚している)。
「あの人は外面がいいのよ。家に帰ると酒を飲んでは暴れるの。殺されるかと思ったわ。別れた理由はそれよ」
どうやら二面性があったようだ。
やがて捜査当局は30年前の事実を掴んだ。テイラーの姉が父親を銃で殺害していたのだ。
テイラーの父親も酒乱だった。飲んで帰って来ては母親に暴力を振るった。毎日の行事にうんざりしたテイラーの姉は、終止符を打つべく我が父に向けて引き金を引いたのである。
このことが動機に直結するとは思えないが、なにやら因果が感じられる。
そして、最後に同僚の一人が明かしたこの一言。
「事件の2日前のことです。彼とパトリック・シェリルについて意見を交わしました」
参考資料のこの一言を目にした私はゾッとした。じゃあ何かい? シェリルの亡霊がテイラーに取り憑いて犯行に及んだというわけなのかい?
同じ郵便局員。姉が父親を射殺したという過去。そして二面性。亡霊に取り憑かれるだけの条件はクリアしているように思える。だが、こんな戯言は真剣に取り上げられる筈もなく、テイラーの動機は今日もなお謎のままである。
(2011年1月17日/岸田裁月) |