私が目を覚ましたのは、老爺の腕の中。
まるで宝物を抱えるみたいに私を抱いていて、その人が足早に深い竹藪を抜けると、視界に入ってきたのは抜けるように青い空だった。私は眩しくて目をしばたかせる。
「おお、おお。お前はどんな仕草をしても愛らしいのぉ。」
その人が笑うと、まるで白い柳の様な眉に目が隠れてしまう。ほんとうに人の良さそうな老爺だった。
きっとこの人なら私を大事に育ててくれるのだろうな。そんな確信が私の中にはあった。
「ばあさんや、見てごらん、なんと竹の中に玉のように愛らしい赤子がおったんじゃよ。」
傾きかけた家の土間に入るなり、老爺は私を老婆に差し出した。
「まぁ、ほんに愛らしい。おじいさん、こんな可愛い赤子をどこで拾って来たんです?」
「ふもとの竹藪の竹が、一カ所だけ金色に光っておってな、その竹を割ってみると中にこの子がおったんじゃよ。」
老婆は私の顔を不思議そうに覗き込んでいたけれど、試しににっこり笑ってみると、そのしわだらけの顔に老爺と同じ様な人の良い笑みを浮かべた。
「おじいさん、この子は今日から家で大事に育てましょう。」
「そうじゃの。おおよしよし、おまえは今日からわしらの孫じゃ。可愛がってやるからのぉ。」
二人は、ほんとうの孫ができたみたいに、私を代わる代わる抱きかかえてあやしてくれた。この二人ほんとうに人が良いみたい。
私はしばらくの間、この家に厄介になる事に決めた。
「そうじゃ、この子に名前をつけてやらなければな。」
「そうですねぇ、かぐやと言うのはどうですか?」
それは物語上あたりまえの展開なの。そう、私の名はかぐや―――
―――それから十六年の月日が流れた。
私はすっかり大きくなって、みんなの度肝を抜いた。
だって、初めから可愛らしい赤子だったけれど、今はすれ違った人が皆振り返るような美しい娘に成長したのだから。当然の様に私の噂は国中に広まったわ。
竹の中から生まれた不思議な美少女として。
こんな地味な着物を着ていても、村の男達の視線は私に釘付け。まあ、この美貌をもってすれば当然よね?
「おお、かぐや。お前はほんに働き者じゃのぅ。少しは休んで一緒に茶でも飲まんか?」
爽やかな秋の風が吹く縁側で、おじいさんは相変わらずの柳の様な白い眉を風にそよがせながら語りかけて来る。もちろんその傍らにはおばあさん。
「そうですよ、かぐや。無理は体に毒ですよ。」
「いいえ、まだ、大丈夫。この洗たく物干してしまったら、川に水を汲みに行って来ます。」
私が二人を振り返って微笑むと、二人はとても眩しそうに私を見ていた。
なぜなんだろう。とても懐かしい何かを忘れている様な気がするのだけど、思い出せない。私にとってとても大切な…。
その時だった。いいえ、それが始まりだったと言った方が良いのかも知れない。
私達の住む家は山のふもとにある小さな村から少し離れた場所にあった。一見すると緑の中に溶け込んで見えなくなってしまうのではないかと思えるほど質素で小さな家。
彼らはそんな小さな家をどうやって見つけて来るのだろう?ほんとうに噂の力には驚かされてしまう。
「かぐや様のお住いはこちらか。」
ちょっとばかり威厳を漂わせる呼び声に、飛び上がるようにして慌てて土間に降りて戸を開けると、そこには見たこともないほど、立派で煌びやかな着物を着た殿方が仁王立ちになり、更にその後ろには従者が溢れている。彼らが取り落としそうになるほど積み上げられたお宝って、もしかして貢ぎ物?
私ったら、どうしてなのか解らないけど、何だかこう言う光景に胸がときめいてしまうの。
その方を皮切りに、私のもとには数えきれない程の殿方が訪れた。
どうやらほんとうに風の噂で私の美しさが国中に広まったみたいね。
煌びやかな反物や珍しいかんざしや櫛、極めつけには庭付きのお屋敷まで頂いてしまったりして、私達家族の暮らしは一変した。
説明など必要ないと思うけど、皆の目的はもちろん、このわ・た・く・し。
「おお、噂に違わぬ美しさ!」
「まるで夢を見ているようじゃ。」
「あああっ、かぐや様!どうか私の妻に!」
などと、殿方の猛烈な求婚に最初は戸惑っていた私達だったのだけれど、だんだん目が肥えてきてしまって…。
ちょっとした悪戯心とでも言うのかしら。
「私を娶りたいと仰るのならその証に、どうか九尾の狐の毛皮をお持ち下さい。」
「きゅ、九尾の狐?それは物の怪ではございませぬか!そんな怪物私に退治できるはずがない!」
「それは、残念です♪」
はい、次ぎ。
「そなたの為ならば、例え火の中水の中…!」
「では、水龍の玉を所望いたします。」
「…失礼つかまつり申した。」
やる気あるのかしら?
「何でも欲しい物を言うてみよ。私の財力を持ってすれば、手に入らぬ物はない。」
まぁ、ずいぶんとご自分に自信がおありなのね。ならば。
「富士山を。」
私の申しつける無理難題に、来る殿方は皆当然のごとく玉砕していった。
もちろん、彼らの妻になる気などありはしなかったのだけれど、…何かが違っていた。こんなものではなく、私には探し求めなければならない大切なお方が…。
けれど、その人物はどんなに想いにふけっても想像出来なかった。皆、何かとても大切なものが足りない。頭の中がもやもやしてはっきりしないのよね。
私は次第に苛立ち、訪れる殿方にも一層辛く、難しい難題を押しつけるようになっていた。
―――そんなある日。
一人の殿方が私の許へ訪れた。豪奢な贈り物を携えて居るわけでも、多くの従者を連れている訳でもなく、その人はただ簡素な着物に身を包んだ青年だった。
その青年の意志の強そうな黒い瞳を見たとき、僅かだけれど、私の中に何かが動いたような気がした。
もしかしたら、この方が…?いいえ。そんなことあり得ないわ。こんなぱっとしない殿方に。
ほんの僅かな時間、会話をしたその方は私に求婚するでもなく、ただ会話を交わすだけ。そして何かに疲れたようにため息を吐くと、こう言い放ったのだ。この私に!!
「確かにそなたは天女と見まごうばかりに美しい。けれど、心は霞んで見える。」と。
その言葉に頭の中が真っ白になった私は―――
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