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時の話題2009-2
LAST UPDATE 2010-03-11
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今月の目次
◇印は《日々雑感新掲示板》より転載
Googleの人権侵害(09/2/26〜09/3/10) ◇中川財務相辞任(09/2/17) ◇芸能人ブログ炎上事件(09/2/14) ◇いらだちとストレスドック(09/2/11〜13) ◇反貧困(09/2/10〜09/3/6) 


【Googleの人権侵害】vol.516《日々雑感より》
インターネット掲示板差別書き込みについて考えるプロジェクト会議の学習会に参加する。ゲスト講師は北口学さん。文字通り世界を股に掛け、差別の歴史研究から国際連帯の活動、環境保護活動から先住民の人権擁護運動、映画のシナリオライターからネット上の人権問題、などなどマルチに活躍する妖怪のような人権ジャーナリストだが、今日は、Googleストリートビュー、Googleマップ、Googleアースの問題を中心に講演をしていただく。個人的にもいろいろ話をしていただき、今日も多くの示唆とお土産をいただいた。教育現場での取り組みにも連携し楽しく真剣に協力しあいたい。(1492、09/2/26)
◆Googleが危ない。悪意の利用を防ぐため、あえて詳しくは書かないが、GoogleマップやGoogleアースその他のGoogleサービスには、お粗末なプライバシー保護対策しかなく、差別を助長するサービスも公然と拡張され、サービスの複合による悪質利用の危険が増している。本格的な対策と抗議活動が必要だ。(1501、09/3/10)[→2月目次]


【中川財務相辞任】vol.515《日々雑感より》
◆本当は、酒飲みには優しくしたいのだが、あの立場であの状況では許されない醜態としか言いようがなく、その「けじめ」のつけかたもまた醜態だったのだから、始末におえない。中川は安倍とともにNHKに圧力をかけ、従軍慰安婦問題を扱った番組を改変させた張本人であり、歴史改竄派の確信犯だ。強制連行の元締めである麻生財閥の申し子でありながら、強制連行を否定し、悪質な差別発言も繰り返してきた麻生と盟友というのも忘れてはならない。(1486、09/2/17)[→2月目次]

【芸能人ブログ炎上事件】vol.514《日々雑感より》
◆スマイリーキクチさんのブログ炎上で、19人が脅迫罪や名誉毀損で起訴されたが、地域的にも年齢的にも幅がある上、匿名中傷書き込みに一定の抑止効果が期待されている。表現の自由や不正告発を尊重しつつ、悪質なネット書き込みへの対策のひとつになればと思う。被害者や加害者の胸の内をドキュメントする取り組みも必要だろう。(1483、09/2/14)[→2月目次]

【いらだちとストレスドック】vol.513《日々雑感より》
◆近頃、いらだちが激しい。忙し過ぎるのだろうか?いや、単に忙しいのではないだろう。暇だったとしても、いらだっているはずだ。事務的な作業が多すぎて、人としての生きる手応えを見失いかけているように思うのだ。事務的作業は苦手ではない。むしろ得意な方だろう。形ある資料を作成することで、それなりの達成感もある。しかし、生きる手応えは、形でも技術でもないように思う。少なくとも僕は満足できない。かといって、こなさねばならない事務的仕事もある。だが、何か大切なことをはぐらかし、ごまかして、確かな手応えを感じぬまま、日々を過ごしているような虚しさと焦りがぬぐえないのだ。「人生に熱あれ、人間に光あれ」と、かの水平社宣言はうたいあげた。ハートを満たす手応えと展望がなければ、人は生きづらさを感じるのだろう。人を苦しめる労働も貧困もケータイも差別も、ぶっ飛ばそう。(1480、09/2/11)
◆午後、大阪府立健康科学センターでストレスドックを受診する。通常の健康診断に加え、起立性低血圧やストレス耐性の検査、詳細な問診票に基づく面談、自律神経訓練によるリラクゼーション体験などがあり、自分自身の点検とカウンセリングの勉強を兼ねて出向いたのだが、悪玉コレステロールと尿酸値が若干高いのと、ストレス耐性がかなり高い(むしろ楽しむ)のとが分かったが、何が自分をリラックスさせるのかが自覚できたのが一番の成果だった。家族とくつろぐ時間が心身の健康と人生の幸福なんだと気づいた。(1482、09/2/13)
◆政治のみならず、日々の生活、さらには人権教育においてさえ言えることなのだが、過ちや不足は、それ自体よりもその後の対応に問題を孕むことが多いような気がする。誠実に受け止め反省し、ともに乗り越えていこうという態度を示すならば、過ちや不足は前進と連帯の契機となるのだが、ごまかして取り繕い権威の防衛ありきの態度では、荒廃と不信ばかりが広がって、展望なき停滞という有害無益な事態を招く。「なぜなんだ」に続く「なぜそんな対応なんだ」という怒りや嘆息を味わうことがしばしばだ。かく言うkurochan自身も、そんな罪を重ねているのかもしれない。時事的なことから、身近な出来事、プライベートな領域にまで、そんな怒りと嘆息を感じることが最近とみに多い。余裕が奪われれば、寛容なき攻撃と格差が人と人を分断する。貧困もしかり、日々のストレスもしかり。そんな視点で、ジャーナルなコメントを書いていきたいのだが、kurochan自身に余裕がないのであったヽ(゜_゜>)(1494、09/2/28)[→2月目次]


【反貧困】vol.512《日々雑感より》
◆遅ればせながら、湯浅誠さんの『反貧困』(岩波新書)を読んでいる。大佛次郎賞も十分納得できる。「自己責任」などという悪質なごまかしを喝破する説得力と、決して言葉遊びなんかではない熱い魂を感じさせる。時代のキーワードでもある「貧困」は様々な問題にリンクしている。教育現場にも教育内容にも大きく関わる。(1479、09/2/10)
◆これは素晴らしい本だと想いつつ、わずかずつ精読しているのが、前にも紹介した湯浅誠『反貧困』(岩波新書)。自己責任論批判で展開される「溜め」という概念は、人間理解に幅広く援用すべき視点である。とりわけ「溜め」の少ない外国人労働者や障害者の解雇が、乱暴に進められてお、まだまだ問題の可視化から始めなければならない状況だ。では、学校現場はどうか。「差別の現実に学ぶ」とは同和教育で語られてきた基本概念だが、子どもたちの様子や学力を、その背景の暮らしから捉え、共に未来を切り拓くという営みが、実際どのように受け継がれているのだろうか。「内規」という「溜め」を度外視する発想と、過密・過重化する勤務実態が、そうした営みを無感覚なまでに消し去ろうとしているのではないかと、大変に危惧している。この点についてもじっくりと熟考したい。(1496、09/3/4)
※「内規」には、「溜め」を考慮すべしという文言もあるはずだが、「溜め」を見ないことの合理化という運用が起きがちということです。(1496、09/3/6補足)[→2月目次]



























<アンカージャンプ用の画面余白です>