今日の無差別大量殺人、いわゆる「スプリー・キラー(spree killer)」の完成形がこのパトリック・シェリルの事件である。ダメ人間であるにも拘らず肥大した自我。己れが認められないことへの不満。社会に対する憎悪。そして爆発の後はお決まりの自殺。この手の犯人は例外なく孤独である。事実、シェリルの遺体を引き取りに来る家族は一人もいなかった。
オクラホマ州エドモンドの郵便局で、パートタイムの配達人として勤務するパトリック・シェリル(44)は、何かと云うとベトナム戦争での功績を自慢する男だった。しかし、海兵隊に在籍していたことは事実だが、ベトナム云々は嘘っぱちだ。彼は戦地に行っていないのだ。但し、射撃はかなりの腕前だった。オクラホマ国家警備隊の射撃チームの一員として、競技会にも出場していた。
ところが、肝心の仕事となると丸出だめ夫 。除隊後は様々な職を転々としていたが、いずれも長くは続かなかった。彼にはまともな人づきあいが出来ないのだ。最も長く続いたのが現在の郵便配達。おそらく人と接しなくてもよいからだろう。しかし、それでも怠慢や配達先でのトラブルで、これまでに2度ほど停職処分を受けている。
1986年8月19日、シェリルは3度目の大目玉を喰らった。
「お前の仕事ぶりは何だ!」
2人の上司はカンカンだ。3度目の正直。いよいよクビかと思われたが、実際にクビになったのかどうかは判らない。翌日にシェリルが当の上司を殺してしまったからである。
パティ・ハズバンド(48・主任)
リチャード・エッシャー(38・主任)
パトリシア・ギャバード(47・事務員)
ベティ・ジャレッド(34・事務員)
ヨンナ・ハミルトン(30・事務員)
パティ・ウェルチ(27・事務員)
パトリシア・チャンバーズ(41・パートタイム事務員)
ジュディ・デニー(41・パートタイム事務員)
トーマス・シェイダー(31・パートタイム事務員)
ジェリー・パイル(51・配達人)
ケネス・モレイ(49・配達人)
ルロイ・フィリップス(42・配達人)
ポール・ロックニー(33・配達人)
ウィリアム・ミラー(30・配達人)
1986年8月20日午前6時30分、律儀にもタイムカードを押したシェリルが肩から下げた郵便袋には、45口径の自動拳銃2挺と100発の銃弾が入っていた。そして、彼を叱責した上司を手始めに、郵便局内にいる職員に向けて次々に発砲。14人を殺害し、7人に重傷を負わせたのである。
ひとしきり撃ち終えたシェリルは、上司の席に戻ると、その椅子に腰掛け、拳銃をこめかみに当てて引き金を引いた。かくして郵便配達人の狼藉は幕を下ろしたのである。
なお、アメリカのスラング「going postal」は本件に由来している。「ぶち切れて殺し捲る」という意味である。
(2009年3月22日/岸田裁月) |